セルジオ ロッシが参加した片山真理主宰「ハイヒール・プロジェクト」とは?

Fashion 2023.07.05

2011年、東京藝術大学大学院在学中に「ハイヒール・プロジェクト」を開始した片山真理さん。先天性の四肢疾患により、義足を使っている彼女にとって、ハイヒールは特別なものだったとか。「私の母は昔、モデルの仕事をしていました。私が子どもの頃、ハイヒールを履いている若いときの母の写真を何気なく見ていたら、それに気付いた母は、アルバムをどこかに隠し、玄関からハイヒールもなくなりました。幼い私は障害があることで普通の靴は履けなかったし、大人になってもハイヒールが履けることもない。それを私に期待させてはいけないと思い、すべてを隠したのだと思います」と昔を振り返る。

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セルジオ ロッシのファクトリーで撮影したセルフポートレート。

― ハイヒールを履いていない女は、女じゃない。

そんな片山さんは、大学院生の時に勤めていたバイト先で転機とも言える体験をする。
「ジャズバーで歌うバイトをしていたのですが、義足が見えないロングドレスであったものの、ある夜、酔っ払っているお客さんに『ハイヒールは履いてないのか? ハイヒールを履いてない女なんて、女じゃない!』と言われて、お酒をかけられたんですよ」
その体験があって「ハイヒール・プロジェクト」が生まれたという。
「ハイヒールが履ける義足は海外から取り寄せました。日本では義足で履けるハイヒールを作ることはとても大変で。福祉の世界には、おしゃれは贅沢という考えが根強い。当事者である私も安全に歩けること以上を求めていいのだろうか?と思うことはあります。その気持ちはいまでも変わりません」

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横から見た表情もエレガントなカスタマイズシューズ「Mari K」はSI ROSSI by Sergio Rossiのシェイプをベースに開発された。

それでも、医学療法士から脚の専門家、靴の専門家までさまざまな人に会いに行き、話を聞いた彼女は、義足で履けるハイヒールを日本で手に入れることは本当に難しいことなのだと実感した。義足の人がおしゃれのためにハイヒールを履く考えを受け入れる土壌自体が日本にはなかったからだ。それでも義肢装具士と相談しながら、ハイヒールを完成させた彼女は、プロジェクトを無事に終え、大学院を卒業。本格的にアーティストとしての活動をスタートさせた。その後、ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展に参加し高い評価を得て、2022年にはロンドンのテート・モダン美術館に作品が収蔵されるなど、海外にも活躍の場を広げてきた。

―私が欲しかったのは足だった。

22年4月、イタリアが誇るラグジュアリーシューズブランド、セルジオ ロッシとタッグを組み、デザインチームや職人とオンラインでミーティングを行った。第二弾となる「ハイヒール・プロジェクト」の発表をアナウンスし、おおいに注目を集めた。今回の企画はセルジオ ロッシ側からのアプローチでスタートしたのだが、片山さんは当初、そのオファーに驚いたと言う。
「信じられなかったですね。私の義足に合うハイヒールを作るのは本当に大変ですよ、と思いましたね。でも第二弾開始前に、セルジオ ロッシから届いたハイヒール(義足用ではない、現行の商品)を一目見て、触った瞬間に、これは靴じゃない、足だと思ったんです。私はハイヒールが履きたかったのではなく、足が欲しかったんだと。ロッシの美しいハイヒールを手にした瞬間、とても希望が持てたことを覚えています」

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第一弾との違いは「Mari K」とナブテスコ社の電子制御義足の性能の高さ。第二弾は1日履いても疲れず、つまづくこともなくなったそうだ。

さらにセルジオ ロッシが提唱する“靴は女性の足の完璧な延長である”という考えにも強く共感したとも。
「インハウスのデザイナーさんたちとの打ち合わせで、靴のデザイン案を8〜9点も出してくれたんです。え! 私、選んでもいいの?!  とすごくうれしかった。作る側の煩雑さを気にして、どれが作りやすいですか?といったことを気にする私に、『真理が好きなものを選んでいいんだよ』と言ってくれて」
それでも、靴作りの専門知識、ファッション、さらに福祉の観点からの考えを織り交ぜながらの物作りは大変だったと思う、と片山さん。
「セルジオ ロッシ ジャパンの方が、その異なる哲学を持つ3つの世界をうまくまとめてくださいました。まさにこのハイヒール「Mari K」はその結晶のようなもの。私が子どもの頃からお世話になっている義肢装具士さんも義足の人が履く靴としても完璧だと言ってくれました。これまで世の中になかったファッションとしての装いも義足に合わせる安全性もどちらも諦めなくて良いハイヒールが作れることが証明されました」

これまでは義足を自分の足だと思ったことはなかったという。でもこのセルジオ ロッシのハイヒールと出合い、その考えにも変化があった。

「完成した靴を見た時に、美しいと思ったのと同時に靴と言うより、これは私の足だと思いました。すぐに履いて、写真を撮らないと!と。ここからは私がアーティストして、作品を作る番だと」
さらにセルジオ ロッシとコラボレーションした「ハイヒール・プロジェクト」を通して、片山さん自身のマインドにも大きな変化があったと語る。

―抱えきれないものは他者に手伝ってもらう。

「今回、イタリアにあるセルジオ ロッシのファクトリーにお邪魔させてもらったんです。その時に、そこで働くひとりの女性が『真理ね! 私もあなたのプロジェクトに参加したのよ』と声をかけてくれました。その時に私が知らない人もこの企画に参加してくれているんだなと思ったら、すごく気が楽になったというか。それまでは自分のプロジェクトだから! と肩に力が入ってプレッシャーを感じていたところもあったんです。それが、みんなのプロジェクトなんだ! 自分ができないことは誰かに助けて貰えばいいんだと思えるようになった。そんなかつてない気持ちになったことで、ようやくこのプロジェクトは完結したなと」

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「ファクトリー内のパイプは人の血管のようで、エネルギーを感じた」と語る片山。

以前は、自分ができることだけをやって生きていく、それが自分のやり方だ、と思っていた片山さん。「自分はこうでなくてはいけない、という枠から抜け出せた気がします。自分の両腕で抱えきれないものは、持つべきではないと考えていましたが、いまはほかの人に手伝って貰えばいいと思えるように。そして、自分の身体ともより向き合えるようになった。今回のプロジェクトを通して、世の中の人たちに伝えていきたいことも増えました。セルジオ ロッシが授けてくれた、この「Mari K」が私をもっと遠くまで連れて行ってくれるはず。次に取り組みたいプロジェクトの構想も練っているので、ぜひ、楽しみしていて下さい」

 

 

片山真理
1987年生まれ、群馬県出身。2012年東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻修了。19年に出版した写真集『GIFT』(United Vagabonds)と「第58回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展」(イタリア・アルセナーレ、ジャルディーニ)への出品で第45回木村伊兵衛写真賞を受賞。11年に発表したハイヒール・プロジェクトは、今回セルジオ ロッシの参加により第二弾が始まった。

text: Tomoko Kawakami

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