Culture 連載
きょうもシネマ日和
NYで暮らす男のセックスライフを描いた
孤高の衝撃作『SHAME』
きょうもシネマ日和
先日、2月27日(日本時間)には第84回アカデミー賞が発表され、ハリウッドを代表する監督・俳優ら、海外からも豪華な顔ぶれが揃った。その多くはアカデミーの前哨戦とも言われるゴールデン・グローブ賞にもノミネートされた方々だったのだが、そんな中、ある作品だけが話題になりながらも、どの賞にもかからなかった。
その映画のタイトルは、『SHAME』。NYで暮らす男のセックスライフが全編にわたって描かれるという異色作だが、世界中で既に20以上の賞を受賞、ヴェネチア国際映画際では男優賞を受賞、ゴールデン・グローブ賞では主演男優賞にノミネートされた話題作だ。本国アメリカでは、公開1週目の1館あたりの興行成績が10館という、同規模でスタートを切ったアカデミー賞作品賞受賞の『スラムドッグ$ミリオネア』を上回り、予想以上のヒットを飛ばしている。
それほど各界から評価&注目度の高い作品でありながら、いっさいのアカデミーノミネートがなかった。その理由には、あまりに過激なセックス描写ゆえに「17歳以下の鑑賞が全面的に禁止」というアメリカでもっとも厳しいNC-17のレイティングとなったことも大きく関係しているのでは?とも言われている。
日本でも、その過激さゆえに公開さえも危ぶまれた本作、いったいどんな内容なのか?
ブランドン役のマイケル・ファスベンダー。77年ドイツ生まれ、タランティーノ監督の『イングロリアス・バスターズ』『X-MEN:ファーストジェネレーション』などに出演。
■ストーリー
ニューヨークに暮らすビジネスマンのブランドン(マイケル・ファスベンダー)は、周りから見れば優雅な独身貴族。しかし、彼の実情はプライベートのすべてをセックスに費やすほどのセックス依存症に苛まれている。そんなある日、ブランドンのアパートにアイルランドでともに暮らしていた妹のシシー(キャリー・マリガン)が転がりこんでくる。恋愛依存症でリストカット癖のあるシシーとの共同生活によって、彼の精神状態の均衡が崩れ始め・・・。
"セックス依存症"とは、アルコール/ドラッグ依存症と並び現代社会が生んだ病だと言われている。調べてみると、"性的対象に依存している間は、脳内より快感物質が放出されるため、不安から一時的に逃れられるメカニズムにより起こる。幼児期や成人への成長過程で肉親からの愛情が得られなかったことに起因する場合が多い。(後略)"
本作でも、主人公のブランドンはセックス依存症となるに至った"過去の闇"を抱えている。仕事以外の時にはアダルトサイトを閲覧し、ビデオを集め、時にはプロの女性と、行きずりの女性とも・・・。
最初はやはり見ていてドキドキしてしまう。何だか覗き見しているような気がして気がひけたり(観客だけど・・・)、ブランドンの体の美しさに惚れ惚れもしたりする。
マイケル・ファズビアンダーはこの役を演じるにあたり、本や記事、中毒に苦しむ男性との会話を通じて理解を深めたという。
しかし、物語が進むにつれ、この寡黙な男がセックスで何かを埋めようとしていること、そうでもしなければ精神のバランスが保てないのだということが痛いほどにこちらに伝わってくる。すると、傍観者だったはずの自分がブランドンの体のどこか一部になったような気がして、彼が涙を流す度、辛そうな表情を浮かべる度に私の心までちぎれそうになってしまう。
そして、彼の体の奥深くに沈む心に触れてみたい、彼に何があり、今何を感じているのかを知りたいと思う。
歌手であるシシー役を演じるキャリー・マリガンの歌う「ニューヨーク・ニューヨーク」があまりにも切ない。
そんな彼の真実に触れられるのは、妹のシシーとのシーンの中だけだ。あらゆる感情を排しセックスに埋没するブランドンに対し、シシーはまる裸で愛を求め、自傷癖のある女性。相反する者の存在によって、彼がどのようになってしまうかは作品をご覧いただくとして、ただひたすらセックスしているだけなのに(というと誤解があるけれど・・・)観客は一時も彼の心の闇から離れられない。そんなセンシティブな役柄を演じきったマイケル・ファスベンダーの演技はすばらしかった。一方、心をまる裸にし、言葉通り体当たりで臨んだシシー役のキャリー・マリガンも強烈で、ふたりのコントラストが"映画"として非常に美しい。
本作を手がけたのは、スティーヴ・マックイーン監督。といっても、『荒野の七人』のマックイーンではなく(笑)、69年イギリス生まれ、彫刻家・写真家としても活躍し、全米マスコミから"アートの扇動者""恐れ知らずの映画作家"との呼び声高いアーティスト。来年には、ブラッド・ピット製作&主演の作品も控えている。
監督、脚本家ともにイギリス生まれだが、物語の舞台にNYを選んだ。「NYは素敵な都市だけれど、重荷を抱えた街でもあるし、重荷を下ろす場所でもあるわ」とコメントしている。 ©2011 New Amsterdam Film Limited, Channel Four Television
Corporation and The British Film Institute
主人公はセックス依存症の男・・・という女性の私からすれば、決して共感できないであろう人物が、最初は無機質に、徐々に生暖かさをもって私の心に流れ込んでくる。その生々しい感覚は、おそらく映画だからこそ、映画館の中だからこそ感じられるような気がする。ものすごく繊細で、それでいてヒリヒリした・・・。
NYで暮らし、地位も名誉もありながら、決して埋められない"何か"を抱える男の人生・・・その"何か"の答えは見る者の中にある。女性としては、一見足を運びづらい作品かも知れないが、私はたった独りででも観に行くことをおすすめしたい。
なぜなら、私が味わったこの感覚は今まで感じたことのなかったものだから。
●監督/スティーヴ・マックイーン
●出演/マイケル・ファスベンダー、キャリー・マリガン
●2011年、イギリス映画
●配給/ギャガ
●101分
3月10日(土)より、シネクイント(Tel. 03-3477-5905)ほかにて公開。