【フィガロジャポン35周年企画】 400ページのパリ特集、そして編集長の渾身の「本特集」。2006年のフィガロジャポンを振り返る。
Culture 2026.02.02
パリ生まれ東京育ちのスタイル誌『フィガロジャポン』は、2025年3月で創刊35周年。パリやパリに生きる人々の哲学から旅、ファッション、食、映画、そしてアートまでフィガロジャポンが発信してきた35年の歴史を編集長の森田聖美が当時の思い出に浸りながら、思い入れたっぷりに振り返ります。2006年に発売したすべての号をプレイバック!
2006年2月5日号(06年1月20日発売) 311
流行ヒットパレード !?

2026年、「私自身」というキーワードが世を席巻するが、2006年はトレンドを追っていた。トレンドセッターであることは名誉だった。この春夏のファッションはレースやヌードカラーがイン。フェミニンであることが素敵に。ちょっと女の子らしい夢モードが全開。だからこそ、バレンタイン前に「恋する気持ちはビター&スイート」なんていうサブタイトルとともに、注目ショコラティエを紹介する第2特集も。働く女性たちにフォーカスした特集も、クリエイター紹介だけだった。時代だなあ~。
2006年2月20日号(06年2月5日発売) 312
マダムフィガロジャポンが好きな、マドモアゼル。

マダムフィガロなんだけど、私たちは「マドモアゼル」という言葉が好きだ。どこか夢っぽく、ロマンティックで。でも同時に「大人の女」の洗練にも惹かれている。それがフィガロジャポンなのだと思う。今季、白が効いたガーリーな服が流行ると同時に、黒のトリミングいや黒いレースが流行った。トム・フォードが新たな道を歩み始めて独占インタビューが叶った。温泉宿の取材では、カニ、カキ、フグ......どこまで貪欲なのだ?というほど、フィガロジャポンは享楽的でもあった。
2006年3月5日号(06年2月20日発売) 313
数字のパワーは絶対だ!

「5」つのキーワードでおしゃれを分類してわかりやすく紹介したり、新作の靴バッグを合計「423」掲載したり。当時、数字は絶対的価値を持っていた。気がする。よくよく考えれば、そんなにたくさん買えない、でも、たくさん見たいのだ。その中から選ぶ気分を味わいたいのだ。そんなシンプルな欲が当時にはあった。ちなみにおしゃれの5タイプは、ドレス・モダンアート的な柄行・ニュアンスカラー・インパクトアクセ・予約アイテムであった。ビューティ特集は、2ケ月でつくる完璧な美脚。ファッションに合わせてボディを作ろう、これもフィガロジャポンの大切にしているメッセージのひとつ。
2006年3月20日号(06年3月5日発売) 314
東京&大阪はいつでも進化している。

けっこう都市特集をしている。そんななか、海外よりも日本の都市を紹介するほうが、どこを切り取るのか、かえって難しい。今回の表紙は、メゾン マルタン マルジェラ トウキョウ。あの恵比寿の店ができたのはこの時期だったか! 圧倒的にユニークだったしおもしろかった。25年か24年に行われた展覧会も盛況だった、マルジェラの世界観は唯一無二だから。アイスバーができた時でもあった。表参道ヒルズも! まさにこの時、前編集長・佐藤俊紀氏と筆者はコラボして、ペンを俊紀、フィガロを私が担当してタイアップを行った。ロハスという言葉も巷に知られ始めた季節。「女の視点」ではユニークな映画館特集。萌える。
2006年4月5日号(06年3月20日発売) 315
400ページ近いパリが巻頭特集号。

この号の表紙のようなヴィンテージライクなウィンドーはパリ好きの永遠の憧れだった。レース、刺繍、流線のフォルムの家具たち。手芸店なども紹介していて、あ、やっぱり2区、と思う。2区にはパリの中心ながら手仕事の道具や素材を扱う店がたくさんある。パニエやカフェオレボウル、柄絵の皿など、アラアカンパーニュな道具たちなど、暮す目線で作った号。他にも最新ショップやマップは第2特集で網羅。ディオールのクリエイティブディレクターだったジョン・ガリアーノへの独占インタビューがおもしろい。もしもあなたが映画監督だったら?→自分ではずっと前からそのつもり。女優だったら?→誰よりも美しいドレスを纏っている。男優だったら?→ハンサムで情熱的なヒーロー。作家だったら?→私は布を武器にして語る作家だ。最高な回答だ......! 故・和久本みさ子氏が最も敬愛していたクシシュトフ・キェシロフスキ監督の遺稿三部作に出演していた3人のフランス人俳優の言葉も最高だった。「いま地獄をのみこんで、向こうに"生きる"理由があるから」(エマニュエル・ベアール)。
2006年4月20日号(06年4月5日発売) 316
ファンタジスタのつけるタイトル。

いまは確かオ●ンピックという言葉は勝手に使ってはいけない、となっていたか‥‥?も? おしゃれを競争にたとえてこのタイトルを特集に提案したのは、OGの菊地愛氏だった記憶だ。彼女はファンタジスタ。時に、とてもおもしろい提案や言葉使いをする。表紙のイリナは大ブレイクしたスーパーモデルで、このバングの作り方がおしゃれ印だった。当時、合成絵作りが流行っていて、ファッションページでは背景の写真と切り抜きやイラストを合成して一枚絵のイメージとして紹介するパターンが多用されていた。こだわりの手仕事@雑誌、という雰囲気だったのだ。
2006年5月5日号(06年4月20日発売) 317
「気分」としてのヴィンテージ。

ヴィンテージの服は好きだけれどインテリアはクールモダンが好き、って人はあんまりいない。ヴィンテージ&レトロなスタイルそのものが好きな人を目指して作った特集。世界の7都市のヴィンテージショップも紹介されていて、店主もみなハッピーなムードに覆われている。ヴィンテージスタイルはどこか温かい雰囲気があって人の手による優しさがあることがいいのだ。フィガロジャポンが大切にしている「ハートフル」というキーワードとも一致する。綴じ込み付録の香港特集ではおもに、キレイになる美容アドレスとグルメが紹介されているのだが、シャビーシックなアンティークブティックをクリエイターが紹介していた。
2006年5月20日号(06年5月5日発売) 318
アルプスの少女ハイジ、現代版。

この表紙を見た時に、「アルプスの少女ハイジが現代でおしゃれガールだったらこんな感じかもね」と思ったことを思い出す。コケティッシュな肌見せ、カラフルなアクセサリーの演出、水着を街着コーデに用いたり、ハードルは高くても「絵になる」モード特集。綴じ込み付録の「7人のプロによる簡単料理」レシピはいまでも役立ちそうな彩美しいおしゃれなメニューのオンパレード。エレーヌ・ダローズの提案でさえ、シンプル調理なのがありがたい。そして、当時話題になったのは美容テーマの「あなたの美容府マッチ !?」だ。マドンナの1ケ月の美容コストは232万円と算出。それ以外にも「美容意識高い系」フィガロ世代100名アンケートの結果は、2006年当時で約8万円/月だった。
2006年6月5日号(06年5月20日発売) 319
フィガロにおけるイタリアの最適解はトスカーナ。

フィレンツェ愛を捧げ続けたフィガロジャポンにとっての正解はやはりトスカーナ地方なのだ、旅企画においては、と感じる。たとえばパリの要人も話を聞くとトスカーナでのヴァカンスを楽しみにしている人は多い。ヨーロピアンにも人気のヴァカンス地なのだ。田舎町にフォーカスしたが、「トスカーナですくすく育った、素朴印の雑貨たち。」というテーマでは、いまでも「欲しい!」と思うものがたくさん掲載されている。また、今号では担当ではないのに、取材の場に訪れてしまったテーマも......作家の江國香織氏の大ファンで、江國氏の妹さんと対談を行うとのこと、その場にうかがいました。映画『間宮兄弟』からの江國姉妹、です。
2006年6月20日号(06年6月5日発売) 320
いい男特集はいつも、もめる。

ひとことで「いい男」って言ったって、何が定義なんだ?と担当になると常に思う。女性が選ぶいい男なんて、個々の好みに走るので本当によくわからないし、部内でも揉める。表紙のジェームズ・ブラントな名曲「ユア・ビューティフル」が心に残っている人も。でも彼の顔は忘れちゃった人も多いのでは? むしろ、後にアカデミー賞まで取ったフロリアン・ゼレール(小説家・脚本家・映画監督)にこの頃から「いい男」としてアプローチしていたのはさすがかもしれない。2006年サッカーワールドカップの直前号で、イケメンアスリートを必死に探していた筆者。ここで紹介しているブラジル代表カカに25年10月のパリファッションウィークで、エルメスのショーで会い、一緒に写真まで撮ったのであった。ロイヤルプリンスの見開きも。英国ウィリアム王子がふさふさの時代だった。
2006年7月5日号(06年6月20日発売) 321
やってしまった編集者の「我」、エスノシックという言葉。

以前にも書いたが新造語を流行らせようとして失敗する。それがまさに「エスノシック」。90年代にはやったエスニックとはちょっと違うクールな面持ちの演出なのだが、多分伝わらなかったと思う、この言葉では。でも掲載されている写真やアイテムたちは、日本の住宅にもなじむバランスのいいものばかり。ジュエリー特集では、スーパー高額なハイジュエリーたちで猫の顔に形成して紹介していたり、自由なムード! そしてマダムフィガロ本国版からのリフトと追加取材で実現したのが、故カール・ラガーフェルドが撮影したパリコレデザイナー34人のポートレート。素晴らしい。つい先日逝去したヴァレンティノ・ガラヴァーニや、アルベール・エルバスもいた。下半期占いを中森じゅあん先生が書いていて、時代を創っていた人々が不在になる切なさを痛感する。
2006年7月20日号(06年7月5日発売) 322
惚れたモードストーリーがたくさん。

ブリットスタイルはこの頃のほうが繰り返し流行っていたように思う。このシーズンの英国スタイルはスクールガール風含め取り入れやすいアイテムも多かった。60年代風もトレンドだったので、わかりやすさもあったと思う。表紙のコム デ ギャルソンのストーリーは在フランスのデュオクリエイターによるもの。日本とは異なる感性で演出されているところがおもしろい。そして、モーリーこと守本勝英氏のプラダのストーリーにノックアウトされた。纏う人の感受性を映したような写真。心の中の奥行を表現したようなファッション写真だな、と当時思った。綴じ込みでスコットランドの田舎町を扱ったが、エディター小山あきこ氏に取材を頼んだ。取材する人によって撮ってくる写真も異なる。人物がいきいきした写真をおさえてきてくれ、とてもアクティブな紀行ページに仕上がった。
2006年8月5日号(06年7月20日発売) 323
てんこ盛りの欲ばりな1冊。

巻頭特集はファッション。綴じ込みで旅。カルチャー特集でカンヌ映画祭。別冊付録でシューズ&バッグカタログ.........ファッションエディターだって風呂に入りたくない夜もある。はずだ、こんなにてんこ盛りで全力投球せねばならなかったんだから! 「強い女」としながらも、やはり表紙に選ぶモデルのムードは可愛くコケティッシュな雰囲気にしてしまうのがフィガロだった。靴バッグは400近い数を紹介。旅企画はヴァカンス上手なパリジェンヌに愛される島、イル・ド・レ。海、素朴なごはん、パニエ、あふれる花々が印象的な場所だ。コットンのサマードレスがよく似合う母娘におすすめアドレスを聞いた。カンヌ映画祭特集も現在の2倍のボリュームで紹介、羨ましい。ソフィア・コッポラの『マリー・アントワネット』が出品された年だった。
2006年8月20日号(06年8月5日発売) 324
いま、人気再燃。素朴さが残る国へ。

2020年代、再び人気急上昇の東南アジアのヴァカンス地ベトナム。市井の人々や暮らしを捉えた写真も美しくて、心地よい号だった。取材を担当した編集者の母上が、料理の先生だったせいか、ベトナム家庭料理のレシピを紹介するページもあったり。つまりこの号はアドレス紹介の先にある「暮らし」の説明が自然と入っている構成だった。綴じ込み付録のアジアの極楽ホテル特集では、エヴァーソン、マンダリン、アマン、フォーシーズンズと、名だたるホテルチェーンの新設ホテルが紹介されていて、それはそれは愉しい取材だったに違いない。
2006年9月5日号(06年8月20日発売) 325
煽るなあ......これがなくちゃとか計画とか。

現在分析すると、これを買わねば!という紹介の仕方はスタイルマガジンやモード誌からはなくなってしまった気がする。「私らしく」が2020年代の「トレンド」とも言えるかもしれないから。それでもおしゃれ好きは思うーーー昨年よりもちょっとだけスリーブのボリュームが異なる、スカートの丈が違う、装飾の仕方が半減された......など、ディテールへの関心はおしゃれ心の偏差値だ。ウワサのフレンチ特集ではカンテサンスを紹介している。岸田シェフの登場からもう20年が過ぎようとしているのだ。ほかにも、「可愛いが生まれる場所」特集では、リサ・ラーソンの自宅取材を現M+香港ディレクターの横山いくこ氏が在ストックホルム時代に、ナタリー・レテのアトリエも紹介され、フィガロ的な工芸の夢世界へトリップ。インタビューページでは、当時バレンシアガのアーティスティックディレクターだったニコラ・ジェスキエールの言葉が。当時大規模なバレンシアガ展がパリ装飾美術館で開催されていたのだ。
2006年9月20日号(06年9月5日発売) 326
20ページ以上の入稿は朝8時までかかる。

筆者にとって思い出深い号で、たとえ素晴らしい原稿をもらっても、整理して入稿まで遂げるには朝までかかることを痛感した巻頭特集だった。紹介されたどの家も素敵で、似ているようで各人のスタイルがあり、ユニークだった。計9人の自宅公開記事を一晩で入稿支度した! 綴じ込み付録にあるパリっぽいインテリアガイド@東京 も魅せる絵作りと、ショップ取材でも注力ポイントがクリアで、届けたいメッセージがストレートに伝わるように出来上がっていた。菊地愛氏と、村岡りえ氏、そしてスタイリストの作原文子氏の手腕によるところが本当に大きい。まるで「パリ」なのだ。付録のREAL STYLE別冊は、龍淵絵美氏の渾身の特集だ。おしゃれであろうとするには? 龍淵氏は当時自分自身の服も1週間分のコーディネートを週末にすべて組んでおく、と言っていた。また、美容テーマはいまもフィガロジャポンでインタビュー執筆をしてもらっている佐々木奈歩氏が編集部在籍中に作った名タイトルのテーマ「マイナス5歳の後ろ姿」。ボディアンチエイジングを奨励する企画だった。
2006年10月5日号(06年9月20日発売) 327
京都との、切っても切れない関係値。

ジャーナリストの村上香住子氏がフィガロジャポンのパリ支局長をしていた時代からずっと、フィガロ編集部には京都好きがいる。なので年に3回くらい企画会議にて「京都」が提案される。ただし、何回か手掛けてみて、その難しさが身に染みた。京都の奥深さ、何にフォーカスすべきなのか、そして新スポットができたからと言って騒ぐ対象になるようなことかどうか? こうした見地から安易には手だししないようにしている。今号はかなり京都関係でページを割くことができた。乙女心を持つ読者に刺さるテーマとは何かを、テンポよく紹介していくことに注力した。「かぐわしい作法に心ときめく」というキャッチは秀逸だと感じた。京都できものを設える道筋も紹介されていて、江戸粋とはまったく異なる「はんなり」の美学を伝えている。小川洋子氏と原作『薬指の標本』の監督ディアーヌ・ベルトランの対談も掲載。なんと映画のヒロインは後の『007/慰めの報酬』でボンドガールを演じるオルガ・キュリレンコだった! そして、S・コッポラの映画『マリー・アントワネット』短期連載も今号からスタート。
2006年10月20日号(06年10月5日発売) 328
実はすごく楽しみながら「大変」を堪能した。

トピックものってそうとう手間がかかってツライのだ。でも、この巻頭特集「絶対キレイになってやるトピック47」は大変でも楽しかった、ページをめくると。ビューティトレンドIN&OUTなんて意地悪極致のもの言いだがウィットに富んでいる。モデル撮影もブツ撮影も、原稿書きも確認も手間がかかってもヤル気が失せない特集だった。赤い口紅が本当に世の中で求められるようななってきた時代だ。表紙がエンポリオ アルマーニなせいか、綴じ込み付録は東京のおいしいイタリアン。この頃からなんとなく、働きながらもママに!な社会の気持ちが編集者たちにも及んできて、「おしゃれパリジェンヌがママになったら」という特集も組まれるようになった。
2006年11月5日号(06年10月20日発売) 329
最新映画からおしゃれ泥棒。

最高のキャッチだと思う。加えて、エスプリの宝庫、と書かれている。この年、『プラダを着た悪魔』が公開され、フィガロジャポンでもアン・ハサウェイをインタビューした。2026年にやっと「2」が公開されそうという。パトリシア・フィールドが衣装を担当していたが2はいかに? ほかの当時のおしゃれ映画は『イカとクジラ』『ファクトリー・ガール』『ブラック・ダリア』などにフォーカス。
2006年11月20日号(06年11月5日発売) 330
今度は特急列車で!

以前も書いたが、おしゃれスナップをどう表現して推していくか、毎回悩む。そして今回のタイトルは、「モデル&エディターのおしゃれエクスプレス」。とうとう特急列車に乗り込んで! トレンドにで遅れないようにしようではないか。つい先ごろまではイリナのバングに惹かれていた我々だが、もうアグネスのプラチナブロンドショートスタイル(表紙)に憧れている。とかく、トレンドは速いのだ。「いますぐマネしたい! これでおしゃリストの仲間入り」というキャッチにはにやりとしてしまう。チェックやパンテール柄の取り入れ方、シャツの重ね着など、実はけっこうお役立ちでもある。ジュエリー別冊は冬の妖精物語のようなファッションストーリーで絵本のようであった。
2006年12月5日号(06年11月20日発売) 331
東欧に憧れる。

他人の担当テーマが羨ましくて仕方ないこともある。そのなかのひとつがコレ。個人的にウィーンが大好きだし、プラハにはまだ訪れていない。独特の野暮ったさと重み、その中で培われた素朴な愛らしさの都市だと思う。石畳の街、骨董店、古い看板、重たい肉料理とビール。レトロな建築の中に不良っぽい若者たちがいてまるで映画の中に紛れ込んだよう。ケーキも甘そう。旅の取材に諸外国を訪れて、現地の人に話を聴いて文化や風習を理解し、それを原稿として出力する仕事の豊かさは、他の何にも代えがたい幸せだ。インタビュー連載アクチュアリテでは、作家のエイミー・ベンダーやカエターノ・ヴェローゾを紹介。う~む、恵まれている。ベストコスメ特集では「本当に売れた、美容プロの推薦」を紹介。ゲランのオーキデのクリーム、そしてブルガリのフレグランスは絶対性のある真実の名品だと思う。
2006年12月20日号(06年12月5日発売) 332
初めての特集に挑戦する喜び。

もしもいままで担当してきた特集で思い出深いのはどれですか?と問われたら、この本特集を挙げると思う。初めての巻頭トライだったが部数もけっこう伸びた。まわりから評価もされた。書物をこんなふうに美しく紹介してくれてうれしい、と作家の方からもコメントをいただいた。全体コンテを作成し、インタビュー対象を決める。パウロ・コエーリョやマイケル・カニンガムに会えるなんて感動以外の何物でもない。世の中にはこれだけ素晴らしい書物があり、読みたい本がたくさんある......その事実だけで生きていることがうれしくなる。書店の方々にも感謝。
2007年1月5日・20日号(06年12月20日発売) 333
南米はハードだ。

いつか行きたい遠い国......アルゼンチンはブエノスアイレス。アストール・ピアソラのバンドネオンに傾倒していた筆者にとっては、そして後にリオネル・メッシを敬愛する筆者にとっては、遠いけれども心は近い国かも? この特集の担当者は現在、別会社のモード誌の編集長をやっているが南米取材はそうとう苦労したと聞いた。カメラマンが機材の盗難に遭って再取材したり。でも、人々の生き生きとした姿や情熱が写されていて、奥深い内容だった。カフェも食堂も雑貨店も、ざわめきと刹那のある魅力的な空間だ。綴じ込み付録ではアルゼンチンのカルチャー紹介。フィガロジャポンは徹底している。また、この頃から、トレンド速報の記事が別冊付録になってボリューム増。徹底的なフィガロ、真骨頂である。
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