シングルでも結婚でもない、女性ふたりの愉快な共同生活。

Culture 2021.03.11

From Newsweek Japan

ひとり暮らしに孤独や不安を感じ始めた40代の女性2人が、気の合う相手を人生の「パートナー」に選んだ......韓国で話題のエッセイが邦訳版に。

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著者のキム・ハナ(左)とファン・ソヌ(右) Kim Hana and Hwang Sunwoo

元コピーライターのキム・ハナと元ファッションエディターのファン・ソヌ、30代半ばに知り合ったふたりは意気投合し、40歳を前にしてソウルでマンションを購入し同居生活を始める――。

2019年に刊行された2人の共同生活記女ふたり、暮らしています。(CCCメディアハウス刊)は、同世代の女性を中心に幅広い支持を得て、韓国国内で4万6000部を売り上げた。

本書が韓国で多くの女性に受け入れられたのは、「シングルでも結婚でもない、分子式家族」という新しい生き方の可能性を示したから。2月末に発刊された邦訳版から、冒頭の一編を掲載する。

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分子家族の誕生

「ひとり暮らしが性に合っている」というのは、十年ぐらいやってみてから言うべきことだと思う。

私の場合、初めはひとり暮らしがものすごく楽しかった。友達と一緒に住んだこともあったけれど、決して広いとは言えない空間をシェアするのは、性格と生活習慣がよっぽど合わないかぎり、お互いにストレスの溜まるものだった。完全に私ひとりの空間で、足ふきマット一つから洗濯物の干し方、本の並べ方まで、自分の思いどおりにやるのが私の性格に合っていた(と思っていた)。

ところが、そんな生活が十何年も続くと別のストレスが溜まっていたようだ。いつだったか、釜山(プサン)の実家に帰った時のことだった。朝早くから両親が朝食の準備を始め、何かをぐつぐつ煮たり、がちゃがちゃと食器を並べる音に、私は自然と目を覚ました。ご飯とチゲのにおいがした。その音とにおいに包まれて横たわっていることがこのうえなく温かく感じられ、なぜか涙が出そうになった。

そんな些細なことにじんとしたのは、私ひとりで迎える静かな朝の空気はそうではないという意味でもあった。その朝以来、私は、ひとり暮らしのために注いでいるエネルギーについて意識するようになった。特に夜になると、余計な考えや不安のようなものに自分でも気づかないうちにずいぶんエネルギーを使っていた。そのつらさが、ひとり暮らしの気楽さと身軽さと楽しさを超えたのは、その頃ではなかったかと思う。

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結婚は解決策ではないように思えた。ただ、ひとりでいることのつらさを避けるために結婚制度と夫の家族と家父長制の中に飛び込むのは、苦労の渦に突っ込むようなバカなまねだった。私をすっかりバカにしてくれる魅力的な男性が現れたなら別だけど。でも、それも私が望んでいることではなかった。

私は自然と、違った形の暮らし方を模索しはじめた。友達に一緒に暮らさない? と言ってそれとなく気持ちを探ってみたり、シェアハウスを探したりもした。そうして、私とよく似た事情の友達と出会い、一緒に暮らすことになった。同じ釜山の出身で、長い間ひとり暮らしをしていて、そろそろひとりでもなく結婚でもない生活を考えはじめていて、私と同様、猫を二匹飼っていた。

私たちは、銀行ローンを組んで広いマンションを買った。ふたりがそれぞれマンションを買うよりずっといい条件だった。ひとりで買える40~50平方メートルの部屋にキッチン、トイレ、玄関がぎゅっと詰まっているより、それらを備えた約90平方メートルの部屋をふたりで使うと、広くて快適だった。四匹の猫も、前とは違って広い空間を跳び回るようになった。そして、何といってもここには浴槽がある。ひとりで暮らすのにちょうどいい小さな部屋に大きな不満はなかったけれど、ただ一つだけ、浴槽がないことが本当に残念だった。

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同居人と暮らして二年が過ぎた。満足度は最高レベルだ。同居人は料理とあちこち散らかすことと洗濯機を回すこと、私は洗い物と掃除、片づけ、洗濯物を畳むのが担当で、家事の分担は絶妙にバランスが保たれている。夜、さて寝ようかなと横になった時、同じ空間に誰かがいると思うだけで緊張がほぐれる。互いの気配で自然に目が覚め、家の中で毎日交わされるあいさつ(おはよう、おかえり、行ってきます!)によって、日常に活気が吹き込まれる。

ひとり暮らしの時、「情緒的体温の維持」のために多くの努力を要したのに比べ、ふたりだとそれが自然にできてしまうのがいい。もちろん、肉体的体温の維持のために、浴槽に浸かることもできる。

それに、最高にいいのは、私たちは今も「シングル」だということだ。お正月や秋夕(チュソク)〔陰暦の八月十五日、中秋〕になると、それぞれの実家に帰る。双方の両親は、私たちが一緒に暮らしていることにとても満足している。ひとりよりずっと安心だと。

料理上手な同居人のお母さんは、私の好きなお総菜を作って送ってくれる。私は、わざわざ訪ねていったり、親孝行のための旅行を計画する必要もなく、「おいしかったです!」とひとこと言えばいい。ひとり暮らしの喜びと同居の利点の両方がある。

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もちろん、私たちはいろんな意味で相性ぴったりの、運のいいケースだ。ひとり暮らし以外には結婚しか選択肢がないと思っていたら、私たちの楽しい同居は不可能だっただろうし、そんなもったいないことはない。

韓国の単身世帯率は27%を超える〔統計庁の2019年人口住宅総調査によると、単身世帯数は614万8000で、全世帯数の30.2%に当たる〕という。単身世帯は原子みたいなものだ。もちろん、ひとりでも十分に楽しく暮らすことはできるけれど、ある臨界点を超えると、ほかの原子と結合して分子になることもできる。

原子が二つ結合した分子もあるだろうし、三つ、四つ、あるいは十二個が結合した分子の生成も可能だ。固い結合もあれば、ゆるい結合もあるだろう。女と男という二つの原子の固い結合だけが家族の基本だった時代は過ぎ去ろうとしている。この先、多様な形の「分子家族」が無数に生まれるだろう。分子式にたとえるなら、私たち家族はW2C4といったところだろうか。女ふたりに、猫が四匹。今の分子構造はとても安定している。

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女ふたり、暮らしています。
キム・ハナ/ファン・ソヌ 著
清水知佐子 訳
CCCメディアハウス

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texte:Newsweek JAPAN

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