不穏な時代を静かに美しく描く『この世界に残されて』。

特集

外界の不穏さを滲ませ、象牙色の淡い光に包まれて。

『この世界に残されて』

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集団虐殺を生き延びた16歳の少女と医師が出会う。監視社会と化す戦後ハンガリー、孤児と庇護者の関係の半歩先を綴る、危うくも芯の強い愛の物語。

家族を失い一人きりになった中年男に叔母以外の身内を失った16歳の娘が懐いて、家に転がり込む。しかも時代は冷戦期。密告が横行し、隣人は夜中に逮捕され、友人がアパートの品定めに来るような状況。どれほど荒れた陰湿な展開があっても不思議はない設定なのに、この映画はどこまでも優しく穏やかで美しい。

1948年のハンガリー。同盟国としてナチスのユダヤ人政策に引き摺り込まれて夥しい犠牲者を出し、ソ連(ロシア)軍の侵攻で大量の難民を出し、戦争終結後の東西冷戦下では東側(とはロシア側のことである)衛星国として国境に鉄条網と地雷原を敷かれたハンガリーは、20世紀ヨーロッパ史において最も惨憺たる状況下にあった国の一つだろう。それがこれほどまでにノスタルジックに描かれることにはやや意表を突かれる。

現実のくすみや澱は綺麗に抜き去られ、それは内容にまで及んでいる。なるほど、中年男と少女の間には何か不穏なものが滲んではいるが、それが表面化することはない。夜、アパートの前に車が停まり、呼び鈴が鳴らされ、人が逮捕されるが、それは隣家の話で、彼らは息を潜めて物音に耳を澄ますだけだ。全ては彼らから紙一重で通り過ぎ、薄い象牙色の光に包まれた映像の中で、少女は静かに大人になって男のもとを去る。

今や東西冷戦さえノスタルジーの対象になってしまった。それを誤魔化しと見るか成熟と見るかは難しいところだ。おそらく憤激する人もいるだろうし、私もこれは誤魔化しだなと思う。ただ、静かで美しい映画であることだけは間違いなく、それは映画としては十分な価値である。

文/佐藤亜紀 作家

1991年、『バルタザールの遍歴』(角川文庫)でデビュー。以後、『天使・雲雀』(同)など著書多数。近著にユダヤ系ハンガリー人の没収財産移送をめぐる長編『黄金列車』(カドカワ刊)。
『この世界に残されて』
監督・共同脚本/バルナバーシュ・トート
出演/カーロイ・ハイデュク、アビゲール・セーケ、マリ・ナジほか
2019年、ハンガリー映画 88分 
配給/シンカ 
シネスイッチ銀座ほか全国にて公開中
https://synca.jp/konosekai/

※新型コロナウイルス感染症の影響により、公開時期が変更となる場合があります。最新情報は各作品のHPをご確認ください。

*「フィガロジャポン」2021年2月号より抜粋

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