Culture 連載
きょうもシネマ日和
マーティン・スコセッシ監修、
あらゆる美しいシーンが現代に蘇った『赤い靴』
きょうもシネマ日和
先日、母から「バレエを始めようと思うんだけど、何かアドバイスある?」という、なかなかざっくりとした質問内容のメールがきた。
どうやら映画『ブラック・スワン』を観ての影響らしい。元々、母は社交ダンス歴が長いので、私はすぐにすすめた。
フランスでは90歳のご婦人でも優雅にバレエをされていたりするし、バレリーナのような特訓でもしない限り、そんなに体にも負担にならない。それどころか姿勢もよくなるし、しっかり汗もかける。さらには美しいピアノの音に合わせてレッスンするので、精神的にもよい影響が。(と言いつつ、私の場合はそのリズムについていくのが必死で決して優雅ではない)そして、何より"美"に対する意識が強くなると私は思う。
バレエは徹底的に美を追究する。文字通り指先、いや爪の先にまでこだわる。この"美"の領域に到達するまでのバレリーナたちの涙ぐましい努力と研鑽の結果が、観客を魅了する夢のようなすばらしい舞台を生む。
『赤い靴』は1948年に製作され、日本では2年後の50年に公開された。アンデルセンの童話を元に『赤い靴』を踊る若きバレリーナの愛と芸術への情熱との狭間で苦しむさまをドラマティックに描き、公開されると瞬く間に話題となった。
というのも、この頃(昭和25年)はまだテレビも各家庭にない時代、そんな時にブロンドに緑色の瞳、息を飲むほど美しいバレエシーンを大きなスクリーンで観ようものなら、私なら興奮しすぎて3日は眠れないだろう。
実際、世界のカラー映画にも驚きと興奮をもたらしたというが、それもそのはず。作品としてもすばらしいのだ。実際、イギリス映画が世界中に広まり、アメリカでも異例の大ヒット、NYの映画館では3年間のロングランだったという(長い!)、ヒロインがスターへの階段を上り、愛とバレエとの狭間で苦悩するドラマが進む一方、『赤い靴』の舞台シーンも描かれ、時にジャン・コクトーを彷彿させるような非常に芸術性の高い、イマジネーションに富んだシーンが挟み込まれていく。これらは当時のSF技術を駆使したということで、現在のCG技術を知る私たちにとっては、時になんだかちんちくりんな感じで微笑んでしまいそうになるのだが、そんな事を凌駕するほど『赤い靴』の世界に引き込まれてしまう魅力を持っている。(数多くの映画賞も受賞)
監督は、ヒッチコックとも交流が深かったイギリス人のマイケル・パウエル。マーティン・スコセッシやフランシス・フォード・コッポラ、ジョージ・A・ロメロといった映画監督が彼から多大な影響を受けたという。
そんな背景もあって、この度マーティン・スコセッシ監督の監修の元、2年間かかってデジタル・リマスター版として蘇った。09年にはカンヌ映画祭のオープニング作品としてスコセッシ監督の登場とともに上映された話題作でもある。
実際、修正前の映像がyoutubeにアップされていたので見てみたのだが、抜群に本作の方が美しい(当たり前・・・)。セピア色vsカラーと言っても過言ではない。なんて技術の革新とはすばらしいのだろう。これならいっそ3Dにしていただきたかった! ヒロインのモイラ・シアラーがスクリーンから飛び出して踊ってくれたら・・・なんて贅沢すぎますね。彼女は、当時のイギリスにおいてトップバレリーナのひとり。日本でも本作の大ヒットでクラシック・バレエ・ブームが誕生、街にはバレエ教室が乱立したのだとか。そして、バレエファンにはたまらない、ロバート・ヘルプマン、そしてニジンスキーの後継者と称されたレオニード・マシーンの英国バレエ界2大ダンサーが特別出演。バレエシーン全体をヘルプマンが振付し、靴屋のパートはマシーンが自ら振付して踊っている。
現代も『ブラック・スワン』でバレエが注目を集める中、『赤い靴』でますます盛り上がりそう。母にはオススメのバレエシューズをメールした。すると、既に購入した事、しかも吉田都さんのDVDまで買ったという報告メールが返ってきた。すっかりやる気であった。が、どこまで上を目指しているのだ・・・。
母はともかく、本作はバレエ映画としても、現代に蘇ったクラッシックの名作としても存分に楽しめることは間違いない。
●製作・脚本・監督/マイケル・パウエル・エメリック・プレスバーガー
●出演/モイラ・シアラー、アントン・ウォルブルック、マリウス・ゴーリング、
イワン・ボレスラフスキー:ロバート・ヘルプマン
●1948年、イギリス映画
●配給/デイライト、コミュニティシネマセンター
●7月2日(土) より、ユーロスペース(Tel. 03-3461-0211)ほかにて公開。
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