誰もが彼女に夢中! 赤絨毯のソフィー・マルソー。

Culture 2021.07.11

1980年の映画『ラ・ブーム』の成功以来、長い間「フランス人のかわいいフィアンセ」と呼ばれ、親しまれてきたソフィー・マルソー。彼女は、カンヌ映画祭の常連として、クロワゼットで数々の歴史を刻んできた。写真で振り返る。

【写真】プレイバック!ソフィー・マルソーの歩み。

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強風にカメラマン...。お腹が大きくても、ソフィー・マルソーは真っ赤なドレスを再び纏い、カメラの前でポーズを取ることをやめない。(カンヌ国際映画祭のオープニングセレモニーで。1995年5月17日) photo : Getty Images

ソフィー・マルソーとカンヌの関係は、彼女が10代の頃に始まった。1980年に発表された『ラ・ブーム』の成功により、すでにフランス中にその名を馳せていたソフィーは、1984年、アラン・コルノー監督の映画『フォート・サガン』でフィリップ・ノワレ、ジェラール・ドパルデュー、カトリーヌ・ドヌーヴとともに、カンヌの大階段を上った。

また、『ラ・ブーム2』の相手役だったピエール・コッソとクロワゼットで再開。2人の俳優は撮影現場で本当に恋に落ち、カンヌの太陽の下で愛を育んだ。

しかし1985年に彼女の腕を取って現れたのは、26歳年上のポーランド人監督アンジェイ・ズラウスキーだった。ソフィは彼と17年間生活をともにし、子どもを授かった。

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初登場...

ソフィはその後も定期的にカンヌに登場。華やかな衣装で階段を上り、カメラマンたちを喜ばせた。

1994年には、映画『ブレイブハート』(1995年)を監督したメル・ギブソンとポーズ。彼女の国際的なキャリアはここから始まった。翌年、息子のヴァンサンを妊娠していた彼女は、人目を引く真っ赤なドレスでカンヌのオープニングに登場した。

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...そして小さなスキャンダル

1999年、ソフィーはプレゼンターとしてダルデンヌ兄弟にパルムドールを授与したが、その時の支離滅裂なスピーチは聴衆を不快にし、審査委員長のクリスティン・スコット・トーマスがスピーチを遮るほどだった。後に彼女は、その日の午後、病院で闘病中の子どもたちを訪問したことで気が動転していた、と説明している。また2005年のレッドカーペットでは、ドレスの片方のストラップが外れ、胸元があらわになってしまったこともあった。

2009年、ソフィー・マルソーはレッドカーペット上でモニカ・ベルッチと双子の姉妹を演じ、映画祭を賑わせた。2人の女優は映画『ダブルフェイス 秘めた女』のプロモーションのため、2人そろって真紅のドレスを纏い、そっくりな双子になりきった。しかしこの大胆なパフォーマンスにもかかわらず、この作品は受賞を逃した。

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バリエーション豊かなスタイル

2015年にはコーエン兄弟を長とする審査員に選ばれ、毎日カンヌのレッドカーペット上でスタイルを披露することに。特にセンスの良さで知られる女優のシエナ・ミラーとのファッション対決で、ソフィーはかなり良い成績を収めたといえるだろう。ヴィオネのトレーン付きのレザーパンツやアレクサンドル・ボーティエの真っ白なシャツドレス(突風で下着が見えてしまうというアクシデントはあったが)を着た彼女は、ほぼパーフェクトだった。

彼女は長年にわたり、恐れることなく、レッドカーペット上に真っ赤な衣装で登場してきた。赤はこれからも彼女の愛する色であり続けること間違いなし。また、映画祭の舞台ではあまりお目にかかれないアイテムであるパンツスタイルもためらいなく着こなしている。

今年は、フランソワ・オゾン監督の新作『Tout's'est bien passé』で、またもやレッドカーペットを歩いたソフィー・マルソー。もしかしたら最優秀女優賞に輝くチャンスかもしれない。

text : Justine Feutry (madame.lefigaro.fr)

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