インスタグラマーという職業の理想と地獄。

Culture 2020.08.18

“クール”な職業といわれるインスタグラマーだが、見かけとは裏腹に、人知れず苦しんでいるケースが多い。それは日本に限ったことではなくフランスでも同様なようだ。
イメージとコミュニケーションという幻影の世界でいかに生き残るか? 好意や感謝だけではない、ネット上の嫌がらせにうまく対処するにはどうしたらいいのか? フランスでインスタグラマーとして活躍する彼女たちの証言を集めた。

200812-profession-instagrammeuse--lenfer-du-decor.jpg

夢のような人生を送っているように見えて、インスタグラマーたちはSNSに潜むさまざまな危険に晒されている。photo : iStock

「親愛なるインスタグラム様。私はあなたに出合い、あなたを愛し、大好きになり、嫌いになりました。もうこれ以上あなたと一緒にはいられない……あなたといると不安が募る。あなたは、いまや私にとって有害な恋人。よく考えてみれば、あなたが与えてくれるのは、味気なさばかり……」。ファッション情報を配信するポッドキャスト「Chiffon」の開設者でジャーナリストのヴァレリー・トリーブがインスタグラムに別れを告げたのは、今年の2月19日。7万人近いフォロワーをもつ47歳のパリジェンヌは、自らのコミュニティと袂を分かったその2カ月後にアカウントを再開した。「ときどき何か書き込んだり、好きなアカウントを見たり、プライベートメッセージでやりとりしたり、気が向いた時に投稿するため」と本人は説明している。なかなか別れられないこの“恋人”は、彼女によると「誠実で、安心感を与えてくれる、魅力的な、素晴らしい」恋人でもあるのだという。

これぞまさにインスタグラムのパラドックスだ。1カ月の利用者が10億人に上る(インスタグラムによる2018年6月の集計)インスタグラムは今年10周年を迎える。コミュニケーション界の新エルドラドともいえるツールだが、この2年、精神面の健康リスクが問題視されている。ターニングポイントは2017年。イギリスの王立公衆衛生協会がソーシャルネットワークの悪影響についてまとめた報告「#StatusofMind」を世界中のメディアが取り上げたのがきっかけだ。そのなかで、最も有害なツールとして指摘されたのがインスタグラム。数ヶ月後には、“いいね”ボタンの発案者であるジャスティン・ローゼンスタインも、自らが開発に関わったインスタグラムがもたらす負の効果について語っている。

---fadeinpager---

意義の喪失、不安感。

負の効果とは具体的にどのようなことか? パリ在住のソフロローグで、ストレス管理、自信回復、睡眠改善を専門とするデルフィーヌ・ラムール・ピルシェは、とりわけインフルエンサーたちの状況に目を配ってきた。彼女は自分のもとを訪れるインフルエンサーたちが抱える苦しみを次々と挙げる。生きることの意義や価値基準、アイデンティティの喪失。居心地の悪さ、不安感、私生活と仕事の境界の曖昧さや消失。いつでもすぐに反応することが求められる、バーチャルな交流を重ねる一方でつのる孤立感。コミュニティから常に求められること、歪んだ関係になること。慕われることも、嫌われることもある。もてはやされた翌日には批判される。賞賛もあるが、山のような批判を浴びせられることも。「ソフロローグを開業する前の11年間、いくつかの広告代理店で事業戦略に携わっていたので、ファッションやビューティ、ライフスタイル、フード業界のインフルエンサーと仕事をすることも多かった」とピルシェは語る。「そのおかげで何度も話を聞く機会があり、彼らがとても困難な状況にあると感じたのです」。インフルエンサーはコミュニティに向けて一日中メッセージを発信し続けなければならない。コメントを受け取ったら、何時であろうと、何をしていようと、即座に返答しなくてはならない。「仕事に中断はありません。オフラインにすれば別ですが、インフルエンサーが本当に“オフ”にすることは絶対にありません。常にコネクト状態にあることが彼らの日常なのです。この職業は“クール”な職業と言われ、なかには心から楽しんでいる人もいますが、誰にも言えずひそかに苦しんでいる人も多いのです。何もかもうまく行っているようなふりをしていますが、心のなかはぼろぼろ。人前では笑顔で冗談を言っても、家に帰って泣いている。“コネクション”に携わる仕事がここまで孤立感や孤独感を生むとは、驚くべきことです」

“インスタグラムが私に与えるのは、喜びより悲しみや不安が多い” ーーヴァレリー・トリーブ ジャーナリスト

ヴァレリー・トリーブはインスタグラムを憂鬱製造マシーンと定義している。「有名になって、プレゼントをたくさんもらえる、投稿した写真に“いいね”を押してもらっただけで、有名人と友達になった気がする……そんなのはまやかし。いつも人生のポジティブな面だけを見せるのも、ひどく疲れることです!」とトリーブは続ける。彼女は3人のおかしな女性フォロワーに、「おばさん、ぶす」といった内容の悪意のあるメッセージをしつこく送りつけられた経験がある。トリーブは彼女たちを告訴した。その一方で、ネットワークの素晴らしい面も知った。白血病を患っていることが発覚し、病院のベッドに横たわった自分の写真を投稿したところ、「励ましの声や、優しいメッセージや、花の写真をたくさんもらいました……だから一概にインスタグラムが有害だとは言い切れないのです」と彼女は続ける。「好意を受け取ることもあるけれど、ネットワークには憎しみも垂れ流されている。どうやってバランスを取ったらいい? インスタグラムが私に与えてくれたものは、喜びより悲しみや不安のほうが多い」と彼女は打ち明ける。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Valerie Tribes(@valerietribes)がシェアした投稿 -


ハートマーク、いいね、愛情のこもったコメント……インスタグラムはケアベア™の世界にも似たところがある。巨大な雲の上で、愛し合い、褒め合い、持ち上げ合う……SNSにMumdaymornings(帽子、バッグ、Tシャツ、ジュエリーなどを扱う、自分のブランドの名称)のアカウントを持つ、コンスタンス・ドゥ・ションプレは、自分に元気を与えてくれるものだけをコミュニティと共有している。自分のクリエイションだけでなく、スポーツ、健康な食材、夫と可愛らしいふたりの息子たち、「ベビーシュー」とともに、家族でバカンスを過ごした美しい場所のこと。インスタグラムから得られるのは素敵なものばかり、と彼女は言う。「本当にうれしいのは、人に影響を与えられることです」と彼女は話す。「私がゴールドのスパンコールのパンツをはいているのを見て、同じものを買った人、眉についてのストーリーズを見て、自分もさっそく眉サロンに行った人。そう言われると、とてもうれしくなります。私のことを知っていた客室乗務員に抱きつかれた時は、スターになったような気分でした!」悪意のあるメッセージを受け取ることもあるのでは?「ありますよ。そういう時は、いつも好意をもって返事をしています。そうすれば暴力がエスカレートすることはありません。また、フォローしているアカウントには“いいね”を押します。私のアカウントにも“いいね”を押してもらえたらうれしいから」

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Constance de Schompré(@mumdaymornings)がシェアした投稿 -

---fadeinpager---

つねに承認を期待する

インスタグラムで1日に420万回押されているという“いいね”は、いまや日常的な動作のひとつ。だが、評判は悪く、昨年の夏以来、インスタグラムでは“いいね”の数を非表示にするテストが行われている。若い世代の間で顕著な、ライフスタイルを他人と比較する傾向を抑制することや、自分の投稿にいくつ“いいね”がついたかを気にするユーザーのプレッシャーを緩和することが目的だ。ただ一方で、プロのインスタグラマー向けに、事業パートナーと“いいね”の数を共有できる新機能の導入も検討されている。

「“いいね”はインスタグラムの強力なトリガーです」と語るのは、『インスタグラムのサバイバル(ミニ)ガイド』(アルケ出版)の著者でジャーナリストのシャルロット・エルヴォだ。「“いいね”はトライブの報酬と呼ばれるものの一種です。この概念を提唱したニール・イヤールはシリコンバレーのスターコンサルタントで、ベストセラー『Hooked:ハマるしかけ 使われつづけるサービスを生み出す』の著者。トライブの報酬とは、ほかのメンバーにグループの一員として受け入れられたという感情を与えてくれるものです。“いいね”やコメントがついたり、新しいフォロワーを獲得するたびに、コミュニティのメンバーに自分が認められたという感覚が生まれ、また投稿しようという気になるわけです。逆に、ほとんど(あるいはまったく)“いいね”がつかないと、自分だけが除け者にされたような気持ちになります」。インスタグラムが提案するように、“いいね”の数を隠せば、デジタル空間をさまようエゴの欠乏感を埋められるのだろうか? 必ずしもそうとは言えない、とエルヴォは話す。なぜならクリックすれば、ユーザーは引き続き自分の投稿に集まった“いいね”の数を確認することができるのだ。コミュニティに認められたいという承認欲求は今後も緩和されそうにない。

“他人からの興味や愛情がエゴを満たしてくれるなら、それは罠にもなる” ーーデルフィーヌ・ラムール・ピルシェ ソフロローグ

気持ちを左右するのは“いいね”だけではない。21万5千人のフォロワーを持つジャーナリストのソフィ・フォンタネルは、コミュニティのメンバーが寄せるコメントのほうが気になると打ち明ける。彼女が1日に受け取るメッセージは約200件。「私はこれまでもずっと人との繋がりを気にしてきました。インスタグラムは私にとって、1日中他者に語りかけられる放送局のようなものです。私のようなケースは特殊だと思う。私のトレードマークはビジュアルの美しさではなく、私自身のユーモアやスタイル、率直な語り口です。悪意のあるコメントはほとんどありませんが、たまに地球が崩壊に向かっているのに服の写真なんて、と攻撃されることもあります。そういう時は、説明を返すようにしています。それでも攻撃的なコメントを送り続けてくる場合は、それ以上相手にしません。最もつらいのは、私と一緒に生きている気分になっている人たちが、私の容姿や生き方について個人攻撃してくること。以前フォロワーのなかに、心理カウンセラー気どりで、外出するときにはピンクのチークを塗るといい、などとアドバイスしてくる女性がいて、本当にうんざり。最終的にはブロックしました」

---fadeinpager---

自分が身につけているものではなく、自分という人間を好きになってほしい。

インスタグラムが他のSNSより有害だと言われるのは、イメージ優先で言葉をほとんど使わないためだ。「インスタグラムが危険に見えるのは、もっぱら感情に結びついたツールで、理性が介入する余地がないからです」と言うピルシェ。「ロックダウン後に診療を再開して、ひとつだけポジティブなことを発見しました。自分のために時間を使ってもいいんだ、自分が存在するために、必ずしもインスタグラム上の存在感は必要はないのだ、と気付いた人たちがいることです。ただ、他の人にとっては何も変わりません。いまもインスタグラムのまやかしに騙されているのです」。

ソフロローグ、デルフィーヌ・ラムール・ピルシェによる、インスタグラムでサバイバルするための5つの掟。

1. 公私の間に明確な境界線を引く。
2. 他人の言動(コメント、“いいね”の数の増減など)についていつまでもくよくよ考えない。他人の頭のなかを読めるわけではないし、いくら考えても人がどういうつもりでそういう言動をしたのかはわからないのだから。
3. 毎日、コネクトしない休憩時間を作り、現実の生活を満喫する。
4. ストレスや感情を管理し、オーバーフローした脳をリセットする術を身につける(スポーツや瞑想、ソフロロジーなどを取り入れる)。
5. 自分がSNSを利用する“理由”について考える。前進したい、人から認められたい、愛されたい、感謝されたい……意識化するのは簡単ではないが、自分に正直になればなるほど、自分を守ることができる。意識化することは、自分の心にある隙間の正体を突き止めることでもあるから。

虚飾という地獄? 「他者から好意を受け取ってエゴが満たされることはありますが、それは罠にもなる」とピルシェは続ける。「投稿されたコンテンツは作られたもの、あるいはリタッチされたもので、真実ではないからです。パラダイスのような写真や、カルボナーラやスニーカーの写真を投稿し、気に入ってくれた人から、いいねやコメントをもらう。自分が実現したものごとを褒めてもらったわけではありません。フォロワーは投稿された写真を評価してインスタグラマーを気に入るのであって、インスタグラマー自身を評価しているわけではないのです。ですからこの好意はまやかし。うわべだけのもので、ある日突然崩壊してしまうかもしれないものです」。感謝の気持ちにつけこまれたり、誹謗中傷を受けたりした時には、心理的に乗り越えるために、何らかの明確な指針に従うのもひとつの解決策になる。「分別を持ち、適度な距離を保ってそうしたコメントは受け流し、無事に切り抜けている人たちもいますが、全員がそうではありません」とピルシェは言う。「ちょうどいいバランスを保つためには、ポジティブなやりとり3回につきネガティブなやりとり1回を目安に。これは繁栄の黄金比と呼ばれるもので、日常生活のあらゆる場面に応用できます」。よく覚えておこう……。

【関連記事】
誕生から10年、インスタは世界をどう変えた?
インスタフィードがモノクロセルフィーであふれた理由。
チャールズ皇太子、Instagramデビューでフォロワー増を狙う?

texte : Marion Dupuis (madame.lefigaro.fr)

Share:
  • Twitter
  • Facebook
  • Pinterest

フィガロワインクラブ
Business with Attitude
キーワード別、2024年春夏ストリートスナップまとめ。
連載-パリジェンヌファイル

BRAND SPECIAL

Ranking

Find More Stories