詩で綴られた青春小説を、最果タヒと金原瑞人の翻訳で。

Culture 2020.08.30

不完全な人々が発揮する、とてつもない強さ。

『わたしの全てのわたしたち』

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サラ・クロッサン著 最果タヒ、金原瑞人訳 ハーパーコリンズ・ ジャパン刊 ¥1,870 

普通ってなんだろう。ティッピとグレースはどこにでもいる女子高生だ。ただ、腰から下が繋がっていること以外は。いままで家庭で教育を受けてきたふたりだが、ついに高校に行き始める。結合双生児を初めて見る生徒たちに「かわいそう」と思われないだろうか。彼女たちの不安はつきない。

ふたりの重い気持ちを打ち破ってくれたのは、クラスメートのヤスミンだった。やせっぽちの彼女だが、ふたりを他の子たちから徹底して守ってくれる。実はヤスミンはHIVのキャリアだった。母親のお腹の中でウイルスをもらったのだ。それまでずっと死と向かい合ってきた彼女にとって、困難を抱えるふたりは特別な存在ではなかった。

ふたりは周囲に少しずつ心を開いていく。そしてグレースは恋をする。ヤスミンの友達のジョンに「綺麗」だと言われる。彼と話している時だけは、隣にいるはずのティッピの存在さえ忘れてしまう。いままでこんなことなかったのに。

おそらく長くは生きられない。幼いころからそう言われてきたふたりの感覚は研ぎ澄まされている。悲しみも喜びも、日常のひとつひとつがキラキラと輝く。彼女たちの感情の揺れが伝わってきて、読んでいて切なくなる。

そうした魅力が上滑りになっていないのは、ふたりの人生が問題だらけだからだろう。お父さんはアル中で飲んだくれ、お母さんは銀行で残業を重ね、ついにリストラされてしまう。バレリーナを目指す妹のドラゴンは、気づかぬうちに摂食障害になっている。

誰もが弱くて、問題を抱えていて、でも他人のために何をできるかを考えている。不完全な人々が集まって支えあいながら、時にとてつもない強さを発揮する。そして読者も少しだけ強くなれる。金原瑞人と最果タヒによる訳文は、普通の人の心に潜む大切な場所にまで、読者をちゃんと導いてくれる。

文/都甲幸治 翻訳家、アメリカ文学者

早稲田大学文学学術院教授。訳書にジュノ・ディアス著『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』(共訳、新潮社刊)、近著に『「街小説」読みくらべ』(立東舎刊)など。

*「フィガロジャポン」2020年9月号より抜粋

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