【フィガロジャポン35周年企画】 「祖母ふたりから愛する気持ちを学んだ」。デザイナー・ジャンヌ・フリオが自身の生い立ちについて語る。

Fashion 2025.11.25

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アールドゥヴィーヴルへの招待 vol.4
2025年、創刊35周年を迎えたフィガロジャポン。モード、カルチャー、ライフスタイルを軸に、豊かに自由に人生を謳歌するパリジェンヌたちの知恵と工夫を伝え続けてきました。その結晶ともいえるフランスの美学を、さまざまな視点からお届けします。

どんな環境で育ち、母親はどんなスタイルの持ち主で、父親からはどんな影響を受けたのか──。クリエイティブな人たちに囲まれて育ったファッションデザイナー・ジャンヌ・フリオ。自身のブランド設立や家族、そして彼女のもつ芸術性がどう生まれたのかを語った。


祖母ふたりから美しいものを愛する気持ちを学んだ。

Jeanne Friot/ジャンヌ・フリオ
ジャンヌ・フリオ デザイナー

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スタイリストやアートディレクター、音楽グループのビジュアル制作などに携わった後、フランスファッション学院で学び、バレンシアガでインターンを経験。2020年、自身のブランドを設立。

私はパリで生まれました。母のサンドリーヌはクリエイティブディレクターで、現在ベレム・ミュージックの代表を務めています。ラッパーのディアムズやフレンチポップバンドのオトゥール・ドゥ・リュシーをデビューさせ、フランスでコートニー・ラブと契約した人です。継父も音楽業界の人で、ロック歌手のノスフェルを私に聴かせてくれました。

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ルーヴル美術館の前にいる祖母ふたり。それぞれ自分のスタイルを持っていて、とても仲良しだった。

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レイバンのサングラスにデニムのシャツの袖をまくっている父。この写真が大好き。

父のヴァンサンは応用美術家から航海士に転身しました。父の周囲には、既存の芸術を揶揄しながら多方面へアプローチしたフルクサス運動の芸術家たちがいました。両親とはよく一緒に過ごしていました。父とは展覧会へ、母とは母が催すコンサートへ。自分も芸術の世界を志したほうが自然だったのかもしれません。でも幼い頃から大好きだったのはファッションでした。

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リヨンの美術学校での父ヴァンサン。デニムのトータルルックにタータンチェックのマフラーを巻いた姿が格好いい。

祖母ふたりはどちらもミシュリーヌという名前で、一方はシャネルやマックスマーラ、バーバリーを愛用し、フランス東部でのバーバリー初店舗をオープンさせた女性です。もうひとりはミュグレーやソニア・リキエル、モンタナを着ていました。ふたりからは美しいもの、職人技、上質の生地を愛する気持ちを教えてもらいました。父からは服のアーキタイプへのこだわりを受け継ぎました。やがて父のパンク時代の服、特にバイカージャケットを多く譲り受けました。父がリヨンで美術を学んでいた頃の服です。ほかにはセントジェームスのネイビーブルーのピーコートやリーバイスのジーンズもありました。父はクラシックだけどロックなタイプだったのです。

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10代の頃の母。ウェーブのかかった髪に黒く縁取った目。なんとも自由!

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お気に入りのドット柄ドレスにゴールドのジュエリーをつけて卒業課題に臨む母の姿。

もちろん母からも影響を受けています。ワーナーミュージックとの初面接の話を母がしてくれたことがありました。「着替えて出直してきて」と言われたそうです。持てる知識と知りうるドレスコードでパリのアートシーンに入り込まなくてはならなかった母は、すぐにチュチュとゴルチエのレザージャケットを買いに走ったと話してくれました。母のスタイルはまさにフレンチスタイル。ゴールドのジュエリーにハイヒールなのにノーメイクで口紅をさっと塗っただけ。パリのオリンピック開会式でのジャンヌ・ダルクの衣装を手がける際、母を思い浮かべました。母もきっとレコード業界で頭角を現すために頑張ったのでしょう。その頃、ラップ業界で働く女性は母以外ほぼ皆無でした。担当アーティストをサポートするために奮闘する母の姿を見て私は育ちました。おかげで若い頃から、社会は変えられるのかもしれないということに気付いたのです。2020年に自分のファッションブランドを立ち上げてから、私も政治的な闘争をしています。ひとつはクィアのクリエイターとして、ファッション界で働くレズビアンの女性の立場を確立したい。手本にする女性もなく育ったので。自分もほかの人も、堂々と宣言できるようになりたい。さらにエシカルなものづくりも頑張っています。自分のクリエイティビティを大事にしつつ、リサイクル素材を使ったメイド・イン・フランスの服を作っていきます。母は私の仕事も信念もとてもよく理解してくれ、私のファッションショーに多くの支援をしてくれています。

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銀色の鎧を纏うジャンヌ・ダルクのスタイルやスローガンのプリントが印象的。シューズはBothとのコラボ。

*「フィガロジャポン」2025年9月号より抜粋

photography: Ecoute Chérie (Jeanne Friot) text: Marion Dupuis (Madame Figaro)

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