女性を自由へと導いた、ガブリエル・シャネルのクリエイション。

Fashion 2022.07.31

モード界に、そして世界中の女性たちの装いに強い影響を与えた女性デザイナー、ガブリエル・シャネル。今回、実に32年ぶりとなる回顧展で、あらためてそのクリエイションの魅力に迫る。

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メゾンのコードをなぞったシンプルでシックな空間に、ガブリエル・シャネルが手がけたドレスやスーツなど貴重な作品が勢揃い。時代が流れても、彼女の揺るがない哲学が読み取れる。

20世紀における最も影響力のあるデザイナーのひとり、ガブリエル・シャネル。自身も女性であるシャネルがどのような哲学を、そしてビジョンを持って服づくりに対峙したのか、それを紐解く回顧展が、三菱一号館美術館で開催されている。この回顧展は、2020年にパリのガリエラ宮パリ市立モード美術館で開かれ好評を博した、『Gabrielle Chanel. Manifeste de mode』展を日本向けに再編成した内容で、見ごたえも十分。会場の内装もメゾンのコードを意識し、シンプルでシックな空間に仕上がっている。そこに並ぶのは、ガブリエル・シャネルが手がけたオートクチュールのドレスやスーツ、アイコニックなバッグやシューズ、ジュエリーに加え、伝説の香水「シャネル °N5」など、シャネルのものづくりへの姿勢を雄弁に語る138点もの貴重なアーカイブピースたち。今回、この展覧会の準備のために来日したガリエラ宮パリ市立モード美術館のコレクション部長、ヴェロニク・ベロワールにもインタビューを行い、シャネルが実際に残した作品を通して浮かび上がるものづくりへの一貫したポリシーとは、そして、モード史に与えた多大なる影響とは何なのかをじっくりと掘り下げた。

chanel-ex-00-220727.jpg孤児院での幼少期、タフな人生を歩んだ獅子座の女、ガブリエル・シャネルは、その自由な発想力とそれを現実にする力強さで女性たちを解放し、モード界でも数々の革命を起こした。

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「実はパリでもガブリエル・シャネルの作品だけに特化した展覧会はこれが初めてでした。私はキュレーターとしてこの展覧会に携わり、ガブリエル・シャネルがファッション史において特異な立ち位置を占め、当時のオートクチュール業界に一石を投じ、さらにフランスのエレガンスへの考え方そのものに強い影響を与えたことについて検証したかったのです」

そうベロワールが語るように、ガブリエル・シャネルはそれまでコルセットで締め付けられていた女性たちの身体を解放し、着心地がいいのに美しくエレガントな動きやすい服を提供した類いまれなデザイナーだ。現代では当然の価値観として根付いている、着心地がよくてラグジュアリーな服の存在は、シャネルが生み出したと言っても過言ではない。

日常着としてのドレス。

chanel-ex-02-220727.jpgデイ・ドレス 1930-35 年頃 パリ、パトリモアンヌ・シャネル

ブラックにピンクの花モチーフが映えるドレスは、軽やかさがシャネルらしい。アシメトリーなデザイン、計算されたカッティング、そして繊細なシルクモスリンを巧みに操り、流れるように美しいシルエットが完成している。

chanel-ex-03-220727.jpgデイ・ドレス 1930-35 年頃 パリ、パトリモアンヌ・シャネル

このシルクモスリンのドレスは花のプリント部分を生地から切り抜き、ドレスの花柄の部分に縫い付けるという手の込んだ作業が施されている。それにより、花のモチーフに自然な立体感が生まれる。

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リトル・ブラック・ドレスの真骨頂。

chanel-ex-04-220727.jpgイヴニング・ドレス 1917-19年頃 パリ、パトリモアンヌ・シャネル

元祖ともいえる初期の黒いドレスもやはり上下で違う素材を用い、ブラックの上品な表情が際立っている。

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喪服やメイド服に使われていた禁欲的な色=黒をモードに昇華したのもシャネルの功績のひとつ。黒でまとめながらさまざまな表情の素材やディテールを駆使することで、シックなムードが際立つ。こちらは71歳に復活して以降に手がけたシャネルの代名詞、リトル・ブラック・ドレスの数々。左から2つ目は女優のロミー・シュナイダーのために作られたもの。 

衣服における“自由”。

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まるでカーディガンのように軽やかに羽織れ、スカートはウエストを締め付けることなく腰に引っ掛けてはくことができる。シャネルのスーツは均整の取れたバランス、機能性、さらにシンプルで上品といった要素が凝縮している。

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1954年、ディオールのニュールックが台頭しても、自らの哲学を追求。女性の身体を型にはめるのではなく、自由に快適に、そして機能性を重視するという原則に従い、新作を発表し続けた。

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「ガブリエル・シャネルの服作りはとてもパーソナルでした。と同時に、その時代のオートクチュールデザイナーたちとはまったく違っていた。まず、彼女は特別なビジョンを持っていました。それは着る人に寄り添う服であること。軽さ、着心地、機能性などを重要視し、それらを可能にするシンプルなデザインに落とし込む。ここから生まれるクリエイションこそが、シャネルが考える新しいエレガンスだったのです。そして、彼女の服はいつもとてもモダンだった」

時代の流れとシャネルの価値観がマッチしていたともべロワールは言う。第一次世界大戦中に女性も働くことを余儀なくされたフランスでは、動きやすく楽な服を求める女性たちも多かった。その素地もシャネルが新たな時代を切り開くタイミングと一致。先見の明に長けたシャネルは、ジャージー素材やツイードなど、もともと紳士服に使われていた素材を積極的に取り入れるなど、独自のスタイルを確立した。しかしながら、シャネルが目指していたのはユニセックスな服作りではない。あくまでも、エレガントでシック、そして実用性に富んだレディスウエアだった。

「そこには慣習にとらわれない、自由なシャネルのフィルターがおおいに役立ちます。紳士服の素材やディテールをそのまま使うのではなく、シャネルの記号に置き換えてスタイルに取り入れる。たとえばポケット。紳士服の要素であるポケットを女性用のツイードジャケットに応用し、役割を持たせながら洗練されたデザインのアクセントとしても役立てるという彼女らしい解釈で見事に適合させるのです」

シンプルかつミニマルなデザイン。

chanel-ex-08-220727.jpg香水「シャネル N°5」 1921年 パリ、パトリモアンヌ・シャネル

自身がデザインするファッションの延長線上にあるものとして香水や化粧品を捉えていたシャネル。初めて発売した香水、シャネル N°5では、その時代には類を見ない簡素でグラフィカルなパッケージデザインで世間を驚かせる。この香水のボトルストッパーに飾るロゴとして、初めてダブルCのマークが登場。 

chanel-ex-09-220727.jpgネックレスとイヤリング 1928年パリ、パトリモアンヌ・シャネル

クリスタルのグラフィカルなネックレスも、ミニマムながら存在感のあるデザイン。

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コスチュームジュエリーという存在意義。

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シャネルはハイジュエリーとコスチュームジュエリーの違いをあまり気にかけなかったと言われている。彼女が愛したパールのネックレスをはじめ、ブレスレットにブローチと存在感のあるジュエリーをミックスするのがシャネル流。簡素な装いを好んだシャネルだが、ジュエリーは別。スタイルを完成させる要素として必要なジュエリーが本物でも模造品でも構わない、という自由な発想も実に彼女らしい。1924年頃には、コスチュームジュエリー部門を立ち上げ、シャネルが頻繁に通っていたギャラリーや美術館で見た古代の宝飾品などにインスピレーションを受けている。 

chanel-ex-11-220727.jpgシャネルのクリエイション、 ロベール・ゴッサンス製作 ブレスレット 1960 年代 パリ、パトリモアンヌ・シャネル

大ぶりなブレスレットを両手に着けることを好んだシャネル。このブレスレットは彼女が気に入ってよく身に着けていたもの。

chanel-ex-12-220727.jpgローチ・ペンダントトップ(ガブリエル・シャネル旧蔵 ) 1950-60年
パリ、パトリモアンヌ・シャネル/ブレスレット(ガブリエル・シャネル旧蔵 ) 1930-36年
パリ、パトリモアンヌ・シャネル

ダイヤモンドやエメラルドをセットしたペンダントトップにもなるブローチは、シャネルが愛用していたアイテム。同じ石を使ったベルトは短くカットしてブレスレットに作り直し、親しい友人たちにも贈ったのだそう。

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終始一貫して無駄な装飾を省き、できるだけデザインを単純化することに注力し、過剰すぎない洗練された美しさを追求したシャネルの哲学は、14年間の活動休止を経て、1953年、71歳の時に作り手としてカムバックしても変わらなかった。

「シャネルが1939年にクチュールハウスを一旦閉めるまで試行錯誤していたスーツは、53年の再開以降、完璧な形で結実します。ツイードを主役にポケットの位置、軽さを出しながら優雅な動きを可能にするジャケットの裾に忍ばせたチェーンなど、その巧みな仕掛けは現代でも生きている。女性の日常に溶け込み、快適さとラグジュアリーが共存する、そのスタイルは永遠です。彼女がツイードスーツにリトル・ブラック・ドレス、さらにチェーンバッグとアイコニックなピースを多く生み出したことは私も知っていました。しかし、この展覧会に携わったことで私の彼女への見方は極端に変わりました。シャネルは、それらすべてに膨大な時間を費やし考えを巡らせて、本当に丁寧に作っています。彼女ほど長い期間、デザイナーとしてブレることなく一貫したマニフェストを掲げ続けた人を私は知らないし、それは驚くべきこと。彼女は上品で洗練され、シンプルで実用性が高いデザインを追求し、長きにわたる作り手人生を捧げたのです」

シャネルがファッション史に燦然と輝く巨星となった理由はその一貫性だけでなく、服はもちろん、スタイルを作ることに腐心したから。時代とともに流れるファッショントレンドとは距離を置き、自分の信じるマニフェストを力強く追い求めたのだ。

「だからこそ、ガブリエル・シャネルの作品はいまでも色褪せない。シンプルなのに纏うと女性を美しく見せてくれる作品は、まさに永遠なのです」

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革新的な素材を使いこなすパイオニア。

chanel-ex-13-220727.jpgドレス 1965年 春夏 パトリモアンヌ・シャネル ©Julien T. Hamon

天然素材と合成素材を組み合わせた新しいマテリアルの開発に踏み出しピュコル社といち早く取引を始めた。新素材に刺激を受け生まれたドレスは、1965年の春夏コレクションから。ピュコル社製のラメとぼかし染めの素材にオーガンジーを組み合わせた。ウエストはシャネルらしいリボンでマーク。

空白の14年から蘇った気品。

chanel-ex-14-220727.jpgイヴニング・ドレス 1967年頃 パトリモアンヌ・シャネル

1953年に自らのクチュールハウスを再開したシャネル。シンプルで着心地のいいデザインはそのままに、より控えめで洗練された装いを追い求めていく。67年春夏に発表したワントーンのイヴニング・ドレス――この使う色を絞り、素材感で差異を出す方法もシャネルが長年取り組んだ彼女の原則のひとつだ。ラメのアップリケとオーガンザで控えめなエレガンスを表現した。

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『ガブリエル・シャネル展 Manifeste de mode』

会期:開催中~9/25
三菱一号館美術館(東京・丸の内)
営)10:00〜18:00
※祝日を除く金曜、会期最終週平日、第2水曜は21:00まで 
※入館は閉館の30分前まで
休)月
※月曜が祝日の場合、7/25、8/15、8/29は開館
料)一般¥2,300
tel : 050-5541-8600(ハローダイヤル) 
https://mimt.jp/gc2022

*「フィガロジャポン」2022年9月号より抜粋

photography: Tadashi Okochi text: Tomoko Kawakami

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