癒えない傷に寄り添う問題作『グレース・オブ・ゴッド』。

Culture 2020.08.09

社会階層も気質も違う者が、告発のバトンを次々に繋ぐ。

『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』

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わが悪癖を神父は宗教的な罪にすり替え、法をかわす。枢機卿はのらりくらりと問題を先送り。告発の帰趨は現在進行形。ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞。

フランソワ・オゾンの映画としては異色の作品だ。ポイントはふたつ。まずこの映画は、カトリック教会の神父の子どもへの性的暴行というきわめてアクチュアルな問題を扱っている。これはオゾンには珍しいことだ。フランスでの公開当時、当事者のプレナ神父は、最後のフランス語字幕が表すように、まだ取り調べの最中で裁判の日取りも決まっていなかった。そんなさなかに映画は公開され、しかもオゾンは、この神父と教区の責任者バルバラン枢機卿を実名で映画に登場させている。彼のこの問題への取り組みがいかに断固たるものであるかがわかる。

オゾンはあるインタヴューで、神父の被害者である3人の男性に話を聞いたことが映画制作のきっかけになったと語っていて、事実この3人をもとに主要な人物像が練りあげられている。これがふたつ目のポイント。『グレース・オブ・ゴッド』は、女性の深層心理に鋭く切りこむことを得意とするオゾンとしては例外的に、癒されない傷を負う性的暴行の被害者たちや彼らの家族に寄り添い、その気持ちの揺れやとまどいをこまやかに描きだしているのだ。帰属する社会階層も違えば、生活スタイルも生来の気質もまったく異なる、そんな3人がバトンを渡すように告発の仕草を次から次へと受け渡していく。忘れえぬ不幸な記憶が、しかし彼らを結びつけ、彼らを変えていく。そのことが深く胸を打つ。

「幸いなことに」の意をもつ原題 Grâce à Dieu「神の御加護により」は、バルバラン枢機卿が記者会見でぽろっともらす重要なせりふ。ある意味で問題のすべてがここに凝縮されている。

文/吉村和明 フランス文学者

現在の研究主題は「アンドレ・マルローと映画」。訳書に『ニコラス・レイ ある反逆者の肖像』(キネマ旬報社刊)、『批評をめぐる試み 1964/ロラン・バルト著作集5』(みすず書房刊)ほか。
『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』
監督・脚本/フランソワ・オゾン
出演/メルヴィル・プポー、ドゥニ・メノーシェ、スワン・アルローほか
2019年、フランス映画 137分
配給/キノフィルムズ、東京テアトル
ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国にて公開中
https://graceofgod-movie.com

※新型コロナウイルス感染症の影響により、公開時期が変更となる場合があります。最新情報は各作品のHPをご確認ください。

*「フィガロジャポン」2020年9月号より抜粋

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