ちっとも惑いがなくならない40代に贈るエッセイ。

Culture 2020.03.21

ミドルエイジの戸惑いに抗って、言葉を紡ぎ続けた集積体。

『これでもいいのだ』

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ジェーン・スー著 中央公論新社刊 ¥1,540

『これでもいいのだ』というタイトル。相反するふたつの軸で揺れるスーさんの心が透けて見えるような気がしてしまう。充足した40代の日常を等身大の目線で描写することで、痩せ我慢してキラキラを演出しなくても、ミドルエイジライフはそこそこ楽しい、と使命感をもって訴えるという軸がまずひとつ。そしてもうひとつは、ミドルエイジが過ぎ去った後の現実がうっすらと浮かび上がり始め、これでいいのか、という若い頃とは様相の異なる逡巡が生まれる年代になって、スーさん自身が自分を納得させるために、その戸惑いに抗って言葉を紡ぎ続けた集積体が本書なのではないか、という見立て。

1920年、平均寿命は男性が42歳、女性が43歳だった。そこからたった100年しか経っていない。かつて40代は中年ではなく、紛れもない晩年であった。医療技術が発達して、現在、多くの人々はこの倍ほどは生きることが可能になったけれど、確かに、若い頃のようにはいかない。ただときめくにもパワーがいるし、恋愛も面倒に思えてしまう。40代というのは夕闇が迫る午後の風景に似ている。晩鐘が遠くから聞こえ始め、ゆっくりと近づいてくる。耳を塞ぎたくなっても、時間を止めることは誰にもできない。

スーさんはとても真っ当な人で、虚偽や欺瞞には人並み以上に敏感な性格だ。この人に、自分のぞっとするような冷たい部分や、見られたくないドロドロしたものを悟られたくなくて、この真っ当な内的規範をいわばインストールするように身に付けられたらと思うけれど……。

自分が傷つくのが辛いのではなくて、相手の失望した顔を見るのが辛いから、私は、迷う。不惑、というけれど、ちっとも惑いがなくならない。ますます大人げなくなっていきます。こんな時スーさんにやっぱり聞きたくなってしまう。私、これでもいいのでしょうか。

文/中野信子 脳科学者、評論家

1975年生まれ。脳や心理学をテーマに研究や執筆の活動を行う。近著に『人は、なぜ他人を許せないのか?』(アスコム刊)や、ジェーン・スーとの共著『女に生まれてモヤってる!』(小学館刊)など。

*「フィガロジャポン」2020年4月号より抜粋

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