美しい服の理由。 ジャケットに込められた、サンローランの物語。
Fashion 2021.11.11
一着の服によってもたらされる高揚感や喜びは、何ものにも代えがたい。その服に込められた力は、いったいどこから来るのだろう。クリエイションの原点やメゾンのアティチュード、ものづくりの哲学など、私たちが愛してやまないファッションの物語を紐解いてみよう。今回は、サンローランの話。
SAINT LAURENT
[ ジャケットとアティチュード ]
サンローランのブルジョアコードを再解釈した今シーズン。煌びやかなメタリックのボディスーツに合わせた色鮮やかなツイードジャケットは、1960年代からのインスピレーション。1966年にムッシュが発表したタキシードジャケットは、あらゆる年代において、常に私たち女性をエンパワメントしてきた一着だ。ジャケット¥396,000、ボディスーツ¥115,500(予定価格)、スカート¥170,500、イヤリング¥214,500(予定価格)、チョーカー¥214,500(予定価格)、チェーンベルト¥126,500(予定価格)、ストッキング¥30,800(予定価格)/以上サンローラン バイ アンソニー・ヴァカレロ(サンローラン クライアントサービス)
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「ル・スモーキング」革命
シンプルで動きやすいテーラードジャケットはかつて男性用のアイテムだった。女性が着始めたのは19世紀終わり頃。仕事を持ち、レジャーに勤しむなど、家庭の外に出るようになったからこそ取り入れられたのだが、まだコルセットを着けたままの体形を見せる窮屈な服に過ぎなかった。
1920〜30年代になると、メンズのテーラードスーツを着て「男装の麗人」と言われた女優マレーネ・ディートリッヒなどが出てくる。あくまで「個性的な」装いで、世間に浸透することはなかったが、その姿を捉えた写真を興味深く眺めていた人物がいた。ムッシュ イヴ・サンローランだ。そして彼は66年、オートクチュールのコレクションで「LE SMOKING(ル・スモーキング)」を発表する。男性の正装、タキシードの素材やディテールはそのままに、女性の身体に美しくフィットするパンツスーツを生み出したのだ。
1966年、ロンドンのストリートをイヴ・サンローランのパンツスーツ「ル・スモーキング」で歩くフレンチポップのアイコン、フランソワーズ・アルディ。
顧客たちは表舞台でなじみのないルックに冷たい反応だったというが、当時はウーマンリブが盛り上がり、大量消費社会を迎えて世界的に既製服が普及し始めた頃。イヴも「金持ちのための服は十分作ってきた。サンローラン・ウーマンはどこにでもいる」と、ユースカルチャーの拠点だったパリ・セーヌ川左岸にクチュリエとして初めてプレタポルテのショップ「イヴ・サンローラン リヴ・ゴーシュ」をオープン。やがてファッションアイコンや若者たちの支持を得るようになり、ジャケットはいまでもコレクション内で必ず5〜10型は登場するほど、メゾンを象徴するアイテムとなった。
1966年に発表されたイヴ・サンローランの「ル・スモーキング」(写真中央)は女性の身体に心地よくフィットするパンツスーツ。見慣れない装いに、フォーマルな場では嘲笑されることもあったというが、フランソワーズ・アルディ(左)やメゾンのミューズである女優カトリーヌ・ドヌーヴ(右)といったファッションアイコンや先進的な若者たちにおおいに支持された。
イヴは、女性が男性の服を「拝借して着る」のではなく、「快適に着る」ことを可能にした。それから半世紀以上が経ち、私たちはジャケットがそもそも男性のものだったことを忘れかけている。パワフルな男性に憧れ、同等に見られたいと望み、いまや男性/女性のカテゴライズ自体に疑問を投げかけるまでになった。ファッションがようやく「男性」の呪縛から解かれようとしているのだ。それは、「男性目線」から自由になることでもある。苦しい思いをしてまで男性を喜ばせるために曲線美を作らなければならない時代から、自分をどう見せたいのか選択できるようになった。「フェミニン」でいくか、「マスキュリン」なのか、それ以外のイメージなのか。毎日当たり前のように悩めるのは、イヴ・サンローランが革命を起こしてくれたおかげなのである。
サンローラン クライアントサービス 0120-95-2746(フリーダイヤル)
*「フィガロジャポン」2021年10月号より抜粋
photography: Mitsuo Okamoto styling: Tamao Iida hair: Yusuke Morioka (Eight Peace) makeup: Nobuko Maekawa (Perle Management) text: Itoi Kuriyama