『愛の不時着』の魅力を、元CIA工作員が読み解く!

Culture 2021.05.06

From Newsweek Japan

『愛の不時着』の大ヒットが象徴するのは、グローバル化やネットの普及といった新時代と、太古から変わらない愛の尊さだ。

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どんな試練に見舞われてもめげないジョンヒョク(写真)とセリの愛の行方を、世界中の視聴者がはらはらしながら見守った PHOTOFEST/AFLO

文/グレン・カール(元CIA工作員、ニューズウィーク日本版コラムニスト)

波瀾万丈な『愛の不時着』にハラハラした後で、運命の恋に憧れない人はいないだろう。北朝鮮のリ・ジョンヒョク大尉(ヒョンビン)は空から降ってきた美女ユン・セリ(ソン・イェジン)を抱き留め、恋に落ちる。セリは韓国の財閥令嬢で実業家。パラグライダーの事故で迷い込んだ北朝鮮で、冷え切った彼女の心はジョンヒョクとの純愛に解けていく。

試練の中でも、希望と忍耐が生きる意味と喜びをもたらすことを、ジョンヒョクとセリは身をもって示す。私たちは作り話と知りながらドラマを楽しみ、そこに真実を見いだす。すなわち──人生において、愛する人と共に笑い共に涙するほど大事なことがあるだろうか。

韓国発の『愛の不時着』からは、世界の変化も見えてくる。この15年で世界はかつてなく統合されてヒエラルキーが希薄になり、希望と危険に満ちた場所になった。15年前の私に韓国のドラマを見る機会はなかっただろうし、そもそも韓流という言葉すら知らなかった。

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古い常識を打ち壊すドラマ

 

今や世界の潮流を決めるのはアメリカでも中国でもバチカンでもメッカでもない。韓国のエンターテインメントがハリウッドやボリウッドと同等に、京都やコペンハーゲンに影響を及ぼす時代が来たのだ。

『愛の不時着』は個人や社会が相互につながり合う今の世界を象徴し、古い常識を打ち壊す。そして奇妙な話だが、ドナルド・トランプ米大統領(当時)に忠誠を誓い連邦議会議事堂を襲撃した暴徒や過激派テロリストのウサマ・ビンラディンも、セリやジョンヒョクと同じように人の心を一つにし、時に分断する。

『愛の不時着』が社会現象になったのは文化の壁を越え、万人の心に潜む切なる思いを描き切ったからだ。これは人類が有史以前からたき火を囲んで語り継いだ神話。ドラゴンが大地を跋ばっ扈こ していた太古から、親が子に語り聞かせてきたおとぎ話だ。

超自然な出来事は私たちを非日常へといざなう。ヒロインは竜巻に巻き込まれ、謎と危険の国へと連れ去られる。『愛の不時着』のセリしかり、『オズの魔法使』のドロシーしかり。ハンサムな若者は美しい娘と恋に落ち、身分の違いや家族のしがらみに仲を裂かれる。

そうした物語の中で私たちは慣れ親しんだ日常が消え常識も通じない世界を訪れ、深い真実を発見する。不屈の精神で愛を成就させるセリとジョンヒョクを見て、大切な人への献身が希望と喜びを生むことを本能的に理解する。

複雑な生い立ちのせいで人を信じられなくなっていたセリはジョンヒョクへの愛に気付き、心を開いていく。何度も韓国に帰ろうとして果たせず絶望する彼女を、「家族」となったジョンヒョクの部下の4人組が慰め、一緒に頑張ろうと励ます。

試練さえも大切な人々と分かち合えば、いくら高級ブランドで着飾っても孤独だったソウルでの生活よりずっと豊かな暮らしが与えられるのだと、セリは気付く。北朝鮮の軍服を着た王子様でも財閥を率いるお姫様でもない私たちの心もまた、2人の愛の行方を見守ることで豊かになる。

北朝鮮は舞台として目新しく、ストーリーは共感しやすい。国境を越えても、人間のうぬぼれや権力志向は変わらない。北のエリートは洗練されたところをアピールしようと会話の端々にアメリカ英語を交ぜ、ソウルではセリの兄と兄嫁たちが仁義なき後継者争いに明け暮れる。

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中流層の拡大が追い風に

南北の格差はユーモアを交えて描かれ、軍事境界線や政治的緊張はあくまでもストーリーを盛り上げる小道具として扱われる。韓国側の工作員がそろいもそろってステレオタイプな黒いスーツに黒いサングラスという格好なのは、元CIA工作員の私から見れば、ご愛嬌だ。

もっとも、韓国でドラマが作られるのは今に始まった話ではない。『愛の不時着』が世界で旋風を巻き起こした背景にはテクノロジーと社会と国際政治の根本的な変化がある。

インターネットを通じ世界の文化がリアルタイムで届くようになったのは、ここ15年ほどのことだ。世界のインターネット人口は2005年の約16 %から、現在は64%まで増加した。グローバリゼーションは1つの大きな世界文化を創り出し、その文化に親しむ中流層の拡大は止まらない。05年に約10億人だった中流層は、20年には30億を超えた。

『愛の不時着』を190カ国に配信するネットフリックスは、こうした変化を追い風に急成長した。05年に400万人だった契約者数は、20年に2億人を突破。人類史上初めて、億単位の人間が世界各地の映画やテレビ番組をいつでも手軽に見られるようになった。

アメリカの娯楽産業が圧倒的な影響力を持ち、韓国のテレビは韓国、フランスのテレビはフランス、日本のテレビは日本にとどまっていた時代は終わった。

ネットフリックスは韓国映画だけでも、年間5億5000万ドル以上を投資している。私はこの1カ月だけでドイツ、フランス、スウェーデン、イギリス、中国、カナダ、アメリカ、韓国の優れた作品をリモコン1つで楽しんだ。

だがグローバリゼーションがもたらす国際感覚豊かな多様性を歓迎し、『愛の不時着』のような海外のドラマに胸躍らせる人間ばかりかといえば、そうではない。ビンラディンや議事堂を襲った暴徒のようなやからはグローバリゼーションによる文化の混乱を嫌う。異質な文化を排除し、そうしたものが入ってこないように文字どおり壁を築こうとする。

彼らにとって北朝鮮のリ・ジョンヒョク大尉は厄介者でしかない。韓国人でさえ北の同胞を疎んじ、70年にわたって彼らを陰気で個性のない人々として表現してきたのだ。北朝鮮の人々を好意的に描写した点でも、このドラマは特筆に値する。

文化の流入に眉をひそめるやからへの答えは、セリに聞こう。後半のある場面で、セリはこう語る。「風はなぜ吹くと思う? 前に進むため......あなたと出会うためよ」

今は神話や物語や宝物が地球上のあらゆる場所から風に乗り、私たちの元に届く時代。その風を遮れる壁など、ありはしない。

(※韓国を飛び出し、世界で支持を広げ続ける「進撃の韓流」――ニューズウィーク日本版5月4日/11日号「韓国ドラマ&映画50」特集より。ニューズウィーク日本版では、さまざまなジャンルの注目ドラマ20作品を取り上げています)

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texte:GLENN CARLE

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