Culture 連載

Dance & Dancers

美しさの土台は意思を貫く強さ。アメリカン・バレエ・シアター来日公演で主演する、加治屋百合子さんにインタビュー。

Dance & Dancers

初めて彼女の踊りを見たのは6年くらい前のことだっただろうか。N.Y.のメトロポリタン歌劇場でアメリカン・バレエ・シアター(以下ABT)の公演を鑑賞した時だったと思う。華奢で可憐な姿が、いかにも日本人バレリーナ、という印象で、表現も主張も強い"多国籍"ダンサー軍団のなかに在るとひたすら初々しく見えたものだった。

3年前の同バレエ団来日公演の時には、ソリストとして舞台で活躍、正確なポジションと高いテクニック、軽々とした動きでダンサーとしてのレベルの高さを印象付けてくれた。そしてこの夏、東京・青山で開催された『ローザンヌ・ガラ』で踊ってくれた『ジゼル』2幕のパ・ド・ドゥには、今までにない彼女を感じ、思わず落涙してしまった......。

■加治屋百合子をスケールアップさせた『ジゼル』

ジゼル2幕は、恋人(アルブレヒト)に裏切られて精霊になったジゼルが、精霊の女王らによって殺されようとしているその彼を、夜を徹して守り抜く、という場面である。1幕ではジゼルとの恋人ごっこを楽しむアルブレヒトを純粋に信じ、恋のときめきに一喜一憂するウブな村娘を演じ、転じて2幕では1幕で見せた恋する女性の生き生きとした表情を一切脱ぎ捨て、ただ魂のままの存在となる......。ひとりのプリマバレリーナがこの相反する性質をひとりの女性という設定の中で演じ分けるのであるが、この世とあの世ふたつの世界からひとりの女性を演じるからこそ面白いし感動もさせられるのである。

2013年『ローザンヌ・ガラ』の加治屋百合子のジゼルの透明感、包み込むような愛の表現は、何にたとえたらよいだろう。全幕として上演されれば"裏切られたジゼルが、愛するがゆえにただひたすらにアルブレヒトをかばう"という物語の流れを通してその健気な姿に感動もする。だが、1場面の抜粋にすぎないガラで、その清らかな風の中を移動するようなステップ、包み込むような腕の使い方から私は、ジゼルの純粋な愛の姿に触れた思いがし、ジーーンとしてしまったのだ。

urano131217main01.jpg「オネーギン」より。photo: GENE SCHIAVONE

■ABTで13年の時間を積み重ねた経験が、輝きを放ち始める。

「この役は、2011年のABTのツアーで初めて踊り、私のターニングポイントとも言える作品です。具体的にどんなことをしたから、とか、心理的にこんなことがあった、ということはないのですが、『ジゼル』のリハーサルに入る前の自分、そしてツアーを終えた後の自分を比べると、まったく違う自分がそこにいました」。加治屋は当時をそう振り返る。

「バレエはステップやテクニックだけで表現できるものではありません。それは頭ではわかっているつもりでしたが、年齢を重ねたことで作品への理解を深められるようになり、ストーリーの持つ世界観を、指先から身体で表現できる......表現者としての悦びを感じられるようになってきたように思います」(加治屋)。

上海のバレエ学校からローザンヌ国際バレエコンクールに挑みローザンヌ賞を受賞し、カナダ国立バレエ学校へ。2001年にABTのスタジオカンパニーに入団し、翌年にはバレエ団の正式団員となる。2007年にはソリストに昇進するが、それは決して順風満帆な道のりではなかった。

■簡単にやめてしまうことは、自分に負けること。

バレエを始めたのは8歳の時。しかし、以前から踊ることには興味があった。「幼稚園の時、全国大会に出るような大きな鼓笛隊に参加していました。その中にダンスチームがあって、もとはと言えばそれがやりたくて鼓笛隊に入ったのですが、指揮者に選ばれてしまってダンスチームには参加できなかったんです」。小学生になると、ひとりっ子だったせいもあってか、他にもいろんな習い事を経験する機会に恵まれた。そのうちのひとつがたまたまバレエだったのだという。特にバレエが好き、というわけではなかった。

「10歳の時、父が上海に転勤するのについていき、そこで全寮制の舞踊学校に入りました。特にバレエが好きというわけで入ったわけではなかったんですが、"いったん始めたことは途中で放り出してはいけない"という強い想いがありました。ですから数カ月して日本に帰ろう、というタイミングが来た時ひとり、上海に残る、と言いました」。寮に迎えにきたお母さまに、帰りたくないと気持ちをぶつけたのだ。始めたことを簡単にやめてしまうのは自分に負けてしまうことだ、と、この時強く思ったのだそうである。「その日は中国の独立記念日で、母は華やかに鳴り響く花火の中を寂しく帰路に就いたそうです......。しかしその時、両親が私の気持ちを優先して決断してくれたからこそ、今の私に繋がっているのだと思います」。

■中国人になりたい!!と思った、上海バレエ学校時代。

そんなにしてまで残った上海での生活はしかし、甘いものではなかった。「寮の部屋にあるのはベッドと小さなテーブルだけ。テレビもラジオもありません。シャンプーをしていると温水が止まり水しか出なくなるシャワーや、洗濯機もなく洗濯物は洗濯板を使って手洗い。暖房は気温が零度以下にならないと入れてもらえないので、冬には室内でもコートを着て過ごしたり。でも稽古場では、クラスが始まる前にウォーミングアップをし、レオタード一枚でレッスンを受けました」。しかし、そうした過酷な環境よりももっとつらかったのが、「厳しく指導してもらえないことでした」。

どういうことかと言うと、上海バレエ学校は国営の学校。ということは、教師たちは"ひとりでも多くの優秀な中国人ダンサー"を養成することを義務として課せられているのである。「外国人の生徒に構っている時間なんてなかったのだと思います。だから、他の生徒には厳しく指導しても私のことはほったらかしで、ほとんど見てもらうことはできませんでした。ですから当時は、ダンサーになりたい、というよりは少しでも先生に見てほしくて"中国人になりたい!"と思っていました」。

その上海バレエ学校から臨んだローザンヌ国際バレエコンクールでの受賞を機に、カナダ国立バレエ学校に入学する。「こちらはリラックスしすぎている環境だったので焦りを感じました。もっともっと、と生徒のお尻を叩くことがなくて、クラスの内容にもチャレンジポイントを見い出せず......」。焦った加治屋は、電子辞書を片手に校長室で直談判。「もっと練習したいし、今のままではレベルダウンしてしまうのではないかと焦っています、と必死で伝えました」。単純な年齢別のクラス分けは、加治屋にとってレベルが低すぎることに教師らも気づき、すぐに最上級、卒業年齢のクラスへの編入が許された。

urano131217main02.jpg「ロミオとジュリエット」より。photo: HIDEMI SETO

■世界一忙しいバレエ団のソリストとして。

このカナダの学校生活で加治屋は、アメリカン・バレエ・シアター(ABT)のことを知るようになる。「生徒たちの憧れのカンパニーと言えば、ABTでした。ちょうど『センター・ステージ』というバレエ映画が話題になっていて、そこに主演していたのがABTのイーサン・スティーフルだったこともありました。みんなで集まってはABTのDVDを観て、どんどん憧れを募らせていきましたね」。オーディションを受けて合格した時の喜びは、今も忘れられない。しかし、すぐに役がもらえたわけではなく、ソリスト昇進までには6年の時間を要することになる。「入団した当時は17歳。まだまだ子供でしたね。とにかく地道に日常を積み重ねることで、少しは大人になったな、と感じられるようになったのは最近のことです。ようやく、ダンサーとして次へ向かうステップが整ったのかな、と」。

現在、ソリストとしてABTの舞台で主演を務める機会が増えた。ただし、ABTは世界5大バレエカンパニーに数えられながらもホーム(=劇場)を持たない、ツアーカンパニーなのだ。「ですからシーズン中は、リハーサルと移動と本番で大忙し。移動した翌日が本番、なんてことはしょっちゅうですし、リハーサルの期間も十分に取れるわけではないうえに、次々と違う作品を踊らねばならないので本当に休む暇がありません」。リハーサルでは朝の10時から夜7時まで踊ることもあるという。ソリストともなると、さまざまな作品の主要な役にキャスティングされるため、作品から作品へと渡り歩くと休憩時間わずか15分、なんてことも!! 「"パワーナップ(power nap)"と言って、5分・10分・15分、というわずかな時間を眠ってリフレッシュする技も身に付けました(笑)。そしてバッグにはいつもバナナとチョコレート!!」。

■来春、いよいよ日本公演で主演!!

ほぼ3年おきに来日するABT。ちょうど来年、2014年2月がそのタイミングに当たる。世界中から個性豊かなダンサーが集まるスター軍団が繰り広げる、エネルギッシュで華やかなステージは毎回、客席を熱狂の渦に巻き込むが、今回は『くるみ割り人形』の舞台で加治屋百合子が主演する。つまり熱狂の渦を創りだす中心的存在として、私たちの前で表現してくれるのだ。しかも、同バレエ団が上演するのは現代振付家、アレクセイ・ラトマンスキー版。「ラトマンスキーの演出はユーモアたっぷり。雪をイメージした演出も美しく、ユニークな演出が随所にちりばめられています。クララのバリエーションでは"えっ!?"ていう、かわいい場面も......。皆さんのお楽しみのために、あえて種明かしはしませんよ」とのこと。

urano131217main003.jpg●加治屋百合子/かじやゆりこ
愛知県生まれ。8歳よりバレエを始める。10歳で上海舞踊学校に入学し首席で卒業。2000年、ローザンヌ国際バレエコンクールでローザンヌ賞を受賞し、カナダ国立バレエ学校に入学。2001年、アメリカン・バレエ・シアター・スタジオカンパニーに入団。翌年、正団員に。2007年ソリストに昇格。photo:TAMAKI YOSHIDA

■アメリカン・バレエ・シアター 2014年来日公演
日程:2014年2月20日(木)~3月1日(土)
問い合わせ先:ジャパン・アーツぴあ Tel.03-5774-3040(10時~18時)
www.japanarts.co.jp

●『くるみ割り人形』
日程:2月20日(木)19時~、21日(金)13時~/19時~、22日(土)13時~
※加治屋さんは22日に主演。
会場:Bunkamuraオーチャードホール
料金:S ¥20,000、A ¥17,000、B ¥14,000、C ¥11,000、D ¥8,000、E ¥5,000
●『オール・スター・ガラ』
日程:<Aプロ>2月25日(火)18時30分~、<Bプロ>26日(水)18時30分~
※加治屋さんはAプロに参加。
会場:Bunkamuraオーチャードホール
料金:S ¥22,000、A ¥19,000、B ¥16,000、C ¥13,000、D ¥10,000、E ¥7,000
●『マノン』
日程:2月27日(木)18時30分~、28日(金)13時~/18時30分~、28日(金)18時30分~、3月1日(土)13時~
会場:Bunkamuraオーチャードホール
料金:S ¥22,000、A ¥19,000、B ¥16,000、C ¥13,000、D ¥10,000、E ¥7,000

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