尾崎世界観が語る、『コロナの時代の僕ら』の力と余白。

Culture 2020.08.08

気持ちの揺れと、目が離せない余白。

『コロナの時代の僕ら』

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パオロ・ジョルダーノ著 飯田亮介訳

イタリアの作家パオロ・ジョルダーノが今年の2月下旬から3月下旬に書き下ろしたエッセイをまとめた本書は、それから27カ国で翻訳され、日本でも4月に刊行された。そのスピードと、それによって生じたページの余白が印象的だ。1篇ごとの最終ページ、そのほとんどに真っ白い余白ができていて、読みながらどこか寂しさを湛えたその場所から目が離せなかった。量よりスピードを選ばざるを得ない切迫を思うと同じ表現者としても考えさせられるし、その余白にこそウイルスの存在を感じた。ニュースと本。前者は日々リアルタイムでアップデートされていくけれど、後者はずっとそのままで形を変えることがない。でも、だからこそ、圧倒的な力がある。この先どんなに情報が古くなろうとも、決して追いつけず風化していくことで、かえってその時を強く伝えることができるのだと思う。鮮度を追い求めることで強度が失われていくのだとしたら、この本は古くて強い。最近では、ライブやレコーディングができない日常を受け入れ、夕方になると今日の感染者数を調べるのが習慣になった。ようやく緊急事態宣言が解除され、少しずつ日常が戻ってきているように感じたその矢先、またクラスター発生のニュースを目にする。そうやって、一度受け入れたはずの日常がコロコロと形を変える。そもそも日常って何だったんだろう。もう戻すよりも、いっそ新しく作っていく方が早いのかもしれない。こんな時こそ、答えを見つけるより、考え続けていくことが大事なのではないか。正確なだけでは決して届かない、誰かを通して書かれた気持ちの揺れがほしくなる。いまと向き合っていく為に、過去に遡って確かめたくなる気持ちがある。少なくともこの本には、自分がミュージシャンとして苦しみぬいて諦めたあの気持ちと同じ時間や空気が書かれている。

文/尾崎世界観 ミュージシャン/小説家

1984年、東京都生まれ。クリープハイプのボーカル兼ギター。2016年に半自伝的な小説『祐介』(文藝春秋刊)で小説家デビュー。新刊は『身のある話と、歯に詰まるワタシ』(朝日新聞出版刊)。

*「フィガロジャポン」2020年8月号より抜粋

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