Culture 連載

Dance & Dancers

現代ダンスの試み──【その1】中村恩恵×首藤康之『小さな家』&『音の息吹き~伝統WA感動』

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芸術の秋。ダンス界も興味深い作品が目白押しで、紹介しきれずに困ってしまうくらい。その中から今月は、ダンスと言う枠にとどまらず、アートに関心のある方からも幅広く関心を持っていただけそうな公演をピックアップしてお伝えしたい。

【#1】『UNE PETITE MEISON~小さな家』

ダンス界のビッグスターであるふたりが手を携え作品を創り、踊る、という活動をはじめて4年目の、中村恩恵と首藤康之の新作である。両氏をよく知るイリ・キリアン氏の勧めをきっかけにスタートした試みだが、最初は互いに緊張して言いたいことをうまく伝えられなかったこともあったけれど、「互いにはっきり言い合えるようになりましたね」と首藤氏。しかし、そうした関係が成立するのは、互いの心に響き合うものがあったからだ。「私たちの場合は共有・共感できる価値観があるようです」と中村氏。互いに、人と人との関係が創りだす苦悩や喜びを含めた心理、突き詰めれば精神性に関心があった。「そうしたことを作品を通して形に表わそうとする過程で、互いの価値観にずれがあると難しいと思うのですが、これだけ回数を重ねてこられたのは生と死、もしくは愛、について互いに共通した認識を持っているからだと思います」(中村)。

■小さい、ということは我慢でも、貧しいのでも、ありません。

ふたりで作品を創っていて面白いと感じるのは、視点の違い、だと互いに言う。「同じ立体を見るのでも、どこから、どのポイントを見ているか、が違う。そうした違いがあるから、ひとりでは見えなかった、気づけなかったことが明るみに出てくるんですね」(首藤)。「私ひとりだったら手に負えなかったようなことが可能になるんです」(中村)。

ところでこの"小さな家"とは、20世紀を代表する建築家のひとり、ル・コルビュジエの有名な建築に触発された作品だという。コルビジェが、スイス・レマン湖畔に年老いた両親のために創ったわずか18坪、長方形のシンプルな家。そして自らも晩年は、南仏の小さな休暇小屋で過ごした彼が見つめた"本質的な豊かさ"とは何か──。漠然と、ではあるが以前から建築には興味があった、という首藤氏は言う。「考えてみたら、バレエも建築も垂直、その精密さを追及する創作です。しかも、表現として全く異なる形態ではありますが、どちらも空間に対するアプローチなんですね。その世界で彼は、"調和とは果たして何か"ということを問いかけるんです。数学的な建築という手法を用いながらコルビュジエは精神的に深い所に触れている感じがします」(首藤)。「震災後、誰もが、生き方とか、エネルギーのあり方、私たちの生きる社会について考えるようになりました。同じことがコルビュジエの生きた時代、特に第二次世界大戦後の晩年にもあったと思うのです。そうした時代でものを創りつづけた人たちから私たちは今、根本的に大切なことを学び取りたいですね。小さい、ということは我慢することでも貧しいことでもないのです。余分なものをそぎ落として、最終的に行きついたところに、無限の豊かさがあるのかも知れません」(中村)。

urano130926main01.jpg写真:鹿摩隆司

■人間同士が調和して生きる、とはどういうことか。

「肉体もそうですよね。大きさを出すために小さくキューっと集める。反対に小さく集めるからこそぐーっと伸びていくことができる」(首藤)。「常に逆方向の力が働く、オポジションの中で身体性を展開しているのがバレエなんです」(中村)。この作品にはストーリーがあり、そこでは協力、対立、すれ違いなど、ふたりの人間の間に生じる複雑な感情のやり取りが描かれる。小さくて無限大、無限大にしてミニマム、そんな空間の中で繰り広げられるドラマはまさに、建築と身体と心、3つの関係が働くオポジションなのかも知れない。「複数の人間がひとつの空間を共有するということは、さまざまな不協和音を生むと思うのです。ある側面では自分を犠牲にしても、他の部分では自分を押し通すこともある。常にふたりが完璧に調和することはない」(中村)。

「果たして、調和とは何か。答えは見つからないかも知れませんが、問いかけることにも価値があると思う」(首藤)。「コルビュジエは、どうすれば人間は苦しみを軽くし、生きる喜びを追及できるのだろう、といったことをコツコツ考えています。その過程では、"どんな"苦しみがあるのか、ということにも目を向けなければならないと思います」(中村)。

舞台では、コルビュジエの建築を意識し、サイズもほぼ忠実に再現したセットを使うという。その中で繰り広げられるダンスは、簡単にストーリーを説明できるようなものにはきっとならないであろう。しかし、すぐには答えが見つからないような問いかけに出会うことで、私たちは自分の無意識の中に眠っていたその問題を取り出し、眺め、新たな思考の海へ向かうことができるのだ。

urano130926main02.jpg写真:鹿摩隆司

urano130926main03.jpg●中村恩恵(なかむらめぐみ)
第17回ローザンヌ国際バレエコンクールにてプロフェッショナル賞を受賞後渡欧、フランス、モンテカルロのバレエ団を経て1991~99年、イリ・キリアン率いるネザーランド・ダンス・シアターⅠで活躍。2000年よりフリーで活動し、07年より活動拠点を日本に移す。受賞歴は国内外、多数。

●首藤康之(しゅとうやすゆき)
15歳で東京バレエ団に入団。古典バレエの王子役からベジャール、ノイマイヤー、キリアン、マシューボーンなど現代振付家の作品まで幅広く踊りこなす。近年では小野寺修二作品にも積極的に参加、演劇的ダンスで新たな境地を開いている。

■『小さな家 UNE PETITE MAISON』
日程:10月4日(金)19時~、5日(土)15時~
会場:新国立劇場 中劇場
料金:S ¥6,300、A ¥5,200、B ¥4,200、C ¥3,150、Z ¥1,500
www.nntt.jac.go.jp/dance

※尚、2011年に創作・発表し大好評を得たふたりの共演『Shakespeare THE SONNETS』も同時期に上演されます。日程は下記のとおりです(料金、会場は上記に同じ)。
■『Shakespeare THE SONNETS』
日程:10月9日(水)19時~、10日(木)19時~

【#2】『音の息吹き~伝統WA感動』

浪曲×アニメ、伝統芸能×ストリートダンス、など他ジャンルとのコラボレーションを通した和の伝統芸能の魅力を再発見、及び東京の文化をさまざまな角度からエネルギッシュにしようという、「東京文化発信プロジェクト」の活動も今年で6年目を迎えた。

今回も都内いろいろな場所でさまざまな公演、ワークショップなどが開催されるがその中のひとつ『音の息吹き』のリーフレットを見ていて、私は、うわっ!!とのけぞった。

雅楽・能楽、そして約50人の奏者による尺八の大合奏などから成る一部、そして二部はコンテンポラリーダンスと和楽器のコラボレーションという構成なのだがその作品のひとつ「幽寂の舞」のダンサー名に、平山素子、加賀谷香、両氏の名前が並んでいたからである! ついにこのときが来た。

■"踊りを開拓しながら、自分の表現を探り当ててきた"ふたり、平山素子&加賀谷香の共演。

ちなみにもう一作品はコンテンポラリーダンサー・森山開次氏が笛・藤舎名生氏との競演によるソロパフォーマンスを繰り広げる予定である。「森山さんがソロと聞き、私の作品は数人で、と考えていました。しかし日を追うごとに"フツフツと"加賀谷さんの名前が私の中で大きくなってきて......」と振付を担当する平山氏がインタビューに応えてくれた。

平山氏と加賀谷氏は同世代のダンサーで、数々の受賞歴を持ちながら振付家、そしてダンス講師としても絶大な人気を誇る点は同じである。しかし、クラシックバレエを原点にしつつ独特の強さと求心力を持つ平山氏と、モダンダンスのテクニックを取り入れつつ情緒的な独自のムーブメントを繰り広げる加賀谷氏とでは、身体性も表現も、全く異なる。「けれども、新しい時代のダンスを開拓しながら、自分の表現を探り当ててきたという点では同じ。加賀谷さんの活躍には私も励まされてきましたから、いつか共演できるチャンスがあったらいいなと、狙っていました」。この公演のオファーを受け、新実徳英氏の作曲による『幽寂の舞』を聴いた時に、あっ、これは加賀谷香かも!と思ったのだろう。「互いに持っているスキルは違うのですが、身を削るようにして作品を創りだしてきたという点では同じ。簡単には乗り越えられない壁をいくつも乗り越えてきて今がある、というふたりだと思う。そんな加賀谷さんと一緒に、もうひとつ大きな山を越えてみたくなりました」。

urano130926main04.jpg

■生命を生み出すために身を削る覚悟、それは創作そして女に通じるテーマ。

尺八・胡弓・三絃・筝・十七弦、の奏者と共に舞台に立つ今回は、生演奏ならではの音の膨らみと、タイトルにもある"息吹き"をキーワードに、振付に臨んでいる。「生きること、肉体を持って生きていくことの苦悩、それを乗り越えて真理に向かおうとする、命に向かい合う普遍的な姿勢。大きくは、そうしたことをテーマにしています。振付の中で私たちは、近づいたり離れたりを繰り返しますが、それはひとつの細胞膜から分子が放たれる、そんな瞬間でもあります。何かを生み出すための身を削る覚悟、それが女性ならではの強さであり、生き"様"に通じるものを疾走感の中で表現できたら、と思っています」。同時に"幽寂"という言葉から喚起される日本的文化のエッセンスも部分的に織り交ぜているそう。「卑弥呼、妖怪、易者、かっぱ、かまいたち、etc......。日本人の意識の奥深くにある、不思議な感覚を呼び覚ましてもらえたら、嬉しい」。

リハーサルでは、謎の巨大な物体がふたりの背景で膨らんだり、はためいたり、を繰り返していた。「公演のコンセプトである"息吹き"を意識した美術です。現代的な素材でありながら、空間に落とす影のゆらぎや、ゆっくりと膨れ上がり、吹き上がることでイメージが広がり、身体が、生命が輝きだす、夢か現か......といった情景につなげることが出来れば」。リハーサルでは、謎の巨大ビニール袋がふたりの背景で膨らんだり、はためいたり、を繰り返していた。「息吹き、その吹き上がるイメージを表現します。同時にビニールという素材が空間に落とす影のゆらぎ、ビニールの向こうとこちら側という対比の中で、ゆっくりと生命が膨れ上がり、吹き上がる、身体が、生命が輝きだす瞬間にリンクさせたいですね」。アートとしての面白さも狙っているが、東京文化会館大ホールという広い空間に溶け込むという意図もあるそう。

urano130926main05.jpg新国立劇場『Trip Triptych』より。写真:池上直哉

■邦楽の中の"コンテンポラリー"。

楽譜、というと五線譜を思い浮かべるが、通常、邦楽の古典曲の楽譜は五線では表わされない。しかしこの『幽寂の舞』は現代曲であり、五線譜で作曲されているのだそうだ。「1986年に作曲されていますから伝統、とはいえかなりコンテンポラリーです」。平山氏自身、このごろ、伝統から新たなものを発見する機会が多いとも言う。「実際に創られた時期は古いのかも知れませんが、その中に創作のヒントが隠れていることが多々あります。また、私の踊りのスタイルは現代的な感覚を織り交ぜたものですが、どこか"日本人の精神"なんです。伝統的なものに触れるとその中にモノづくりのルーツが隠れていることに気づかされます。経験を積んだせいもあるかもしれませんが、考え方、日常の小さな出来事にそう感じる機会も増えました。やはり日本人であることは私の創造の感性に大きく影響しているのだと思います」。

可能であれば再演のチャンスに恵まれるような作品に、と平山氏は意欲的だ。「踊ることの原点、本質的なものに、この作品を通して回帰しているところです」。

urano130926main06.jpg『パレードの馬』より。写真:大洞博靖

●平山素子(ひらやまもとこ)
コンテンポラリーダンサー、振付家。5歳よりクラシックバレエをはじめ、筑波大学でモダンダンスに出会う。卒業後H.アール・カオスに参加。2001年ベルギーに留学し帰国後フリーで活動を開始。自身の作品を多数発表しながら、異ジャンルのアーティストとのコラボレーションにも積極的に取り組む。朝日舞台芸術賞をはじめ受賞歴多数。筑波大学体育系准教授。

■東京発・伝統WA感動『音の息吹き』
日程:10月5日(土)18時30分~
会場:東京文化会館 大ホール
料金:一般 ¥4,000、学生 ¥2,000
問い合わせ先:東京発・伝統WA感動実行委員会事務局 Tel.03-3467-5421(平日10時~18時)
www.dento-wa.jp

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