ダイエットの果てに、少女がたどり着いた理想像とは?

Culture 2021.07.31

自分の身体を受け入れて、生きていく難しさ。

『ファットガールをめぐる13の物語』

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モナ・アワド著 加藤有佳織、日野原慶訳 書肆侃侃房刊 ¥1,980

女性は女性というだけで、自分の身体を意識させられる。ファットガールならば尚更、気にせずにはいられない。この連作短編小説集の主人公エリザベスはいつも自分の身体について考えている。明かりが消えて鏡が見えない部屋でも、鏡はそこに、エリザベスのすぐそばに存在していて、彼女の身体も決して消えることはない。ふくよかなその肉体は常に世界と対峙している。そして彼女の自己評価の低さ、渇望、メランコリーがそこに映し出される。エリザベスをめぐる13の物語は、彼女の身体をスクリーンとしているのだ。

エリザベスをことさら性的な存在として見ている男たちの話がある。ファットガールは脂肪を鎧のようにまとっていない。むしろ脆くてむき出しの存在なのだ。試着室における孤独な戦いの話は二編もある。サイズの合わない服に自分を押し込みながら、そこから自分が溢れ出ていく感覚を彼女は味わう。それはこの世界の標準に自分を当て嵌めようとした時に感じる、居心地の悪さそのものだ。物語は時系列順に並んでいて、冒頭ではまだエリザベスは10代だ。その頃に彼女が憧れているのはスリム過ぎるほどスリムな少女たち。しかし、ダイエットを重ねて、自分を必死に作り変えようとする過程で、彼女の羨望の的は太ったままの女に代わる。運動や減量でサイズを落としても、見た目が変わってもエリザベスの内面はファットガールのままで、永遠に変わらない。そこにあるのは代替の利かない魂の容れ物としての「身体」なのである。ファットガールである自分をどう受け入れていくか。作者のモナ・アワドは単純な答えは用意していない。エリザベスと世界の接点は身体にとどまらない、自分自身に対する違和感にこそある。そこを手がかりに彼女は何かを見出していく。痛みを感じながらも、深く息をして自分を解き放つような瞬間をアワドは描く。ファットガールの身体にささやかな光を灯すように。

文/山崎まどか コラムニスト

著書に『オリーブ少女ライフ』、訳書にレナ・ダナム著『ありがちな女じゃない』(ともに河出書房新社刊)など。近著は『優雅な読書が最高の復讐である 山崎まどか書評エッセイ集』(DU BOOKS 刊)

*「フィガロジャポン」2021年8月号より抜粋

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