マダムKaoriの2023-24AWパリコレ日記 2023-24年秋冬、塚本香のパリコレレポート1日目。
Fashion 2023.03.30
「フィガロジャポン」をはじめ、数々のモード誌で編集長を歴任されたファッションジャーナリストのマダムKaoriこと塚本香さんが、2023-24秋冬ファッションウィークに参戦するため今季もパリへ。愛に満ちたコレクションレポートをお届けします。
3月3日 ボンジュール、パリ!
Bonjour,Paris.
2023-24秋冬コレクション取材のために、半年ぶりにまたパリにやってきました。といってもパリコレはすでに2月27日にスタートしていて、3日遅れでの到着。今日からランウェイレポートをお届けします。即日アップとは今回もいきませんが、コレクションの感動だけでなく、パリ散策もはさみながらの思い出日記、大好きなパリの空気をお届けします。
さて、相変わらずの左岸派なので、今回宿泊先に選んだのは6区のサン=シュルピス教会の真裏にあるホテル。部屋の窓を開けると教会の屋根が見えます。サン=シュルピス教会は1646年にルイ13世のお妃であるアンリ・ドートリッシュの命で建造が始まり、でも、完成したのは100年後の1745年とか。その後、火災や戦争の被害を受け、2011年に修復が完了。ダン・ブラウンの小説、そして映画にもなった『ダ・ヴインチ・コード』に登場したことからロケ地巡りのスポットにもなったのでご存知の方も多いですよね。
教会前の広場には昔から変わらないカフェ・ド・ラ・メリーもあるし、おいしいお惣菜からパン、お菓子まで揃う老舗のメゾンミュロも近いし、なにより周辺は小さな路地ばかりなのでそぞろ歩くのが楽しい(そんな余裕があればですが)。
滞在先のホテル周辺はサンジェルマン大通りとリュクサンブール公園の間といえるエリア。静かだし、メトロやバスにもアクセスがよく便利。大昔フィガロジャポンの「パリのお惣菜」特集でキッシュのレシピを教わったメゾンミュロ(写真上)もすぐ近く。
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まずは、朝イチでピエール・アルディの展示会へ。実はショールームはサン=シュルピス教会の真横なので、ホテルを出て最初の角を曲がるとすぐという距離なのです。10時のオープンと同時に取材開始。人気のビュル バケット バッグのニューカラーやそのサークルモチーフをアレンジしたプラットフォームシューズなどピエールらしいモダンシックな新作がずらり。アルファ パッドにはオーバル型が新たに登場、足首あたりをくしゅくしゅたるませるロングブーツやかかとを踏んではくモカシンも可愛い! 3月末に久しぶりに来日するのが楽しみというピエール・アルディにも会えたし、足早にショールームを出て、ロエベのショーへ。
シルバーやパープルの新カラーがお目見えのビュル バケット。同じモチーフのミュールがちょっと気になる。
左から、ころんとしたフォルムが愛らしい新顔のアルファパッド。バイカラーで色のバリエもさまざま。くしゅくしゅとたるませてはくブーツは来シーズンの足元トレンドのひとつ。バブーシュ風にかかとをふんでも履けるモカシンが登場。
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ヴァンセンヌ城で見る、ロエベが探す服の本質。
取材初日にも関わらず、朝から飛ばしているのはロエベのショー会場がパリ東部のヴァンセンヌの森の中にあるヴァンセンヌ城(Chateau de Vincenne)ゆえ。この界隈からだと40分近くかかります。
お天気にも恵まれて予想よりは暖かなパリ。森を抜けて会場に到着すると、エントランスはすでに大混雑。このところコレクションの風物詩となった入り待ち・出待ちのファンがここまで押し寄せている。彼らのお目当てはNCTのテヨンとロエベのグローバルアンバサダーに抜擢された韓国の次世代ガールズグループNMIXX。ものすごい嬌声があがるので、広いお城の中庭にいても彼らが到着したのがすぐにわかる。フロントローに座る前に、指定の場所でフォトコールに応じるのも彼らのお仕事。運良く彼らの入りをキャッチできたのですが、カメラマンの数もすごくて、こんな写真になってしまいました。
時間に余裕を持ってヴァンセンヌ城に到着したのに、エントランス前は早くもファンの波。
全身ロエベを纏って会場入りしたNCTのテヨン。似合ってます。
NMIXXの6人はパセオバッグを手に。どんなに手を伸ばしても誰かのカメラが入っちゃいます。
そんな喧騒はさておいて、ロエベです。会場であるヴァンセンヌ城(Chateau de Vincenne)の中庭に設置された白いキューブの中に入ると、さまざまな色のキューブがランウェイにランダムに設置されています。イタリア人アーティスト、ララ・ファヴァレットの作品で、素材はなんと紙吹雪。接着剤などは使わず人の力で圧縮してこの形を作り上げているということ。なのでそのキューブの近くで人が動くと振動で自然に崩れてくる。動きや時間の経緯によるそうした作品の変容も狙いのひとつのようです。
左から、会場は城門をくぐって入った庭に建てられた真っ白なキューブ。ララ・ファヴァレットによる紙吹雪の作品。ショー開始前だが、すでに振動で自然に崩れている。
そんなランウェイに登場したファーストルックは、光沢感のあるダッチェスサテンのシフトドレス。白い縁を残しながら、ぼんやりとした花柄が描かれています。その後も柄を変えて展開されるこのプリントのドレスは40、50年代のドレスやコートの写真をスクリーンプリントしてぼかしを加えたものとか。その曖昧なイメージは「まだ見えない未来」を探求する今回のコレクションを象徴しているともいえます。続いて登場したのは、ゴールドのチェーンで裾を吊ったレザーのシャツドレス。肩からバッグをかけてる? と錯覚させるような騙しのフォルム。次のカシミアのロングカーディガンには身体の動きでできる立定的なボリュームがすでに仕込まれている。圧巻は600枚のフェザーを配した長袖Tシャツと同じくフェザーのショートパンツのルック。基本のアイテムをクチュールのテクニックで表現したとのことだが、正反対の要素が不思議に調和しています。
ダーツもないフラットな仕立てのシフトドレス。わざとぼかした花柄が印象的。photo:Imaxtree
しなやかなレザーシャツドレスはドーナツ型のチェーンで独特のフォルムに。photo:Imaxtree
身体の動きをそのまま服に記憶させたようなカシミアのカーディガン。photo:Imaxtree
フェザーの長袖Tシャツとショートパンツはリアルとシュルリアルの接点。photo:Imaxtree
フェイクファーのシンプルなコートはツートーンでモダンな印象に。photo:Imaxtree
ショーノートで今回のコレクションはその前のメンズから続く「the reductionist act(還元主義的実践)」の継続と語っているクリエイティブディレクターのジョナサン・アンダーソン。Reductionという言葉は23春夏のショーノートでも使われていましたが、日本語にすると削減、縮小、還元、単純化などの意味があります。動詞のReduceというワードもしばしば使われていて。還元主義についてはいまひとつ理解できていないのですが、あらゆるものを削ぎ落とした先に残る洋服の本質を彼は探求しているような気がします。だから、シルエットにフォーカスし、素材にフォーカスし、そしてそれを着る人の動作にフォーカスする。シャツやパンツ、テーラードコート、シフトドレスなど基本的なアイテムのみで構成されているのもReductionの結果ゆえ。そのうえでたったひとつのアイデアでそこに新しいプロポーションを加えていく。大きなボタンで留めただけのドレープドレスやコンパクトに成形されたレザージャケットもそのことを体現しています。引き算して再設計することで服のリアリティを問い直すというReduction。そうした純化を突き詰めながら、まだ見えないファッションの未来を追い求めている。そんな思いが伝わってくるアンダーソンのクリエイションにはこれからも目が離せません。
布にフォーカス。ボタンひとつで作り出したドレープが美しい。photo:Imaxtree
春夏に続くコンパクトな成形。ベーシックカラーだけでなくこんなパステルも登場。photo:Imaxtree
古着のトレンチコートの写真をシフトドレスにスクリーンプリント。photo:Imaxtree
胸元を意識するという着る人の動きがそのままストール付きビスチエドレスに。photo:Imaxtree
フィナーレに登場したジョナサン・アンダーソン。
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イッセイミヤケのショーは歴史あるシャトレ座。
フィナーレに心からの拍手を送りつつも慌ただしく会場を出て、ヴァンセンヌ城から向かった次のイッセイミヤケのショー会場は、1区にある160年以上の歴史を誇る劇場、シャトレ座(Theatre du Chatelet)。ナポレオン3世時代に彼とともにパリ改造計画を遂行したジョルジュ・オスマンが建設したもので、開場にはウジェニー皇后も出席したとか。チャイコフスキーやマーラーが指揮をして自作を発表、ディアギレフがバレエ公演を行ったことでも知られる由緒ある場所です。時代を感じさせるクラシックな内装に見惚れていると、ランウェイ中央に置かれたマリンバの生演奏が始まって、いよいよショーのスタート。見ている私たちは劇場の客席ではなく、舞台側のランウェイの両サイドにおかれたベンチに座って。
煌びやかなゴールドで飾られた桟敷席。いくつものドラマを見てきたはず。
イッセイミヤケのショーは毎回ライブの音楽にのって。今回はマリンバの生演奏。
パーカッション・アンサンブル「Trio SR9」が繰り広げる軽やかなリズムに合わせて動くグラフィカルな四角の服。今シーズンのテーマは「The Square and Beyond」。「四角」の布地から始まる服作りの慣習を見つめ直し、その形に縛られない新しいフォルムへと進化させること。1枚の布を纏うという亡き三宅一生氏の精神を現デザイナーの近藤悟史さんはしっかりと受け継いで、より自由により大胆に発展させています。最初に登場した「CANOPY」シリーズはその名のとおりひさしのように張り出したフォルムが印象的、四角く編んだニットと布地を接ぎ合わせた「SQUARE SCHIME」や前見頃と後見頃の編みを変えた無縫製ニット「COUNTERPOINT」はどちらも不規則なシルエットがおもしろい。四角から生まれた造形が、捻れたり揺れたり弾んだり、人の身体を通してまた新たな表情を作り出している。個人的には前回の春夏のほうが好きだったのですが、近藤さんの服作りへの姿勢がストレートに感じられるコレクションでした。
左右に角張る立体的なフォルムが特徴の「CANOPY」。photo:Imaxtree
四角が動き出し変形していく発想を基にした「SQUARE SCHIME」。photo:Imaxtree
「COUNTERPOINT」は不規則なフォルムが特徴の無縫製ニット。photo:Imaxtree
今回の原点ともいえる「SQUARE ONE」。四角い服に、さらに四角を描いて。photo:Imaxtree
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ショーでは見られない、Re-seeならではの時間。
パリコレ入りが遅れたために、午後はショーを見られなかったブランドをRe-seeでキャッチアップ。クロエ、ジバンシィ、クレージュ、ドリス ヴァン ノッテンのショールームを駆け足で回ります。
17世紀のバロック画家、アルテミシア・ジェンティレスキをミューズに、女性の手によるルネサンスを提案したクロエ。ショールームには黒と白がキーカラーの優雅なドレスからクールなレザーのコートやパンツが並んでいます。春夏にデビューしたペネロペバッグもルネサンス風のメタルコインの留め金でブラッシュアップ。ひと際目を奪われるのが、アルテミシアの絵画にもなった寓話を描いた総刺繍のドレス。インドのムンバイにある女性の就労支援のための刺繍工房「チャナキヤ・インターナショナル」の手によるスペシャルアイテムということ。CO2削減から女性支援まであらゆる社会問題に積極的に取り組むクリエイティブディレクターのガブリエラ・ハーストの活動はますます広がっているよう。その隣には、アフガニスタンの難民支援のための社会企業「シライワリ」が端切れを使って手作りしている人形が置かれて。このRe-seeの展示にはショー会場のベンチがリユースされていましたが、さらにブティックで使用された後にチャリティに寄付されることが決まっているそうです。
前日のショー会場のベンチを棚としてリユースしたクロエのRe-seeの展示風景。ランウェイに登場したモノトーンのドレスから新アイコンバッグのペネロペまで来シーズンのニューフェイスがずらり。
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ジバンシィでは今回のテーマである「新しいエレガンス。グラマーの現代的な研究」にリアルに触れて。クリエイティブディレクターのマシュー・M・ウィリアムソンのストリートのクールネスと前シーズンからスタイリストとして加わったカリーヌ・ロワトフェルドのパリのシックがうまく融合されている気がします。スクエアな肩にウエストをシェイプしたテーラリングのロングコートがカッコいい。なによりもショールームに入るとすぐに展示されていたイブニングドレスの美しさといったら。プレタとはいえ、すべてクチュールのアトリエで製作されているとか。このショールームで毎回思わず写真撮影してしまうのが窓から見えるエッフェル塔。こんな眺めのいいテラスで仕事の合間にひと息つけるなんていいなあ。
見て触れて、と服のディテールまで見られるのがRe-seeのいいところ。ジバンシィではショーのラストに登場したドレスのバックスタイルの美しさに感激。ショールームのテラスからはエッフェル塔が見えます。
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ジバンシィから歩いてすぐのクレージュのショールームはフランソワ1世通りにある本店と同じ建物。アンドレ・クレージュ氏自身が手がけた内装はいまやパリの歴史的建造物にされているといいます。コンクリート打ちっぱなしの壁やアクリルの装飾を配したショールームのインテリアは彼がこの場所をデザインした60年代当時はこのうえなくモダンで斬新だったに違いありません。そんな場所ともリンクするレトロフューチャーな現アーティスティックディレクターのニコラス・ディ・フェリーチェのコレクション。ムードボードを見ると60年代のクレージュのアーカイブにインスパイアされたよう。そこに「携帯を見る自分」という独自のアプローチを加えて。
アンドレ・クレージュ氏自身がデザインしたというショールーム。壁に貼られている今回のコレクションのムードボードにも当時のルックが参照されている。
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ひと息つくまもなくドリス ヴァン ノッテンに移動。心を震わせるコレクションを発表してきたヴァン ノッテンですが、Re-seeで驚くのは圧倒的な服の数。今回もランウェイで披露したのは59ルックですが、その5倍以上はあるかという服が並んでいます。ひとつの柄でもランウェイに登場しなかった色違いがあるし、同じ色柄のパンツでもシルエットの違うバリエがあるという具合。「服への愛」を語った今シーズン。ひとつの服を大切に着て、ぼろぼろになっても繕ったり接ぎ合わせたりして、服との関係を紡いでいくというストーリー。ディテールのひとつひとつを見ていると、ヴァン ノッテンのいう服と着る人の親密な関係が伝わってきます。
ショールームの両サイドにサンプルがぎっしり。繕ったり当て布をして大切に着るという服への愛をドリスならではの詩的なディテールで表現。
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初日のラストは、ヨウジヤマモトのショーへ。
さあ、Re-seeの予定を全部こなし、本日ラストのスケジュール、ヨウジヤマモトのショーへ。今日のショークルーズは歴史ある建築巡りにもなっていて、ヨウジの会場は1357年に建てられたパリ市庁舎(Hotel de Ville)です。ここはしばしばショー会場になるのですが、観光スポットではなくいまも行政機関として使われています。いうなれば都庁でファッションショーを開くようなもの。こうした公的な場所でのショー開催がかなり厳しい日本とは大違いですね。シャンデリアや天井画の華やかさとは対照的なメランコリックな曲とともに始まったショーは、中盤の鮮烈な赤、わずかに配されるブルーやグレーはあるものの、ほぼオールブラックの世界。すべて左右非対称で、布が破られたり引き裂かれたような仕立ても。「形の無い服、崩れそうな服」という今回のテーマが浮かび上がってくる。フィナーレには山本耀司氏が歌うどこか物哀しい曲が流れ、シンプルな黒のロングドレスを纏ったモデルが裸足で登場。「少年のように年老いて哀しいような素敵なような」という歌詞がこのコレクションを象徴しているのでしょうか。いつかは無に帰すとしても、その最期の瞬間まで美しいなにかがある、と問いかけているのかもしれません。
しばしばショー会場として使用されるパリ市庁舎内のイベントホール。天井画が歴史を感じさせる。
オープニングを飾ったドレスはちぎられたようなブルーの布をあてて。photo:Imaxtree
裾は引き裂かれ、コートは片側だけ崩れおちたよう。photo:Imaxtree
オールブラックの世界に鮮烈な印象を残す赤とのコンビネーション。photo:Imaxtree
フィナーレを飾ったのはすべてを削ぎ落としたシンプルな黒のドレス。photo:Imaxtree
パリの名所を巡り、ショーもRe-seeもこなした初日。いきなり飛ばし過ぎだったかもなので、今日はホテルでゆっくり休みます。私のパリコレはまだ始まったばかりですから。
ファッションジャーナリスト/エディトリアルディレクター。
1991年より「フィガロジャポン」の編集に携わる。「ヴォーグ ジャパン」のファッションディレクターを経て、2003年「フィガロジャポン」編集長に就任。その後、「エル・ジャポン」編集長、「ハーパーズ バザー」編集長とインターナショナルなファッション誌の編集長を経験し、2022年からフリーランスとして活動をスタート。コロナ禍までは毎シーズン、パリ、ミラノ、ニューヨークの海外コレクションに参加、コレクション取材歴は25年以上になる。
Instagram:@kaorinokarami
text & photography: Kaori Tsukamoto