誕生から10年、インスタは世界をどう変えた?

Culture 2020.04.01

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今年で10周年を迎えるインスタグラム。photo : Getty Images

夕日を見る視線も、以前とは変わってしまった。食事の前には料理を撮影。 コンサートやファッションショーではムービーを撮る。ハッシュタグ「#RIP(安らかに眠れ)」を添えて故人の写真を投稿する。いまの気分やバカンスを共有、位置情報を公開、「いいね」、リポスト、ストーリーズ、スクロール、自撮り、アカウントをミュートにしたり、たまにはSNSデトックスをしようかと考える……。

2020年、インスタグラムは10周年を迎える(2010年10月にサービススタート)。世界中に10億人以上もの利用者を抱えるこのアプリケーションは、10年間で私たちの暮らしに革命と呼べるほどのさまざまな変化をもたらした。ときに現実との間に大きなギャップを生み出す、手のひらの小さな世界ーーインスタグラムが引き起こした社会変動を振り返ってみよう。

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何はなくともとにかくセルフィー!

インスタグラムを見つめることは、自分たちの今後を見つめることです ーー シャルロット・エルヴォ

「ローマ教皇がインスタグラムのアカウントを開設した日、『どうやらこれはただごとではない』と思いました」と語るのは、『(Petit) guide de survie sur Instagram(インスタグラム・サバイバル<ミニ>ガイド)』の著者であるシャルロット・エルヴォだ。「望むと望まざるとに関わらず、インスタグラムはすでに私たちの生活の一部になっています。暮らしを変え、いまの時代を特徴づけるものであり、インスタグラムを見つめることはつまり、自分たちの今後を見つめることです」とエルヴォは言う。

インスタグラムが急速に普及したことに異論を挟む余地はない。「インスタグラムはこの10年で、食事、旅行、恋愛、ショッピングといった日常の生活スタイルを大きく変えただけでなく、私たちの世界の見方や世界の中でのあり方まで変えたのです」。

確かに、いまや出会いの前に、まずインスタグラムがある(企業の人事担当者は面接の前に応募者のプロフィールを必ず確認する)。出産報告の代わりに生まれた赤ちゃんの写真を掲載する、自分の誕生日に自分で「ハッピーバースデートゥミー」と投稿する、イギリス王室の公式アカウントをフォローする……。ハリー王子&メーガン妃夫妻の王室離脱宣言さえ、インスタグラムで発表されたのだ。

「私たちは、朝目覚めた時からずっと、どこにいてもスマホを手にしています。あらゆるものをさりげなくスキャンして、投稿できそうなネタを探しているのです。現代のインスタ至上主義の風潮を表す言葉に、『pics or it didn’t happen』というものがあります。直訳すると『写真がなければ、何も起こったことにならない』という意味です。バリエーションとして、『“いいね”がつかなければ意味がない』というものもあります」とエルヴォは言う。展覧会を観る、パーティに行く、人と会うというような活動さえ、インスタグラムの投稿のためかもしれない。

「お風呂に入るという単純なことも、いまやれっきとしたひとつの“体験”なのです。“バスルームセルフィー”の見栄えがよくなるよう、ホテルやレストランだけでなく自宅でも、洗面所を“アップグレード”する例が増えているんです」とエルヴォは指摘する。また、およそ10人に1人がインスタグラムに投稿するためにインターネットで洋服を買い、投稿後に返品して払い戻しを受けているというイギリスの調査もある。スイスのイビスホテルでは、滞在客のアカウントをホテルが代行するサービス「Relax, we post」を提供しているという。これはいったいどこまでエスカレートするの?

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フィルター越しに見る世界。

画像がすべてを飲み込み、画像自体が目的と化している ーー ポール・ヴァッカ

インスタグラムによって、新たな美的価値観も生まれた。いまやファッションブランドのコレクションをはじめ、観光地、料理、建築、そして人の顔にいたるまで、“インスタ映え”するかが重視される。“インスタグラムフェイス”という言葉を聞いたことがあるだろう。各種のフィルターを駆使して、肌のキメを細くし、顔をほっそりさせ、フェイスラインをシャープにし、唇をふっくらさせた、美容整形でもしないかぎり現実にはありえない、美しく加工された顔のことだ(実際、インスタグラム向けに加工した自分の顔に近づけたくて美容整形手術を受ける人が増えている)。

「インスタが世界を模倣するのではなく、世界がインスタを模倣しているのです。画像がすべてを飲み込み、画像自体が目的と化しているのです。いくら幸せでもインスタで共有できないなら、何になるのでしょうか」と、『Vertus de la bêtise(愚かさの効能)』の著者で、小説家・エッセイストのポール・ヴァッカは問いかける。

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職業としてのインスタ、さらけ出された私生活。

インスタグラムを利用することで、誰もが自分の人生のアーティスティックディレクターになった ーー マリー・ロベール

世界を「インスタ映え」させることは、いまや職業となった。インフルエンサーについてはいろいろな見方があるが、ブランドのコミュニケーション戦略の一端を担うオピニオンリーダーであることは間違いない。世界中を駆け回り、パーティに参加してはストーリーズを投稿する彼らは、いまやブランドの新たな広告塔。いっぽうで、フェンティ・ビューティ(リアーナ)、ルージュ(ジャンヌ・ダマス)、カイリー・コスメティックス(カイリー・ジェンナー)をはじめ、インフルエンサーが自らのブランドを立ち上げ、発信するケースも増えている。

「インフルエンサーでなくとも、インスタグラムを利用することで、誰もが自分の人生のアーティスティックディレクターになったのです。誰でもひとつの世界を作り上げることができる。インスタのアカウントを持ったら、何か投稿をしなければなりません。そのためには『何を語る? 自分の何を見せる?』と常に探すことになるのです」と指摘するのは、『Descartes pour les jours de doute(疑問の日々に読むデカルト)』の著者で哲学者のマリー・ロベールだ。いまや私たち一人ひとりが、コンテンツを編集したり、他者との差別化を図るために独自のキュレーションをするコミュニケーターであり、同時に、日常の些細な出来事やちょっとした行動にまでカメラを向ける、自分自身のパパラッチとなったのかもしれない。

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作り出された幻。

「問題は、これらがすべてフィクションであるという事実を忘れていることです。投稿記事には『注意:これは演出です。現実ではありません』という注記をすべきかもしれません。本を読む時、私たちは書かれている内容が事実でないことを知っていますが、読書によって喚起される感動は本物です。ジャン=マリー・シェフェールの言葉を借りれば、作者と読者の間には”共有された遊戯的偽装”と呼ばれる約束事が成立しているのです」。こう分析するロベールも、インスタアカウント(@philosophyissexy)を持つひとり。

読書に比べて、インスタグラムでは虚実の境界はかなり曖昧だ。実際、クリックするたびに、他人と自分を比較してしまったりする。「絶えず何かを“アイコン化”するのがインスタグラムの特性ですから、見ている方が憂鬱な気分になるのは当然です。他人の華やかな暮らしぶりを見て、誰もが少しみじめな気持ちを味わっていると思います」と前述のヴァッカも言う。

インスタグラムでは、オフの声、つまり言外のメッセージが伝わらないことも忘れられがちだ。キャプションのない画像を評価するのはとても難しい。「投稿する時は、誤解されるリスクも知っておく必要があります。当たり前のことですが、何にでも教育が必要です。技術を使いこなすのは本能でできることではありません。たとえば、思春期の子どもたちにこうした問題に関心を持たせるために、デジタル入門講座を高校のカリキュラムに導入してもいいでしょう」とロベールは続ける。

誤解も誹謗中傷コメントも唐突にやって来る。だからくれぐれも慎重に……。「ソーシャルメディア全般に言えることですが、自分のアカウントが自分自身に不利益をもたらすこともあります。窃盗や詐欺もそうですが、税務署も申告された収入額とSNSで公開された生活を比較するために、個人のアカウントを綿密にチェックしています。労働審判でも、雇用者側の弁護士たちがやはり資料収集の情報源としてSNSを活用しています」とエルヴォは忠告する。

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メリットとデメリット。

誰かとの交流や共有の場であるインスタグラムだが、一方でまるで諸悪の根源であるかのように批判されることもある。インスタを利用すると、虚栄心やナルシシズムが助長され、羞恥心が麻痺するというのは本当だろうか?

「この点は曲解されていると思います。私たちを極端な個人主義に掻き立てているのは、むしろ成果を重視する社会の方ではないでしょうか。誰もが自分自身の事業主となったいま、インスタグラムはネットワークを作ったり、自分の仕事を披露するといった、さまざまなことを可能にしてくれる有益なツールでもあります。デジタル社会における亀裂はむしろ、インスタグラムで存在感を発揮したい人と、そう思わない人との間にあるのかもしれません」とヴァッカは論じる。

何にでも良い面と悪い面がある。「インスタグラムに対するこうした批判は見当違いです。虚栄心や羞恥心、依存症は、SNSが生み出したものではありません。不安の原因となっているのはインスタではなく、人生そのものです!」とロベールは断言する。

それでも、イギリスで発表されたある研究では、スナップチャット、フェイスブック、ツイッター、ユーチューブなどと比較して、インスタグラムは若年の利用者にとって最も有害なSNSツールであると指摘されている。潜在的な負の効果としてそこで挙げられているのは、たとえば睡眠障害、不安、鬱、自己肯定感の低下、サイバーハラスメントといったものだ。無邪気さの喪失もリストに加えていいかもしれない。「なんとなく軽い気持ちで何かをすることがなくなり、何をしても投稿しなければと考えてしまう。自分を縛る重荷になってしまいます」とヴァッカは危惧する。

インスタグラムとの関係を見直すきっかけとして、次のことを覚えておこう。いま現在、インスタグラム上で最多の「いいね」数を獲得している写真は、卵の写真だという。そう、何の変哲もない、ただの卵!

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オルセー美術館による試み。

今年1月、オルセー美術館のインスタグラム・レジデンス企画がスタートした。第1号作家として招待されたのは、画家でイラストレーターのジャン=フィリップ・デローム。オルセー美術館の日常やコレクション、展覧会などをヒントに、デッサンが週に1点公開されている。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Musée d'Orsay(@museeorsay)がシェアした投稿 -

「マティス、ユイスマンス、ドガ、ルドンといった、過去の偉大な芸術家たちがインスタをやっていたら、どんなことが起きただろう? どうやって自分を宣伝していただろう? なかには作品の売れ行きや作家としての成功を自慢する人もいただろうか? 誰が誰に“いいね”を送っただろう? 憂鬱質の芸術家たちはインスタとどう付き合っていただろう?」。公開したデッサンには、デローム自身が架空のコメントを投稿する。その内容は芸術家の伝記的エピソードに関するものもあれば、芸術家が抱えていた迷い、同時代の芸術論争のなかでの立場をうかがわせるものも。

「ユーモアと真面目さ、美術史とインスタグラムのレトリックを融合することで、作品の権威を損なわずに新たな命を吹き込めると思って、こうした方法を選びました」と小説家としても活躍するデロームは語る。デロームの新作デッサンは毎週月曜にオルセー美術館の公式アカウント(@museeorsay)で公開中。SNSの独創的な活用法の一例といえそうだ。

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texte : Sophie Abriat (madame.lefigaro.fr)

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