Culture 連載
きょうもシネマ日和
人生の豊かさを教えてくれる秋の映画2本『最終目的地』&『桃(タオ)さんの幸せ』
きょうもシネマ日和
名匠ジェイムズ・アイヴォリー監督最新作、『最終目的地』
この1、2週間で急に秋らしくなってきた。気候は如実に私の心にまで変化をもたらし、少しじっくりと色んな物事について考えてみたくなる。今後の人生や、周りの人たちとの人間関係etc..。そんな時、私を助けてくれるのは映画だ。様々な生き方が描かれた作品を見る事で、今の自分を客観視することが出来る。
今回は、現在公開中&今週末公開作品から、人生の豊かさについて教えてくれる珠玉の2本をご紹介したい。
◆◆名匠ジェイムズ・アイヴォリーによる『最終目的地』◆◆
まず最初は、『眺めのいい部屋』『ハワーズ・エンド』『日の名残』など、思い出すだけで美しいシーンの数々が目に浮かぶ名作の数々を世に生み出してきたジェームズ・アイヴォリー監督の最新作から。
舞台は南米ウルグアイだが、アルゼンチンで撮影されたのだそう。
◆ストーリー
アメリカの大学院生である青年オマーは(オマー・メトワリー)、南米ウルグアイの人里離れた邸宅で自ら命を絶った作家の大ファン。どうしても伝記を書きたいと思い、残された家族に許諾を得る為の手紙を送るがアッサリと断られてしまう。そこで、オマーは直談判しようと彼らが暮らすウルグアイへと。そこには、亡くなった作家の妻キャロライン(ローラ・リニー)、作家の愛人アーデン(シャルロット・ゲンズブール)と小さな娘、作家の兄アダム(アンソニー・ホプキンス)とそのパートナーの男性ピート(真田広之)が暮らしていた。平穏に暮らしていた彼らだったが、オマーが尋ねてきた事でそれぞれの人生に変化をもたらしていく・・・。
ブライドの高い未亡人の妻を演じたローラ・リニーの演技に絶賛の声が。彼女の上質でエレガントな衣装の着こなしにもぜひ注目を。
◆キャスト陣の見事なアンサンブル
本作は、アメリカの現代作家ピーター・キャメロンの同名小説がベースとなっており、現在84歳、現役最高峰とも言われる"アイヴォリー監督の集大成"と呼び声高い作品だ。
まず、一言で言うとしたら"エレガント!"さすがアイヴォリー監督、バラの花咲くイングリッシュガーデンで格調高い小説を一枚ずつ丁寧にめくっているような感覚に(え、大げさ?)。とはいえ、決して小難しくなんてない。
大いに楽しませてくれるのは、アンソニー・ホプキンズ、ローラ・リニー、シャルロット・ゲンズブール、真田広之、若手俳優オマー・メトワリーの見事なアンサンブル。それぞれの表情や台詞からはこれまでの彼らの人生が見え隠れし、アダム(アンソニー・ホプキンズ)とゲイのパートナーであるピート(真田広之)との関係や、オマー(オマー・メトワリー)とアーデン(シャルロット・ゲンズブール)の恋の行方には、最後まで目が離せない。そして、それぞれの様々な愛の形を見せてくれる。
ペドロ・アルモドバルの「トーク・トゥ・ハー」他、「海を飛ぶ夢」などを撮影したハビエル・アギーレサロベのカメラワーク、『モーター・サイクル・ダイアリーズ』でアカデミー賞主題歌賞を受賞したホルヘ・ドレクスレルの音楽が、アイヴォリーの世界をさらに際立たせている。
人間は誰しも確実に"最終地点"がやってくる。たとえそれが突然であっても、その場所を選んだのは自分自身。ならば、大いなる希望を持ってその地を選びたい。自らの目指す最終目的地に向かって歩んでいきたい。オマーがこの地に尋ねてからというもの、彼らは様々な人生の選択を始める。どんな"選び"かは本作のお楽しみとして、その選びからは、どんな人生も自分次第で新たに始めることが出来る、最終地点でない限り、それまでは全て始まりの場所なのだ、と本作からはそんなメッセージも聞こえてくる。
そんなメッセージを84歳の監督から頂けるなんて、全身で受け止めなくては。
監督:ジェームズ・アイヴォリー
キャスト:アンソニー・ホプキンズ、ローラ・リニー、シャルロット・ゲンズブール、真田広之、マー・メトワリー
シネマート新宿にてロードショー中
他全国順次ロードショー
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http://www.u-picc.com/saishu/
アジア各国で大ヒット『桃(タオ)さんのしあわせ』
◆◆『桃(タオ)さんのしあわせ』◆◆
次にご紹介したいのは、この春、中国、香港、台湾で公開されて以来、15億円以上の興行収入を上げ、異例の大ヒットとなった『桃(タオ)さんのしあわせ』。誰にでも訪れる"老い"の現実をやさしく温かく描いたことで、中高年世代のみならず若者の間でも愛されたという話題作だ。
「え、私の"老い"はまだ先だし、、」と思ったFIGARO読者のあなた、読むのをやめるのはちょっと早い。できればもう少し読み進めてからご判断を。
アンディ・ラウは製作もかねた本作をノーギャラで出演。新境地を開いている。桃(タオ)さん役のロジャー・イップはヴェネチア国際映画祭で最優秀主演女優賞のほか、様々な賞を受賞している。
◆ストーリー
映画プロデューサーとして日々忙しい毎日を送っているロジャー(アンディ・ラウ)の元で、メイドとして仕えている桃(タオ)さん(ディニー・イップ)が脳卒中で倒れてしまった。桃(タオ)さんは、ロジャーの家族に60年間仕えており、彼にとっては母親同然。彼は仕事の合間を縫って桃(タオ)さんの介護に奔走することになるが、その日から新たな2人の絆が結ばれ始める。
◆アン・ホイ監督の描く
本作を手がけたのは、今やアジアの女性監督の代表ともなった『女人、四十。』のアン・ホイ監督の最新作だ。なんとプロデューサーとして名を連ねているロジャー・リーの実体験を元にしているという。
ここでは、脳卒中で倒れてしまった桃さんが老人施設に入り、そこでの暮らしの様子とロジャーとの交流がシンプルに描かれている。こう書くと、地味だ。先に『最終目的地』をご紹介してしまっただけに地味さが際立つ・・・。が、しかし!その日々の営みに、生きることの可笑しさや、哀しさ、優しさやユーモアがたっぷりと詰め込まれ、それがあまりに滋味深くて、涙がじんわり、じんわり流れてしまう。
香港映画ファンには嬉しい!なんとカンフー・スターのサモ・ハン・キンポーと香港ニューウェーヴの匠ツイ・ハークが顔を出し、『インファナル・アフェア』などで知られる個性派スター、アンソニー・ウォンが"バッタ"役で出演している。
ロジャーが仕事で忙しいのを知った上で、迷惑をかけまいと気丈にふるまう桃さん、穏やかだけど芯が強くて、お料理が上手で、ロジャー家のことを何でも覚えている桃さん、ロジャーが訪問に来てくれるのが楽しみで、オシャレをしてそわそわしてしまう桃さん、そんな彼女の生き方を見ていると、"どう生きるかという事はどう死ぬかということだ"という、私が20歳の頃に出会った言葉を思い出す。
どんな死に方をしたいを考えた時、自ずとどう生きるかが見えてくるような気がする。桃さんとロジャーの関係は本当に美しくて、それは一朝一夕に出来たものではなく、日々の小さな積み重ねの結果。たとえ華やかな人生でなくたって、こんなかけがえのない関係性の中でこの世を去れたら、それはやっぱり"しあわせ"なのだと思う。
決して派手な作品ではないのだけれど、映画館を出た後の世界が何だか少し輝いて見えるような、とても素晴らしい作品だった。
監督:アン・ホイ
出演:ディニー・イップ、アンディ・ラウ、チン・ハイルー
配給:ツイン
2011年/中国・香港/119分
公式HP http://taosan.net/
10月13日(土)よりBunkamuraル・シネマほか全国順次公開
(c) Bona Entertainment Co. Ltd.,
以上、この秋、人生についての気づきを与えてくれそうな二作品をご紹介したが、ストーリーの巧みさはもちろんのこと、いずれもベテラン監督による演出が素晴らしく芸術の秋としても、その作品を堪能する事ができる。
ひとりでじっくり観るのも、大切な人と分かち合っても、どんなシチュエーションでもきっと心に深い味わいをもたらしてくれるはず。
(ちなみに両作品とも美味しそうなお料理だったりワインが登場...食欲の秋も満たされるかも?)