バンクシーは私たちとともにいる。

Culture 2020.04.20

今年はバンクシーの展覧会が、日本で立て続けに開催される。現在、既にスタートしている横浜アソビルの『バンクシー展 天才か反逆者か』(4月20日現在、休館中)、そして8月29日からは『BANKSY展(仮称)』が寺田倉庫で開催予定だ。4月20日発売の本誌では、水曜日のカンパネラ・コムアイとともにバンクシーに迫っているが、こちらでは、バンクシーの本拠地イギリスで実際に彼の作品に触れている2人に、それぞれの思うバンクシーについて語ってもらった。

まずはひとり目、ロンドン在住のライターの坂本みゆきさんから。


文/坂本みゆき(在イギリスライター)

バンクシーを最初にどうやって知ったのか、実はもうよく覚えていない。でも2000年代始めには「新作」が出現すると友人たちと話題にしていたので、彼が生まれ故郷のブリストルから移り住んでロンドンに登場するようになって結構すぐから一応認識はしていたんだと思う。

あの頃はイーストロンドンのショーディッチエリアが注目され始め、取材や遊びで行くとリヴィングストン・ストリートの外壁一面とか、列車の高架側面とか、クラブ内とかで彼のグラフィティをよく目にしていた。「あれ、バンクシーだよ」「あ、そうなんだ」。そんなさりげないやりとりが、会話の中に頻繁に差し込まれていた。

その頃彼はまだ自分のサイトで作品を通販していて、ひとつ買ったことがある。材料費などを支援が出来たらいいな、くらいの軽い気持ちだった(実際にその程度の値段だった)。彼の名前を記した赤いスタンプの上に鉛筆でサインがあり、ナンバリングがされた版画が、くるっと丸められて筒に入って普通郵便で届いた。私はそれを近くの画材店に持っていって額装してもらったけれども、お店の人がバンクシーを知っていたかどうかは分からない。そのくらいの感じだったから、ロンドンのあちこちで描かれたグラフィティも当時は「迷惑」とみなされて、あっという間に消されたりもしていた。

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我が家に遊びに来た多くの人がこれをまじまじと眺めて「本物?」と聞く。本物だと思うけど……。

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2005年くらいから、バンクシーはサザビーズなどのオークションでだんだん高値で扱われるようになったけれども、ロンドンのグラフィティ人気にさらに拍車をかけたのは、10年に当時アメリカ大統領だったバラク・オバマがイギリスを公式訪問した時だったようにも感じている。その時のイギリス首相デヴィッド・キャメロンがオバマへ、ベン・エインの作品を贈ったのだ。高級ステーショナリーブランド、スマイソンのクリエイティブディレクターでファッショニスタだったキャメロンの妻、サマンサはエインのファンだったらしい。

エインはバンクシーと同時期にショーディッチで注目を集めたグラフィティ作家だ。以降、グラフィティはより「アート」と見なされるようになっていったと感じる。少なくとも「落書き」としてすぐに消されることは少なくなったとも思う。

いっぽう、私はこの時キャメロン夫妻が選んだのがバンクシーではなくて(作風を考えたら確かにありえないかもなんだけど)、エインだったことに心底ほっとしたのだった(いや、エインも好きだけど)。

だってバンクシーは私たちとともにいる作家だから。私たち市井の人々と一緒にいる人だから。

バンクシーが他のグラフィティ作家と最初から大きく違っていたのは、作品に明確なメッセージが備わっていたことだと思う。マイノリティや弱い側を支援し、戦争に反対し、支配するものに抗う。ひとりの人間として私を真正面から見つめて、私の考えを鋭く問うてくる。どちらの側にも付けずにぼんやりしていると「アンタは本当にそのままでいいと思っているのか?」と迫る。

だから私は――ホテルもポップアップショップもいいけれども――初期の頃から変わらずにダイレクトなパワーを携えて、まるでポーンと夜空に大きく上がる花火のように、街に突然現れる彼のグラフィティがいちばん好きだ。それらが最も琴線に触れる。

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たとえば最近のものでは昨年のクリスマスにバーミンガムに出現した、ホームレスが眠るベンチ横のトナカイとか。

どこの街でも見かけるようなベンチに横たわるホームレス。レンズが引くとともに、その前にトナカイが現れる。ポエティックでありながら、厳しい状況下で家をもたない人々が増え続ける問題を私たちに再認識させた。

街は華やかにライトアップされて、人々の頭のなかはパーティやプレゼントやご馳走のことでいっぱいになる12月、バンクシーは薄暗い街角のベンチで過ごすホームレスにスポットライトを当てた。

自分の楽しいことばかり考えている私たちに、見て見ぬ振りをしている現実を目の前に突きつけてきた。

また、難民支援のチャリティ「チューズ・ラブ」のための難民船を象ったオブジェも印象的だった。

難民の子どもたちがぎっしりと乗ったボート。彼らの暗い面持ちにぞっとするほどの怖さを感じる。これが難民支援とはいえ「重さを当てる」という楽しげなアトラクションの景品となったのもなんとも皮肉だ。

これはちょっとした企画モノで、人々は2ポンドを払ってエントリーしてその重さを推測する。実際の重量にいちばん近い数字を言い当てた人にこのオブジェが贈られるというものだった。バンクシーは自分の人気と知名度を上手に利用して人々に難民の存在をあらためて伝え、さらには支援までさせた。

そしていま、ご存知のようにイギリスはロックダウン中。我が家も家族3人が連日在宅していて「ああトイレットペーパーの減りが早いし、バスルームのお掃除はいつもより頻繁に必要で面倒」なんて思っていたら。バンクシーのおうちも同様だったらしい。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

. . My wife hates it when I work from home.

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「俺の妻は俺が在宅ワークするのを嫌っている」。たくさんのネズミが駆け回って散らかされたバスルームに苦笑を禁じ得ない人が大勢いるはず。私もそのひとり。

彼はやっぱり私たちとともにいる。私は彼と同じ時代に生きていることをうれしく、そしてちょっぴり誇らしく思っている。

texte:MIYUKI SAKAMOTO

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