シャネルを支える美しいアトリエを訪ねて。

Fashion 2022.08.05

シャネルのものづくりを支える8つのアトリエのうち、刺繍とツイードのルサージュと羽根と造花のルマリエを訪ね、伝統の技の素晴らしさと出合った。

サヴォワールフェールを体現する8つのメゾンダール。

▶︎LESAGE

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©Chanel

刺繍界のレジェンド、ルサージュ。
19世紀以来の刺繍工房を引き継いで1924年に創業。フレデリック・ウォースを起源とするパリ・オートクチュールの歴史の中で、パキャン、ヴィオネ、クリストバル・バレンシアガやイヴ・サンローランらの偉大なクチュリエたちを支えてきた。66年からは刺繍に加えてツイードも開始。学校も併設し、サヴォワールフェールの伝承も。

▶︎LOGNON

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©Chanel

ロニオンのグラフィックなプリーツ。
1853年創業のプリーツ専門アトリエ。2013年にシャネルの傘下に入り、ルマリエの羽根、造花、縫製アトリエと同居する。ナイフプリーツ、サンバーストプリーツ、ピーコックプリーツをはじめ、3000種以上のクラフトのプリーツ型の中には、100年以上前のものも。常に新しいプリーツの形を求めるモード界を陰で支えている。

▶︎MASSARO

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©Chanel

マサロが手作りするアイコニックシューズ。
1894年創業、オーダーメイドの靴作りの伝統を受け継ぐアトリエ。3代目レーモン・マサロとガブリエル・シャネルの出会いから生まれたアイコニックなバイカラーシューズには、クリーム色が脚を長く、爪先の黒が足を小さく見せるトロンプルイユ効果がある。木型の作成からアッパーとソールの縫製まで、現在も手仕事が続く。

▶︎MONTEX

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©Chanel

コンテンポラリーな刺繍のモンテックス。
1939年創業。リュネヴィル刺繍とニードルワークに加え、100年以上前から伝わるコーネリーミシンの技術で、ガロン(飾りテープ)の製作や、グラフィックなモチーフのモダンスタイルの刺繍を提案する。メティエダールコレクションでは袖口の刺繍やスパンコールのカメリアモチーフのバッグ、ビーズ刺繍のボタンなどを製作。

▶︎DESRUES

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 ©Chanel

ジュエルボタンを手がけるデリュ。
1929年創業のコスチュームジュエリーのアトリエで、65年に初めてガブリエル・シャネルのためにボタンのコレクションを作製。以来、シャネルのパートナーとして、ジュエルボタン、ベルトのバックル、バッグのクラスプなどを手がける。パリ近郊のアトリエで、300人以上の職人が金属を彫りエナメル加工を施してジュエルボタンを製作。

▶︎GOOSSENS

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 ©Chanel

ガブリエルが愛したゴッサンスの金細工。
1950年、パリのマレ地区に誕生した金細工のアトリエ。創業者は53年にガブリエル・シャネルに出会い、ともにビザンチン様式のジュエリーをクリエイト、彼女のアパルトマンの家具も製作した。十字架や星、ライオンなどのモチーフで、彫金にガラスペーストやクリスタルを組み合わせたジュエリーやオブジェを繰り出す。

▶︎LEMARIÉ

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©Chanel

花と羽根細工の老舗、ルマリエ。
1880年、羽根細工から出発し、後に花造りも始めた。1960年代にガブリエル・シャネルと出会って以来、シャ ネルのカメリアを一手に引き受けている。上は、黒い布地に真っ黒な羽根とビーズを散らしたメティエダール コレクションのスカート。大小の花をちりばめたトップも、もちろんルマリエの仕事だ。

MAISON MICHEL▶︎

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 ©Chanel

ルックを仕上げるメゾン・ミッシェルの帽子。
14世紀以来のサヴォワールフェールを受け継ぐ、帽子とヘッドアクセサリーのメゾンは1936年創業。アトリエには3000点にも及ぶ菩提樹製の木型があり、伝統手法で帽子が作られる。シルエットを完成させる帽子は、パリ・モードに欠かせないアイテム。クラシックなカプリーヌから人気のネコ耳の帽子まで幅広いクリエイション。

職人技を讃えるle-19M-CHANEL.jpg職人技を讃えるle 19M
パリ・モード界の輝きを支えるのは、伝統的な手仕事を継承する工房たち。パリ19区の北の端に誕生した新アドレスに、シャネルは、自社がバックアップするメゾンダールとアトリエを集めた。新ビルは、布の縦糸と横糸をイメージした象徴的なデザイン。館内のギャラリーでは、展覧会などの企画も行う。www.le19m.fr

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60年代からカメリアを作り続けるルマリエ。ビザンチン様式のジュエリーを世に出したゴッサンス。アイコニックなベージュと黒のバイカラーシューズを作るマサロ。ガブリエル・シャネルが生み出したシャネルのアイコンを、伝統の技術で支えるメゾンダールは幾つも存在する。1985年にコスチュームジュエリーのアトリエ、デリュを傘下に入れて以来、シャネルは、貴重なサヴォワールフェールを継承する大小の工房をバックアップしてきた。2002年からは毎年秋に手仕事にオマージュを捧げるメティエダール コレクションを発表し、21年末、パリ19区にメゾンダールの殿堂 le 19M(ル・ディズヌフ・エム)をオープンした。

それはシャネルのクリエイションに特にゆかりの深い11のメゾンとアトリエが集まる場所。シルエットやカッティングを司り、コレクションの全体像を作り上げるのがファッションハウスの仕事なら、そこに美しいディテールを加えるのは、メゾンダールの技だ。華やかな刺繍や羽根はもちろんのこと、プリーツ、ボタンから帽子まで、その独特のサヴォワールフェールは、シャネルを筆頭に、たくさんのハイブランドのクリエイションを支えている。パリのモード界を陰で支える、大切なパートナーなのだ 

バロックな刺繍とツイードを生み出す、ルサージュのアトリエ。

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ルサージュの刺繍アトリエ。布を張った木製の刺繍枠が並ぶ。

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使い込まれた刺繍枠さえ美しい。

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布地の上にペイントを施し、さらに刺繍を加えたカメリア。実に多様なテクニックが駆使されている。まさにバロック。

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刺繍の上にあしらわれた金色のリボンが、先代フランソワ・ルサージュの考案したもの。

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「ピカージュ」と呼ばれる作業。デッサンに沿って忠実に機械で微細な穴を開け、粉を振り、上からこすってデザインを転写する。

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le19Mの建物をイメージした刺繍のデッサン。

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メティエダール コレクションに登場した刺繍の見本たち。

刺繍の世界で名を馳せるメゾンルサージュは、1924年創業。60年代以来、ツイード作りも行なっている。le 19Mのアトリエでは、テキスタイルクリエイターたちが木製の機織り機を前に、手作業でプロトタイプを製作している。テーマをもとに、物語を語るように色を合わせ、素材を組み合わせる。糸やリボンはもちろん、裁断した布、スパンコールテープ、革紐、あらゆる素材がツイードになる可能性を秘めている 

それは刺繍もまったく同じだ。
「ルサージュの刺繍はバロック。さまざまなテクニックと美意識が混じり合って新しい調和を生み出す。とても豊かで複雑です」

そう語るのは、ルサージュのアーティスティックディレクターのユベール・バリエール。彼の役割は、デザインチームを率いてオリジナルコレクションをクリエイトすること。そして、クライアントのための仕事では、ブランドのアーティスティック ディレクターたちそれぞれのアイデア世界を理解し、刺繍の形にするまでの全工程を指導する。「精神分析医のように、巫女のように、あるいは友人のように、彼らの言葉を聞きます」 

対話の中からやがてモチーフが、色が、素材が次第に姿を表し、デッサンになり、時に数百時間という長い時間を経て、刺繍の形に仕上げられる。

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ルサージュ、ツイードのクリエイションアトリエ。革、レース、布、手で触れられるものならなんでも素材になる。エコロジーに配慮した素材見本が並ぶコーナー。

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テキスタイルクリエイターたちが、小さな織り機に向かい、テーマから発想するイメー ジに従って見本を創作していく。

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ツイードのクリエイションは作曲に似ている。素材を組み合わせ、どこにどの糸を通したのか、楽譜のような製図に書き込みながら作業を進める。

最新のメティエダール コレクションでは、le 19Mの建築をイメージした刺繍が思い入れ深い。チョコレート色やプラム色のスパンコール刺繍が建物の窓をイメージし、金色のリボンが縦横にあしらわれたものだ。ヴィルジニー・ヴィアールが求めたのはグラン・ルサージュ、つまり1980~90年代のフランソワ・ルサージュ栄光の時代だったという。

「100本もの細い金の糸を織り合わせてエナメルでコーティングし、しなやかなリボンを作って太陽光線のように刺繍の上に走らせました。これはフランソワ・ ルサージュが考案した素材。かつてのクリエイションを使ったアイデンティティのあるデザインです。これこそ本物の付加価値です」

4つの職種のアトリエが手を携える、ルマリエの美学。

「この仕事は情熱がすべて」と言うのはルマリエのアーティスティック ディレクター、クリステル・コシェ。「たくさんの時間がかかるし、時間をかけるべき仕事。何年もかけて身につけるサヴォワールフェール。たとえば、完璧なカメリアの花を作れるようになるには、5年かかります」

1880年創業のルマリエは、羽根細工から出発した。一枚一枚の羽根を手作業でカットして形を整え、ひとつずつ布地に貼り付け、縫い付ける。一見羽根とは思えないような見事なマルケトリ(象嵌)も同社ならではだ。羽根のアトリエも合わせて、ここには全部で4つのアトリエがある。シルク、チュール、革、麦わらなどあらゆる素材を花にするアトリエ。フリルやスモッキング、レースのはめ込みなどの特殊な縫製を行うアトリエ。そして、手作業によるグラフィカルなプリーツを生み出すロニオン。テクニックも道具も、100年以上前と変わらないものを継承する。自身のブランドを率いるデザイナーでもあるコシェは言う。「私の役目は、過去のテクニックにインスパイアを得ながら、ルマリエを未来に導くこと。私自身のモード、現代アートへの情熱を伝え、新しいクリエイティブなエネルギーをもたらすことです」

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ルマリエにて。粗い織り目のツイー ドも小さな花に。

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完璧なカメリアを作るには5年の経験が必要だという。

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メティエダール コレクションのロングスカートの見本。

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整然と並ん だ羽根とビーズを最終チェック。

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花をちりばめたトップ。先が小さなボール状になった「ブール」と呼ばれる道具をランプで熱し、かすかに残った糊を溶かす。

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造花の型が並ぶ部屋。中には100年以上前のものも。

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2022年 秋冬プレタポルテ コレクション、ツイード風に仕立てた羽根のミニスカート。

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2018/19年 メティエダール コレクションに登場した羽根のマルケトリ。

技術革新にも積極的に取り組む。最近では羽根へのデジタルプリントや、羽根や花びらのレーザーカットが可能に。花作りの一部に3Dプリントも取り入れる。

4つの職種が肩を並べるアトリエにはドアがない。それは、「オープンな雰囲気で職人たちが行き来し、交流と相乗効果が生まれるようにしたいから」だそう。プリーツに羽根や花を加えるなど、複数のアトリエが同じアイテムに協働することも多い。それがクリエイティビティに繋がっていく。「ルマリエがリュクスの世界で演じる役割、それは、フランスが誇るオートクチュールのマジックにもうひとつの価値を加えること。服が呼び起こす特別な感動と夢の一端を担っているのです」

*「フィガロジャポン」2022年7月号より抜粋

photography: Olivier Bardina editing: Masae Takata(Paris Office)

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