Culture 連載

きょうもシネマ日和

天才舞踏家ピナ・バウシュ、魂の息づかいが甦る
『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』

きょうもシネマ日和

120224mic_01.jpg


ピナ・バウシュは、私にとって"踊り"の概念をなし崩しにした舞踏家だ。小学生の頃からミュージカルが大好きだった私は、"踊り"とは人を楽しませるエンターテイメントで、時には失恋や悲しい気持ちも表すけれど、そんな気持ちも会場の皆とわかちあえる、そんな一体感を生んでくれるもの・・・だった。

しかし、彼女の舞台に立ち会った瞬間、そんな私のイメージはあっという間に崩された。皆と一体感どころか、彼女の踊りは私のパーソナルな部分にずんずんと入り込み、未だかつて味わった事のない衝撃と感動に襲われた。その日から私はピナに魅了され続けてきた。だから2009年に彼女が急逝した時には世界を照らす星がまたひとつ消えた・・・と本当に、本当に悲しかったのだった。


120224mic_02.jpg『フルムーン』より。演劇的手法を取り入れたピナ独自の舞台芸術は、演技とダンスの融合ともいわれ、彼女の表現する作品は「タンツ・テアター」と呼ばれる。

ピナ・バウシュはご存じの方も多いだろうが、優秀なバレエダンサーとして活躍した後、30代初めには芸術監督兼振付家としてドイツのヴッパタール舞踊団を率い、バレエと演劇を超えた作品を贈り続け世界中を熱狂させ、数多くのダンサーや芸術家に影響を与えてきた女性だ。

時にはステージに椅子と机が並ぶ。ある時にはダンサーは水でびしょぬれになる。ある時は泥にもまみれる。衣装もバレエのようなデコラティブな物ではなく、布きれ一枚の時もある。
一見、抽象的でわかりにくいダンス?と思われるかも知れないが、むしろ、ダンサーたちのシンプルな動きに、誰にも潜む悲しみ、怒り、畏れ、愛への喜び、慈しみが受け止めきれないほどのパワーで伝わり、観客本人すら気づいていなかった感情までも呼び起こさせる。

そんな彼女の、ヴッパタール舞踊団の踊りをヴィム・ヴェンダース監督によって3D映画化されたのが、『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』だ。


120224mic_03.jpg衣装には、1980年よりヴッパタール舞踏団の衣装デザインを手がけるマリオン・スィトー。また記録が残っていた過去の舞台映像では80年代に死去したピナ・バウシュのパートナー、ロルフ・ボルツィクの舞台デザインを見ることができる。

■ピナの死によってあやぶまれた映画化

そもそも本作は、生前の彼女と20年来の友人であるヴィム・ヴェンダース監督との間で進められていた。

その実現には何年もかかり、ようやく半年に及ぶ徹底的な準備を終え3Dのリハーサル撮影をわずか2日後に控えた時、信じられないことにピナが急死してしまう。
ヴェンダース監督は映画を断念したが、その後、映画化を望む世界中からの声と遺族の同意、そしてダンサーたちの強い要望に背中を押され、新たに映画を撮る決意をしたという。

本作では、ピナの代表作である『カフェ・ミュラー』『春の祭典』『フルムーン』『コンタクトホーフ』を新たに撮影するとともに、劇場から飛び出し、モノレールや工場などの現代建築、森や庭園などの自然の中でソロパフォーマンスを繰り広げるダンサーたちを撮り続けたのだ。もちろん、心配することなかれ、ピナもスクリーンにきちんと登場してくれる。


120224mic_04.jpgヴィム・ヴェンダース監督は、ダンサーたちとともにヴッパタールの町に飛び出して撮影を行った。

■3Dであることのすばらしさ

本作は、業界内でもすでに絶賛されており、海外ではベルリン、トロントなど、世界14もの映画祭で注目を集めた他、本年度〈アカデミー賞外国語映画賞ドイツ代表〉にも選出されている。

とりわけ、3Dで撮影されたことへの賞賛がつきない。ダンサーとダンサーとの距離、動き、陰影、彼らの動きにとって刻一刻とその質が変化してゆく空間・・・これらを映像で見るのと実際の舞台で体験するのでは、その差は雲泥の差と言ってもいい。

しかし、彼女らの舞台を3Dで表現することによってヴッパタール舞踊団の世界が立体化され、私たちの前にリアルに広がってゆく。しかも、時には間近でダンサーたちの息づかいを聞き、隆起した筋肉や流れる汗までも見ることができる。

すると不思議だ。時折、自分までもがダンサーのひとりになったような気がして、今まで遠い存在であった彼らに妙な親近感が湧いてくる。そして、そのひとりにピナがいる。あぁ、何て幸せなんだろう、私が生きてる世界にピナがいてくれる・・・そんな喜びすら心からわき上がってくるのだ。


120224mic_05.jpgヴッパタール舞踊団のダンサーたちが総出演。パフォーマンスを観せてくれるほか、ときに言葉で、ときに無言で、ピナについて語る。

こんな風に思わせてくれるのには、ヴェンダース監督の撮影・構成もまた大きい。随所に感じさせる作品へのリスペクトとピナ・バウシュへの愛。

ピナが急に逝ってしまって、勝手に取り残されてしまった気持ちの私だったが、こうして再びスクリーンで会えて、心からの拍手と感謝を送ることで、私なりに彼女をお見送りすることができたような気がした。

ピナ・バウシュが好きな方は必ずご覧になると思うので(笑)、彼女の事を知らない方へ。予告編を見て興味を持たれたら、ぜひ映画館へ。ピナ・バウシュの魂に触れる幸せを感じて頂けたら幸いです。


『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』
●監督・脚本・製作/ヴィム・ヴェンダース
●振付/ピナ・バウシュ
●出演/ヴッパタール舞踊団
●2010年、ドイツ=フランス=イギリス合作映画
●配給/ギャガ
●104分
http://pina.gaga.ne.jp
2月25日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町(Tel. 03-6259-8608)ほかにて公開。
4
Share:
Business with Attitude
コスチュームジュエリー
35th特設サイト
パリシティガイド
フィガロワインクラブ
BRAND SPECIAL
Ranking
Find More Stories

Magazine

FIGARO Japon

About Us

  • Twitter
  • instagram
  • facebook
  • LINE
  • Youtube
  • Pinterest
  • madameFIGARO
  • Newsweek
  • Pen
  • CONTENT STUDIO
  • 書籍
  • 大人の名古屋
  • CE MEDIA HOUSE

掲載商品の価格は、標準税率10%もしくは軽減税率8%の消費税を含んだ総額です。

COPYRIGHT SOCIETE DU FIGARO COPYRIGHT CE Media House Inc., Ltd. NO REPRODUCTION OR REPUBLICATION WITHOUT WRITTEN PERMISSION.