新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』 歌舞伎ならではの魅力満載、ダブルヒロインの物語。

Culture 2020.02.10

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舞台オープニング後まもなくして、ナウシカ(菊之助)とテトの出会いのシーン。

その大胆な発想で世間を驚かせた、『風の谷のナウシカ』の歌舞伎化。2019年12月、まわりの期待をしょって上演された新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』だが、瞬く間にチケットは完売し、公演は大評判となった。そしてこの2月、その話題作がディレイビューイングとして映画館で蘇る。
本誌フィガロ1月号では、その発起人であり主役のナウシカを勤める尾上菊之助と、もう一人のヒロインでもあるクシャナを演じる中村七之助の2人にインタビューを行った。今回、インタビューの後、実際に公演を観た筆者があらためてその舞台を振り返る。ディレイビューイングというまたとない機会に、ぜひふたりのインタビューと今回のレビューを参考に、映画館へと足を運んでみてほしい。

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本誌インタビュー時の2ショット。2020年1月号(11/20発売)にて掲載。
photo:TAKEHIRO GOTO

尾上菊之助がナウシカを歌舞伎にしたいと構想しはじめたのは5年前、2015年のことだった。企画を打ち明けられたスタジオジブリ代表取締役・鈴木敏夫は、菊之助の熱意に賛同しつつ、宮崎駿のナウシカに寄せる特別な思いを知り抜いているだけに、思わず「ナウシカで企画を通すのは難しいかもしれない、もののけ姫にしてはどうか」と持ち掛けたという。結果的には、当の宮崎駿が歌舞伎化にゴーサインを出して、企画が動き出すことになるのだが、ハリウッドにさえ映像化を許さなかったのに、なぜ歌舞伎には乗り気になったのか。その理由を、菊之助自身、まだ「うかがったことはない」というが、歌舞伎とナウシカの世界観にはいくつかの共通点があって、あるいは宮崎駿もそこに並々ならぬ興味と期待を寄せたのではないかと想像する。そして、舞台を見たいま、その想像は、あながち見当はずれではなかったと思うのだ。

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本誌取材時のアザーカット。菊之助の熱い思いが伝わる視線。
photo:TAKEHIRO GOTO

ナウシカは、ジブリ史上最も人気の高いヒロインであり、戦に翻弄される終末的世界にあって王蟲(オウム)をはじめとする生きとし生けるものと心を通わせる優しく、気高い姿は、ともすれば、聖女のような存在でもある。ナウシカが、ギリシャの叙事詩『オデュッセイア』に登場する王女と日本の古典『堤中納言物語』に出てくる「虫愛ずる姫君」がいつしか混ざり合い、生まれたヒロインと知れば、歌舞伎の女方にとってもいかにも演じてみたいヒロイン像に思えるが、菊之助ははなから聖女を演じる気はなかった。

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メーヴェを操る凛々しいナウシカ(菊之助)。

なぜなら映画で描かれたナウシカは、そのほんの一部。菊之助が強く心惹かれたのは、全7巻におよぶ原作で描かれたその後のナウシカだったのである。制作発表の会見のときから「可憐な少女が命の賛歌にたどり着くまでのひとりの女性の成長の物語として演じたい」と断言するほど、その思いは明確で強いものがあった。原作が描かれたのは、まだ日本がバブルに浮かれていた時代。そこには、あの頃はまだ誰も言っていなかった核の脅威や命の多様性という原作に描かれていた壮大なテーマを、「いまこそ歌舞伎で描いてみたい」という菊之助のひそやかな野心があったのかもしれない。

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「クシャナは、ナウシカと対を成すもうひとりの主人公だと思っているので、ぜひ七之助さんにお願いしたかった」と、菊之助。
photo:TAKEHIRO GOTO

尾上菊之助という人は、どちらかといえば、これまでは新作よりも古典、王道の歌舞伎を粛々と勤め上げている印象があった。たとえば幸四郎には歌舞伎NEXTをはじめとする劇団☆新感線との関係があり、勘九郎や七之助には父・勘三郎から受け継いだコクーン歌舞伎や赤坂大歌舞伎があり、海老蔵は六本木歌舞伎、獅童は初音ミクとの共演など、同世代が歌舞伎とは異なるフィールドで果敢に新作に挑んでいる中で、ともすればその姿はいささか保守的、あるいは優等生的に映ったかもしれない。

しかし、王道を丁寧に積み上げてきた人ならではの華がいままさに花開こうとするこのタイミングで、今度は蜷川シェイクスピアの『十二夜』以来、12年ぶりの新作『極付印度伝マハーバーラタ戦記』、そして今回の『風の谷のナウシカ』と、立て続けに新作に挑んでいるのだから、おもしろい。古典の美がいよいよ絢爛と自在の域に入らんとするところで、変化球も変化球、しかもスケールの大きいインド神話やジブリの代表作をぶつけてくるなんて、まさに満を持して、やるときはやる男なのである。

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本誌取材時、「クシャナは大好きなキャラクター、断る理由がなかった(笑)」と、七之助。
photo:TAKEHIRO GOTO

「風の谷のナウシカ」をナウシカとクシャナ、ダブルヒロインの物語として仕立ててみせたところにも、菊之助の慧眼を感じる。トルメキアの王女クシャナは、戦に生きることを運命づけられ、ナウシカのように理想を生きることがかなわなかった娘である。ふたりは、ともに腐海と戦争という父たちの負の遺産を受け継がざるをえなかった娘たちでもある。

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甲冑に身を固めたクシャナ(七之助)。筋の通った凛とした女性だ。

クシャナ役には、菊之助のたっての希望で中村七之助に白羽の矢が立てられた。歌舞伎の女方における七之助の魅力というのも独特のものがあって、一言でいうなら、それは「戦うヒロイン」である。ヒーローにかばわれ、救われることが少なくない歌舞伎の女方において、七之助は時に華麗な殺陣を披露して、胸のすくような新鮮な存在感を発揮してきた人なのである。実は、前述した菊之助の新作「マハーバーラタ戦記」においても、赤い甲冑を身に着けた鶴妖兌(ずるようだ)王女を演じて、それは具現化されていた(ちなみに原作では七之助の演じた役は男性。これを甲冑姿の王女に仕立て直したところがまた素晴らしかった)。
出陣するクシャナの凛とした立ち姿の絵になること! かたや菊之助ナウシカは「人々の願いをたくされる王道のヒロイン」。かくして歌舞伎においては女性が物語を牽引することはあまりないのだけれど「風の谷のナウシカ」においては、ふたりのヒロインが物語を主体的に動かすことになったのである。

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「ナウシカに歩み寄って手に手を取る決断もありえたのかもしれないけど、クシャナはそれを断ち切って血の道を歩いていく。敢えて自分を追い込んでいくところに惹かれます」。
photo:TAKEHIRO GOTO

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残念ながら、アクシデントによる菊之助の怪我で、筆者はナウシカのメーヴェによる飛翔を観ることはかなわなかったが、眼目はそこにないことは明らかだろう。原作でもとりわけ難解だと思われた墓の主(声、中村吉右衛門)との長い長い問答の場面で、歌舞伎ならではの斬新な演出がいかんなく発揮されることとなった。新作を昼夜通しで一本の演目に仕立てるという挑戦も、この問答の場面のためにあったといってもいいくらいである。

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王蟲(オウム)の精と心を通わせるナウシカ(菊之助)。

 もとより『勧進帳』を持ち出すまでもなく、問答は歌舞伎の見どころ、聴きどころではあるが、ここでは問答の成り行きを目の当たりにしたナウシカに「生きよ」と言わせなければならない。たったひとつの正しい答えなど要らない、すべての命は、ただあるがまま、生きるべきなのだと、ナウシカが長い旅の果てについにたどり着いた強い思いに、観客を巻き込み、揺さぶり、共振させなければならないのだが、まさかそこで『石橋』さながらの毛振りの乱舞を観ることになるとは思わなかった。命の多様性を、理屈ではなく、舞踊にして、叩きつけてみせたのである。狐も演じれば、桜の樹の精も、神も演じてみせるのが歌舞伎である。ナウシカの多神教的なアニミズムとは、もともと相性は抜群なのである。

 原作に対する歌舞伎の思いがけない超訳に、あっと驚き、興奮してしまった。なるほど、この手があったか! 道化を演じた中村種之助の若さに負けない好演はもとより、「映像やプロジェクションマッピングに頼るのではなく、歌舞伎の古典的な手法を使って表現したい」という菊之助の熱い思いが、まさにひとつのかたちになっていた。単なる新作ではなく、新たな古典をつくりたい。千穐楽近くになると、そんな菊之助の思いを託すかのようにメーヴェも飛んだらしい。歌舞伎ならではの爆発力を秘めたナウシカを、ぜひたくさんの方に観ていただけたらと願う。

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新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』ディレイビューイング
上映日程:(前編)2月14日(金)~20日(木)、(後編)2月28日~3月5日(木)
上映劇場:全国各地の映画館https://l-tike.com/cinema/191218_naushika_01.pdf
料金:前編・後編 各¥4,300(当日)、ムビチケコンビニ券 前編・後編 各¥4,000(前売り)※ローソンチケット独占販売
www.nausicaa-kabuki.com

texte:HARUMI TAKI

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