ミレニアル世代のトランスジェンダー議員、サラ・マクブライドって?

Culture 2020.12.09

大統領選挙に注目が集まったアメリカでは、同じ日、州議会議員選挙も開催されていた。デラウェア州の州議会上院議員選挙では、30歳のトランスジェンダー、サラ・マクブライドが初当選。オバマ大統領時代にホワイトハウスの実習を経験し、順調にキャリアを積んできたLGBTQI+人権活動家であるサラは、あらゆる不平等の撲滅を目指して、新たなステージへ飛躍する。

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2016年の民主党全国大会で4分間のスピーチを行い、拍手喝采を浴びるサラ・マクブライド。2020年11月3日にトランスジェンダーとして初めて州上院議員に当選した。(フィラデルフィア、2016年7月28日)photo : Getty Images

本人にとっては小さな一歩でも、コミュニティにとっては大きな一歩だ。アメリカ大統領選挙が行われた11月3日、トランスジェンダーで、30歳という若さのサラ・マクブライドが、ライバルの共和党候補スティーヴ・ワシントンを大差で破り、デラウェア州の州議会上院議員に当選した。控えめな推測でも有効投票数の3分の2以上を集めたとされ、楽観的な推測では推定得票率97%とする見方さえある。大方の関心が大統領選挙の勝敗を決する郵便投票の開票の行方に集まっていた時点でも、デラウェア州議員に当選したサラ・マクブライドのニュースは大きく取り上げられた。

“本当の仕事はこれから”

当選が確定した瞬間、マクブライドは7万7千人がフォローする自身のツイッターに、「デラウェア州住民として、第1選挙区から上院議員に当選したことは大きな誇り」と投稿した。祝福のメッセージや、選挙戦中の写真や動画、当選を讃える記事で埋まったスレッドに、本人が書き込んだコメントがときおり紛れ込む。そのなかの「本当の仕事はこれから」というひと言が彼女の野心を物語っている。

その少し前に投稿したツイートでは、謙虚に慎ましく喜びを表現している。「ついにやった。私たちは選挙に勝ちました。私の勝利で、LGBTQの子どもたちが、この国の民主主義は自分たちとともにある、と感じてくれたらうれしい」。決して自惚れるタイプではないサラ。コメントはあくまでも冷静だ。

議員当選後の時間は、まずは支援者へ感謝の言葉を送ることに費やされた。チェルシー・クリントンをはじめ、女優のケリー・ワシントン、ガブリエル・ユニオン、選挙キャンペーンへの寄付金も提供したエイミー・シューマー、トランスジェンダーの娘をもつシャーリーズ・セロン、テレビシリーズ「アメリカン・ホラー・ストーリー」に出演する俳優でプロデューサーのビリー・アイクナーといった有名人たちが、こぞって彼女にお祝いの言葉を送っている。

兄のショーン・マクブライドもツイッター上で、有権者にこう挨拶した。「皆さんからの祝福の言葉をリツイートするかわりに、私たち家族がサラをどれほど誇りに思っているか伝えたい。マクブライド一家(家族のなかでツイッターにアカウントを持っているのは僕だけです)は、サラが州民のために素晴らしい働きをしてくれると信じています。デラウェア上院選挙第1区は賢明な選択をしました」

進歩派の家族

40歳のショーンは生まれ故郷のウィルミントンを離れ、腫瘍学の専門医として働いている。いっぽう、サラは、デラウェア湾北岸に位置する故郷の町で、政治家としての第一歩を踏み出した。フィラデルフィアにほど近い人口12万3千人の町だ。彼女は地域社会への貢献に積極的な進歩派の家族のもとで育った。母親のサリーはキャブ・キャロウェイ芸術学校や公立小中学校の運営支援のために寄付金を募るボランティア活動を行っている。父親のデヴィッドはヤング・コナウェイ・スターガット&テイラー法律事務所のパートナー弁護士。サラがウィルミントンを離れたのは、ボルチモアで過ごした数年間だけだ。ボルチモアでは口腔がんを診断されたパートナーのアンドリュー・クレイと2014年8月24日に結婚。アンドリューはその4日後に亡くなっている。

伴侶のアンドリューはサラにとって戦友でもあった。LGBTQI+コミュニティの権利擁護のため、とりわけ住宅問題と健康保険における差別の是正を目指して、ふたりはともに闘った。アンドリューは、亡くなった2カ月後にオバマ大統領から「チャンピオン・オブ・チェンジ」賞を授与されている。
いっぽう、彼女の活動にはオバマ大統領も注目していた。サラは2008年のデラウェア州知事選挙の際、ジャック・マーケル陣営のスタッフとして働いた。18歳のサラの活躍はオバマ大統領の耳にも届いていたという。2010年には、デラウェア州司法長官選挙に出馬したジョー・バイデンの亡き息子ボー・バイデンの選挙キャンペーンにも参加している。2年後にはオバマ大統領に請われてホワイトハウスの実習生となり、LGBTQI+問題を担当する部署で働いた。アメリカ大統領府スタッフにトランスジェンダーが採用されたことはそれまで一度もなかった。

メディアを賑わせたカミングアウト

メディアからも注目されるようになり、2012年春にカミングアウトすると、米公共ラジオ局NPRやレディー・ガガが運営する基金「ボーン・ディス・ウェイ」が大きく取り上げた。同年7月、ワシントンD.C.のアメリカン大学で生徒会長を務めていたサラは、任期を終えるにあたって、オンラインメディア「ハフィントン・ポスト」に「本当の私」と題した文章を発表した。生徒会長の任務を通して多くを学んだという彼女は、その経験が確信を得るきっかけを与えてくれたと綴る。「私はトランスジェンダーです。自分ではずっと前からわかっていたのに、これまで一度も認めたことがありませんでした」

大学の仲間や後輩に向けたこの文章で、彼女は子どもの頃の思い出を明かしている。「6歳か7歳の頃、母と一緒にテレビドラマを見ていたら、トランスジェンダーの登場人物が現れたのです。それまで、自分のような人間はほかにはいない、本当の自分のためにできることは何ひとつない、と考えていました。“トランスジェンダー”とはどういう意味かと母に質問したのを覚えています。説明を聞いて胸が高鳴りました。私はその時”まさに私のことだ”と知ったのです。そしていつか両親にこのことを伝えなければならないと」。政治に関心を持ったのもその頃だったという。

彼女はまた、大人になったいま、なぜ政治の道を選ぶことを決意したかも述べている。「いつか影響力のある地位に就き、世界をいまより少しでも受け入れられやすいものにできれば、そのために働くことが私自身の内面的な葛藤をいくらか解消してくれると思う」

LGBTQI+を差別から保護する法律

政治活動を始めたばかりの2013年1月、ジェンダー・アイデンティティによる差別撲滅に奮闘する彼女に、さっそくスポットライトが当たる。家族、ことにホモセクシャルである兄の支援を受けながら、進歩的な提案を行ってきた彼女の活動が実り、ついにLGBTQI+人権保護に関する法案がデラウェア州で採択されることになったのだ。州議会議員たちの前で、サラが自らの経験を語った後、法案は僅差で可決された。それ以後サラはアメリカ各地を訪れ、LGBTQI+のみならず人権一般をテーマにした会合に参加しては講演活動を続けている。アメリカ進歩センターやヒューマン・ライツ・キャンペーン財団のような影響力のある組織でも重要なポストを任された(今回の選挙も、ヒューマン・ライツ・キャンペーン財団のスポークスマンを務めながら臨んでいる)。2018年には著書『明日はきっと違う:愛、喪失、そしてジェンダー平等のための闘い』を出版。そのエネルギッシュな活動は多くの関心を集め、注目すべき人物としてマスコミにも取り上げられるようになる。2014年にはニュースサイトMIC.comが、「近い将来活躍が期待されるミレニアル世代50人」のひとりに選んでいる。

その翌年には、セカンド・レディのジル・バイデンがスピーチの中でサラの話を紹介し、こう述べている。「若い人たちが、どんな人間であるかによって評価されるべきだと信じています。見た目や出身地、ジェンダー・アイデンティティ、誰を愛するかにかかわらず」

貧困との闘い

2016年、サラは民主党全国大会で演壇に上がり、夫の闘いに敬意を表するスピーチを行った。イギリスの雑誌「ニュー・ステイツマン」のジャーナリストはさっそく彼女はいつか「トップクラス議員に選ばれる最初のトランスジェンダーとなる」と予言している。その直感は5年後に的中したことになる。彼女の前にも、トランスジェンダーを公表した候補者は、片手で数えられる程だとはいえ、存在した。中には州議会下院議員に当選した候補者もいる。しかし州上院議員は彼女が初めてだ。

若さと野心を武器に、彼女はこれからいくつもの快挙を成し遂げてくれるにちがいない。サラは昨年「USA・トゥデイ」紙にこう語っていた。「トランスジェンダーの代表として働くとは考えていません。たまたまトランスジェンダーであるひとりの上院議員として務めを果たすつもりです」。彼女の最初の課題は貧困との闘いだ。彼女は選挙戦の間、医療費負担の軽減、教育予算の増額、すべての児童が保育園に入園できる環境整備、最低賃金の増額のために闘うことを公約に掲げていた。

LGBTQI+、2020年アメリカ大統領選挙で注目を集めた新しい投票集団

サラ・マクブライドの州議会上院進出は、本人にとっても、彼女が代表するコミュニティにとっても、アメリカ史に残る快挙だ。今後も活動の幅をさらに広げ、LGBTQI+権利擁護のためにさまざまな対策を打ち出してくれることだろう。トランスジェンダーの候補者を支援する団体「LGBTQ ヴィクトリー・ファンド」は、サラの勝利について「有権者が不寛容な政治に背を向けつつあることを確信させる出来事」と評価している。11月の選挙でLGBTQI+の投票率は記録的な数字となったが(エジソン・リサーチの出口調査によると、投票者の7%を占める)、候補者数も同様に伸びている。今回の選挙(連邦上院下院、州議会、州知事などを含む)では574人のLGBTQI+候補者のうち、200 人以上の少なくとも35人の当選が確定している。
LGBTQI+人権擁護団体「Glaad」のサラ・ケイト・エリス代表は選挙の翌日に「アメリカ全土で有色人種のLGBTQI+や、トランスジェンダーが当選を果たした。今夜の勝利は長い間待ち望まれてきた歴史的な勝利」と宣言した。ヒューマン・ライツ・キャンペーン財団のアルフォンソ・デーヴィッドはこう述べている。「過去3回の選挙を通して、LGBTQI+投票者の割合は増加し続けている。私たちのコミュニティは選挙の鍵を握る新たな勢力として、政治に携わる人々にとって無視できない確固たる存在を確立しつつある」

texte : Perrine Crequy (madame.lefigaro.fr)

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