ドキュメンタリー映画で世界のいまを考える。#06 畏敬の念を抱かずにいられない、アスリートたちの過酷な歩み。

Culture 2020.06.21

今年の春から初夏にかけて、特に充実するドキュメンタリー作品のなかから注目作をピックアップし、併せて観たい作品も紹介する短期連載。第6回のテーマは、数多のドキュメンタリー映画が製作されている「スポーツ」。栄光をつかむまでの長く過酷な道のりに目が釘付けに!


選・文/久保玲子(映画ジャーナリスト)

金メダル獲得までの、過酷な舞台裏に肉薄。

『オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡』

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バングラデシュ人の父とロシア人の母を持ち、世界選手権では合計7つの金メダルを獲得したマルガリータ・マムーン。本作では、2016年のオリンピックで個人総合優勝を飾るまでを描く。

新型コロナウイルスのパンデミックによって、東京オリンピックは延期、そして来年7月の開催が伝えられた。その一連のプロセスからは、スポーツの祭典というより、政治的、経済的側面が優先される仕組みが浮き彫りになった。そして本作『オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡』では、オリンピックを目指すアスリートが国の威信やプロパガンダを背負い、恐ろしい重圧のなかで闘う舞台裏が明かされる。

カメラが追うのは、2016年のリオデジャネイロ・オリンピックで金メダルに輝いた新体操の女王マルガリータ・マムーン、愛称リタ。19歳の彼女がひとたび動き出せば、その華麗な演技にカメラも恋するが、次の瞬間、恐ろしい罵声がスクリーンを引き裂く。「あなたは人じゃない。アスリートなの!」に始まり、バカ、マヌケ、ポンコツ、くたばれ!と際限なく続く。その罵声の主は、新体操王国ロシアを率い、歴代オリンピックの女王を育成してきたイリーナ・ヴィネル。ロシア有数の富豪を夫に持ち、豪華に着飾って指導に現れる重鎮vs.苛烈な口撃と怪我の痛みに耐える19歳の妖精。映画の後半には、金メダリストとなる彼女が払った大きな犠牲についても描かれ、憂いを帯びた瞳の秘密も明かされる。

新体操でもスケートでも上位を独占するロシア勢の強さの秘訣は、映画『セッション』や『ブラック・スワン』を地でいくこの精神的しごきなのか。いまどき、こんなパワハラがまかり通るの!?と驚愕しつつ、罵倒も過剰なハグも淡々と受け入れ、オリンピックの大舞台で圧倒的な強さと華麗さを見せつける女王に魅了されずにはいられない。

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カメラは、新体操王国ロシアを率いるイリーナ・ヴィネルの衝撃の指導風景に潜入。その衝撃の練習や大会時のファッションにも目が釘付け! 

『オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡』予告編。

新作映画
『オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡』
●監督/マルタ・プルス
●出演/マルガリータ・マムーン、イリーナ・ヴィネル、アミーナ・ザリポワほか
●原題/Over the Limit
●2018年、ポーランド・ドイツ・フィンランド映画
●74分
●配給/トレノバ、ノーム
●6/26(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿ピカデリーほかにて公開
https://otl-movie.com/

©Telemark, 2018

※映画館の営業状況は、各館発信の情報をご確認ください。

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併せて観たい作品①:『マーダーボール』(2005年)

激しすぎるパラリンピック競技の魅力を知らしめた名作。

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キャプテンのマーク・ズパン(ゼッケン3)をはじめとする代表メンバーの、キャラ立ちしたドラマにもシビれる。

その激しさから“殺人ラグビー”と呼ばれたウィルチェアーラグビー(車椅子ラグビー)に懸けるアメリカ代表チーム・メンバーを追い、「障害者スポーツ」のイメージを塗り替えた伝説的ドキュメンタリー。すねと腕に唐草のタトゥーを施した強面の主将をはじめ、事故や病気で身体の自由を奪われながら、車椅子ラグビーと出会い、希望と自信を取り戻した男たちのドラマは熱い。『マッドマックス』さながらの改造車を駆っての激闘から、美しい恋人との私生活まで、攻めに攻める男たちが観る者を虜にする。2004年、アテネ・パラリンピックのメダルを懸けた、宿敵カナダチームとの決戦までがスリリングに語られるフィルムは公開時、多くの女性ファンを生んだ。

旧作映画
『マーダーボール』
●監督/ヘンリー=アレックス・ルビン、ダナ・アダム・シャピーロ
●原題/Murderball
●2005年、アメリカ映画
●85分

© MTV Films/ZUMA Press/amanaimages

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併せて観たい作品②:『氷上の王、ジョン・カリー』(2018年)

王と呼ばれた美しきスケーターの、栄光と悲劇。

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幼い頃からバレエに夢中だったジョン・カリーは、父の死を境に、バレエを学び直し、氷上のバレエを目指した。

1976年のインスブルック冬期オリンピックで、アイススケート男子シングルの金メダルに輝いたジョン・カリー。幼くして夢中になったバレエを父から「女々しい」と禁じられ、代わりにジョンに許されたのがスケートだった。

氷の上では孤独から解き放たれ、何時間練習しても苦にならなかったという少年時代を経て、ジョンはスケートをスポーツから芸術へと昇華させた。ところが保守的なイギリス社会のマスコミは、初めてゲイをカミングアウトしたメダリストとして彼を追いかけ回すことになる。社会の偏見やトラウマに苦しみ、愛に飢え、エイズで逝った天才芸術家の光と影は切ない。しかし、新たに発見された貴重なパフォーマンスと、その舞台裏を捉えたドキュメントの、荒い粒子に浮かび上がる貴公子の微笑みが目に焼き付く。

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「男らしく」を強いられた幼い日々のトラウマ、カミングアウト後の孤立、それゆえの愛の渇望、カンパニー立ち上げ、エイズ発症……。天才スケーターの栄光と悲劇がエモーショナルに浮かび上がる。

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旧作映画 
『氷上の王、ジョン・カリー』

●監督/ジェイムス・エルスキン
●出演/ジョン・カリー、ディック・バトン、ロビン・カズンズ、ジョニー・ウィアーほか
●原題/The Ice King
●2018年、イギリス映画
●89分
●DVD発売元/アップリンク DVD販売元/TCエンタテインメント ¥4,180(通常版)、¥6,380(初回限定版)

© New Black Films Skating Limited 2018 / © 2018 Dogwoof 2018

※この記事に記載している価格は、標準税率10%の税込価格です。

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texte : REIKO KUBO

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