移民女性の思いを暗闇と眩い光の中に描く『ヴィタリナ』。

Culture 2020.09.20

暗闇からこちらを見据える、漆黒の肌の気高い移民女性。

『ヴィタリナ』

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亡夫への愛惜と呪詛の念を反芻しつつヴィタリナは生きる。実名で彼女自身の人生を生き直すように演じた。ロカルノ国際映画祭で金豹賞と女優賞を受賞。

飛行機のタラップを裸足で降りるヴィタリナを、空港で働く故郷アフリカのカーボ・ヴェルデの女たちが出迎えて告げる。「あんたの夫はもう死んだ。ここには何もないよ、帰ったほうがいい」。象徴的な、ヴィタリナの登場シーンである。出稼ぎ先のポルトガルに夫が呼び寄せてくれるのを長年待っていた。リスボンの地を初めて踏んだのは、その夫が死んだという報せを受けてのことだった。

亡夫の部屋で暮らし始めたヴィタリナは、宙を見つめて問いかける。「あたしが来て驚いてる?」「あたしの手紙は捨てたの?」「ポルトガル語で話しかけたら、故郷では言わないようなことを言ってくれる?」。昏い部屋、闇の中の通路、夜の教会……重なり合う陰影に浮かぶヴィタリナの漆黒の肌。削げた頰につたう涙を拭いもせず、ひたとこちらを見据える姿は崇高ですらある。

本作でヴィタリナは過去の自分自身をそのまま演じている。昨年のロカルノでの女優賞受賞後、彼女は「苦しい時期のありのままの自分の姿をカメラの前で見せるのは勇気が必要だった」と涙をこぼしたが、移民の苦境を語る時にはその瞳と声に力がこもった。「本当に助けを必要としている人には手が差し伸べられない」と。同郷の移民たちに自分は尽くしているとうそぶく神父に「棺に横たわる女の苦悶は見もしないくせに」と言い返す作中の台詞は、彼女自身の思いの発露なのだろう。

晦渋(かいじゅう)と思われがちのペドロ・コスタ監督作品だが、本作はポルトガルで大ヒット、涙しながら鑑賞する女性が多かったという。連なる暗闇、垣間見える一瞬の眩い光。その向こうに、あなたは何を見るだろうか。

文/木下眞穂 ポルトガル語翻訳家

2019年、ジョゼ・ルイス・ペイショット『ガルヴェイアスの犬』(新潮社刊)で第5回日本翻訳大賞受賞。ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ『忘却についての一般論』(白水社刊)が近日刊行。
『ヴィタリナ』
監督/ペドロ・コスタ
出演/ヴィタリナ・ヴァレラ、ベントゥーラ、マヌエル・タバレス・アルメイダほか
2019年、ポルトガル映画 130分
配給/シネマトリックス
渋谷ユーロスペースほか全国にて公開中
https://cinematrix.jp/vitalina

※新型コロナウイルス感染症の影響により、公開時期が変更となる場合があります。最新情報は各作品のHPをご確認ください。

*「フィガロジャポン」2020年10月号より抜粋

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