心と身体を削る女たちを描く、鮮烈なデビュー短編集。

Culture 2020.05.20

消された声と身体に向き合う、マチャドの贅沢なデビュー作。

『彼女の体とその他の断片』

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カルメン・マリア・マチャド著 小澤英実、小澤身和子、岸本佐知子、松田青子訳 エトセトラブックス刊 ¥2,640

社会の要請で、女性がそぎ落とさねばならぬ物は多い。それは贅肉だったりムダ毛だったり、繊細さやこだわりだったり、時間だったりする。透明感、儚げ、しなやか……。「こうあれ」と突きつけられるのは、いつだって命のなまなましさがない、紙っぺらみたいな姿だ。女性がこの社会に適応して生きるとは、小さく小さく身体や心を削っていくことだ。では、削られた心身は、なかったことにされた自分は、どこにいくのだろうか。カルメン・マリア・マチャドのデビュー短編集は、消された声や肉体が日常にひょっこり現れる様を恐ろしくも優雅に、ユーモアたっぷりに描き出す。

ヒロインたちが遭遇する問題はさまざまだ。首についたリボンをどうしても触れられたくない、世界の終わりを前に性的関係を持った相手をリスト化しようとする、別れた同性の恋人が自分たちの「赤ちゃん」を連れてくる、女性が透明になる奇病が蔓延する世界で消えゆく彼女に恋をする、太らない身体を手に入れるために臓器を手術する、山奥のホテルを訪れた作家が出会った過去の自分、性被害をきっかけにポルノ映画のキャストの心の声が聞こえるようになる……。レズビアンを公言するマチャドは同性愛も異性愛もありのままに描き出し、性差別へ向けるまなざしは鋭い。印象的なのは「とりわけ凶悪」。大人気ドラマ「LAW & ORDER:性犯罪特捜班」の全タイトルをそのまま1話ずつリメイクした壮大な怪奇サスペンスで、本家と同じく性犯罪を許さざるものとして描いているのに、持ち味や解決方法がまったく異なるのがおもしろい。

四名の女性翻訳家が各二編ごと担当するせいか、それぞれがらりと違うマチャドの作風がよりいっそう濃く感じられ、女たちの絡まり合うエコーがどこからか聞こえてくるような余韻が残る、贅沢な短編集だ。

文/柚木麻子 小説家

1981年生まれ。『終点のあの子』でデビュー、『ナイルパーチの女子会』(ともに文藝春秋刊)で山本周五郎賞受賞。近著に『デートクレンジング』(祥伝社刊)、『マジカルグランマ』(朝日新聞出版)

*「フィガロジャポン」2020年6月号より抜粋

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