ミシュラン仏女性シェフが語る、キャリアと子育て。

Culture 2021.04.25

ミシュランの3ツ星レストランのシェフ、仏テレビ番組「トップシェフ」の審査員、そして母親業。ためらうことなく、いくつもの仕事や責務をこなす。でも、フェミニストの旗振り役になるのはお断り——。

フランスガストロノミー界の類稀なる女性、エレーヌ・ダローズへのインタビューをお届けする。

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エレーヌ・ダローズ。現役フランス人女性シェフで3ツ星を獲得しているのは、アンヌソフィー・ピックを含め2人だけ。 photo : Nicolas Buisson

エレーヌに会いに、パリのアサス通りのレストラン、マルサンへ向かう。犬を連れて急いで現れたエレーヌは、普段テレビで見かけるのと同じ姿。ゆったりした白いシャツに、束ねたブロンドの髪。グレーのじゅうたんに立った犬がぷるぷるっと体を震わせる。エレーヌは約束の時間にわずかに遅れたことを謝り、先に厨房スタッフにあいさつしてくるとのこと。

エレーヌは、パリのマルサンでミシュラン2ツ星(同じくパリのJoiaも彼女の店)、ロンドンのザ・コンノートで3ツ星を獲得したシェフ。フランスで3ツ星を獲得した女性シェフは、彼女を含め2人しかいない。

エレーヌは現在54歳。その経歴からは意志の強さが感じられるが、皆に知られるようになったきっかけは、むしろテレビで見せる優しく包容力のある人柄のためである。エレーヌは2015年以来「トップシェフ」に審査員として出演。また、ベトナムからの養子であるシャルロット(14歳)とキトリ(12歳)という2人の娘の母でもある。複数の肩書を持つ稀有な女性を貫くキーワードは「自立」である。

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——料理には「女性的」なアプローチの方法があると主張して、非難されましたね。女性的アプローチというのは、どういう意味でしょうか。

 

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photo : Nicolas Buisson

料理とは、自分自身の中から生まれ出るものであり、自分の感情や感性から創造されるもの。そして、感性には男性的なものと女性的なものがあり、それは自然なことだと考えています。もちろん男性の中にも、例えばピエール・ガニェール氏のように、まさに女性的なアプローチをする男性シェフもいれば、男性的アプローチをする女性シェフもいる。けれども、自分が生み出したものを分かち合うために料理をする女性のほうがはるかに多く、男性はそれよりも技術を証明するために料理を作るのだと感じています。

——「トップシェフ」の審査員たちは、女性的アプローチについて反対していますよね。番組ではその意見の相違にどのように折り合いをつけましたか。

その点については、候補者を決める時の話し合いのテーマともなりました。審査基準については、皆それぞれ別の見方があって当然です。私は、料理を作る瞬間に生まれるもの、その料理から私が感じとったエモーションで、候補者を判断します。

他の方たちは候補者のポテンシャルを見ようとしていて、その料理でどこまでできるかということが重要なんです。一方、私のアプローチはもっと直感的なもの。他の出演者のスタッフに比べて私のスタッフが技術面では劣るということに、私たちの判断の観点が違うことが反映されているんです。

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——今年、パリの「マルサン」とロンドンの「ザ・コンラット」がミシュランガイドで新しく星を獲得しました。現役のフランス人女性シェフで3ツ星を獲得しているのは、アンヌ=ソフィ・ピック氏とあなたのふたりだけ。自分がインスピレーションを与える女性であり、ロールモデルであるという意識はありますか。

レストランに入ってきて、私を見て涙ぐむ女性たちがいます。それも珍しいことではないんです。ですから、自分が若い女性たちにインスピレーションを与えているらしいことは知っています。自分が役に立っているなら嬉しい。でも、私が仕事をしているのは情熱からであって、ロールモデルになることが目的ではありません。

——女性への差別というテーマにさらに踏み込んでほしいという方々に対してどのように答えますか。

もし私が女性たちのロールモデルとして自分の経験をシェアできるなら、それに越したことはありません。けれども、私はフェミニスト活動家ではないんです。今のところは、女性の社会的地位向上のための支援活動に時折参加しているだけ。さらに時間を割く余裕がないんです。

私が関わっているのは、少女や女性がもっと教育にアクセスできるよう活動しているNGOアフガニスタン・リーブル。例えば、フランスのカレーの難民女性たちと一緒に料理を作りました。私が仕事や活動など何かしら引き受けるのは、それが正しいことだと感じる時です。でも、リーダーとして牽引する側になる必要はないと思っています。実際そうなるのは難しい。自分の仕事で性差別に直面したことは一度もないからです。

——つまり、結果としてフェミニストの役割を担ってしまっているけれども、実際にそうなりたいと思ってしているわけではないということですね。

「はい、そういうことには全然興味がないんです」と答えることはできません。メディアに出るのを承諾するということは、その結果起こり得ることは全部受け入れるということ。だから、私の側からダメと言うことではない。

一方で、いまの自分があるのは、長年の努力の積み重ねの成果。だから、もし自分がインスピレーションを与えられる存在だとしたら、少なくともなぜ自分がそうなったかはわかります。誇りとかプライドとかではなくて(私はこの言葉が好きではないんです)、ただ嬉しく思います。でも、冷静に考え直す必要もある。私が人々に影響を与えているとしても、決してミシェル・オバマではないのです。

——女性たちにインスピレーションを与える存在であるということは、お子さん達にとってどんな意味があると思われますか。

「女性は自立する必要がある」と母に言われながら育ちました。私はそのことを疑いもしなかったし、自分の娘たちにもそれを伝えようとしています。母親業でも社会活動でも仕事でも、私がしていることを見てわかるのは、そのベースにあるのは自立であり、自由であるということです。

——厨房で、いままで女性差別のようなことに直面したことはありますか。

25年間で一度だけあったと思います。ずいぶん前のことですが、ある若い女性が上司のパワハラめいた行動を訴えてきたことがありました。上司というのは今や有名なシェフとなった方です。その方は誰に対してもそういう態度だったようですが、私は彼を呼び出し、今後はそのようなことがないよう細かい点まで話をしました。

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——厨房スタッフに対しても教育的指導が必要だということでしょうか。

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photo : Nicolas Buisson

いいえ、その必要はありません。厨房では、まず自分が手本を見せ、全員に対して敬意を示すようにしています。そうすれば、皆それに反する行動をする余地はないと自然に思うようになります。人種や宗教に関することも同じ。厨房で大切なことは、相手を尊重し敬意を示すこと。見習いだろうが皿洗いだろうが関係なく、何かを伝えあうために、分かち合うために、皆そこにいるんです。

——料理界での女性の地位に関して何か変化を感じますか。

状況はずいぶん進歩したように思います。20年前は男性シェフたちから厨房に女性はいらないという声も聞かれました。社会の中での女性の地位が変わるにつれ、ガストロノミー界もそれに続いただけとも言えますね。

——今年「トップシェフ」に出演している女性が少ないとご指摘されましたよね。15人のうち女性は4人しかいない。前回のシーズンと同じです。ご自身のレストランでのパリテ(男女数半々という考え方)についてはいかがですか。

ある期間、偶然パリテが実現したことがあります。けれども、長くは続きませんでした。

——それはなぜでしょうか。

その女性たちの仕事がなくなったわけではないんです。でも、ガストロノミー界で高みを目指すためには、たくさんの選択をしていかなければならない。そのかわり他のことができなくなるからです。

例えば夜家にいないこと。子供を風呂に入れるのを他の人に頼むこと。そういう選択をしたがらない女性たちもいる。私のロンドンのスタッフは子供が産まれたばかりで、今までのようには仕事をしないという選択をしました。子供のお風呂や読み聞かせを他の人に任せたくないという女性たちを、いいとか悪いとか言っているのではなく、それが現実なんです。

他にも女性であるというだけで難しいことはあります。例えば夜友人達と飲みに出かけること。男性たちが遠慮せずそうしたとしても、私たち女性はそうしないようにしています。夫が子育てに関わらないせいで、外出するという選択肢さえない女性たちがいることも忘れてはいけないと思います。

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——テレビ番組「コティディアン」(Quotidien)出演の際、おっしゃっていましたよね。「私は40歳で母親になりました。それ以前に母になることはとても難しかっただろうし、うまくいかなかっただろう」と。40歳で何が変わったんですか。なぜそれ以前だと「うまくいかなかった」と思われるのですか。

それ以前は、まだ気持ち的に落ち着いておらず、時間もなかったからです。娘たちの世話のために仕事を中断することなんてできなかっただろうと思うんです。40歳以前は、さっきお話したような様さまざまな選択をする成熟さもなかっただろう、と。

会社の代表になって初めて、自分の責任で物事が決められるようになった。その年齢でやっと「今夜は娘たちとうちにいる」と言う自由を得たんです。30歳でそれが言えたかどうか。それに経済的な面も重要。頻繁にベビーシッターが2人も必要なんですから!

——同じ番組の中で、料理やレストラン業界で活躍する女性たちへのメッセージがありました。「そのような女性たちに言いたいのは、どんなやり方でも大丈夫だということ。みんなひとりひとり違うやり方で母親をすればいい。夜子供たちと一緒にいられなくても、ちゃんとバランスが取れた子供になる。もっと時間がある別の機会に、一緒に過ごせばいい」と。ご自分の経験から、そうお話されたんでしょうか。

少なくとも、うちではそうやってうまく行っています。子供たちはまだ12歳と14歳ですが、偏ったところのないオープンな子供たちですよ。2人とも、性格、信条、考え方は違いますけどね。娘たちはラッキーだと思います。どこにでも私に付いて来ていいわけですから。「トップシェフ」にも、レストランにも。海外で夕食をとる時にも連れていきます。もちろん学校の休暇中だけですが。私は自分が経営者なので、誰にも報告する必要がなく、簡単に連れて行くことができるんです。

——「トップシェフ」の審査員、2つの街の3つのレストランでシェフ...。キャリアと2人のお子さんの子育てを、どうやって両立させているのでしょうか。

ロンドンでもパリでも、必要ならすぐにうちに帰れるよう職住近接にしています。娘たちのことが一番優先順位が高い。だけど、繰り返しになりますが、私は誰にも報告する必要がない。自分が経営者で自立しているということが、重要なポイントになっていると思います。

——それは、さきほどおっしゃったように、2人のシッターさんを雇うというようなことですか?

そのとおりです。職場でも家でも周りに常に人がいる状態にしなくてはならないと思います。娘たちがまだ小さかった頃は、ベビーシッターが2人必要でした。極端な離れ技をやってのける時は人手が必要です。シャルロットを養子にした後、その1年後にロンドンにレストランをオープン、翌年にキトリを養子にした。私の母が驚きのあまり気を失うだろうと思ったほど(笑)。

職場には、いいシェフたちがいて、その間をつないでくれる人もいて、頼りになる10人ほどのスタッフがいます。彼らが周りを固めてくれるおかげで、落ち着いた気持ちで過ごせます。でも、これは自分自身でそうなるよう努力し、整えてきたこと。人に委ねるのも大事なことです。

委ねるといえば、今自分ではやらないことがひとつあります。それは、子どもたちの宿題を見ること。あまり上手ではないですし。でも、娘たちは宿題を一緒にやりたがるんですよ! 祖母が学校の先生で私はよく勉強を教えてもらったので、今度は私が娘たちに教える番。でも、他の人に任せたほうがいい。まずは時間、そして好き嫌いの問題。娘たちとは本を読んだり、ドラマを見たりするほうが好きなんです。

texte : Camille Lamblaut (madame.lefigaro.fr), traduction : Akiyo Maeda

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