いきものに命を吹き込む、酒井駒子の絵本の世界。

Culture 2021.06.06

子ども、動物、ぬいぐるみ……絵の中にある“命の王国”。

『みみをすますように 酒井駒子』

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酒井駒子著 ブルーシープ刊 ¥4,180

『みみをすますように』は酒井駒子の画集である。平仮名表記のタイトルは、作者の世界像と響き合っている。どの頁からでも、開けば本の中に吸い込まれそう。どの一点を見ても、入魂という言葉が思い浮かぶ。絵以外の文字やノンブルの扱いは小さくシンプルで、読者の目をなるべく邪魔しないようにとの配慮が感じられる。

酒井駒子の絵の中の子どもたちに、こんなにも惹きつけられるのは何故だろう。頭の大きさ。首の細さ。髪の柔らかさ。地面にしゃがみこんで何かを一心に見ている姿。ひどく無防備な命のかたまりが目の前にあることに息を呑んでしまう。

子ども以外の対象にも、同じ魔法がかけられている。猫の毛皮の中身(?)の小ささ、鳥の首の危うい曲がり方、蝶が花の上ではなく下側に止まっていること……、切り取られる瞬間が、角度が、どの絵においても我々の認識の定位置から微妙にズレていることに気づく。子どもと云えばこう、猫と云えばこう、鳥と云えばこう、蝶と云えばこうという定型が丁寧に無効化されているのだ。

奇妙な連想だが、私は写真に撮られる時のことを思い出した。いちばん良い姿勢と整えた髪の毛と笑顔を意識することで、結果的に生き生きした自分からもっとも遠くなってしまうことがある。酒井駒子の絵の中には、その逆の、命の瞬間が充ちている。命の王国。ということは、そこには死が充ちていることになる。

では、命を持たないはずのぬいぐるみや人形やオモチャの場合はどうだろう。例えば、子どもの手の中にある時、ぬいぐるみたちはおかしなことになっている。無造作に持たれて逆さまにひっくり返っていたり、ぎゅっと抱き締められすぎて顔が空を向き、怖い目つきになっていたり。酒井ワールドでは、ぬいぐるみたちにも生き生きとした命が与えられている。彼らもまた死ぬことができるのだ。

文/穂村 弘  歌人

1990年のデビュー歌集が『シンジケート[新装版]』(講談社刊)となり今年5月に発売。2017年に講談社エッセイ賞を受賞した『鳥肌が』(PHP 研究所刊)、酒井駒子と共著の絵本『まばたき』(岩崎書店刊)ほか、評論、翻訳など多数。

*「フィガロジャポン」2021年7月号より抜粋

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