ヴァン クリーフ&アーペル、日本古来の芸術的技巧とフランス宝飾の対話。

Jewelry 2024.02.29

ヴァンドーム広場の4隅のひとつを占めるヴァン クリーフ&アーペルの3軒のブティック。20番地のブティックの奥にヘリテージ ギャラリーがあり、ここでは年に2回の展覧会が開催されている。予約不要&入場無料の会場では情熱を持って丁寧に説明してくれる担当者もいることから、常連来場者も増えているそうだ。昨年の『色の遊び、素材の遊び』展に続き、1月19日から始まったのは『ヴァン クリーフ&アーペルと日本:芸術的な出会い』展 。メゾンのパトリモニーコレクションが所蔵する1923年の日本風ヴァニティケースに始まる、モチーフやシンボルといった点で日本にインスパイアされてクリエイトされた2012年までの30作品とアーカイブ資料を展示している。ヴァン クリーフ&アーペルにとって、夢とインスピレーションの尽きることのない源である日本。メゾンの日本進出50周年を記念して企画され、メゾンと日本の文化的な強い繋がりを見出せる展覧会だ。

240226_vca01.jpg

左:ジュエリーだけでなく、デッサンやメゾンが所有する日本の芸術に精通していた画商シグフリード・ビンの著作『Le Japan Artistique』なども展示。右:1951年の漆のシガレットケース。ルビーがあしらわれたモチーフは花占いでおなじみのマーガレット。これは愛のメゾンであるヴァン クリーフ&アーペルの花とも言える。花の配置は日本的にアシメトリーだ。photos:Mariko Omura

240226_vca02.jpg

1970年の大阪万博に参加したヴァン クリーフ&アーペルは、1973年に日本初のブティックを開いた。ラピスラズリにゴールドとダイヤモンドが勾玉を描くネックレス(左)とイヤリング(右)は1972年のもので、ブレスレットや指輪も同じモチーフで揃ったセットだ。イエローゴールド、ラピスラズリ、ダイヤモンド/ヴァン クリーフ&アーペル コレクション

この展覧会を見る前に知っておきたいのはジャポニズムの影響だろう。ジャポニズムという芸術運動が生まれるきっかけとなったのは、1853年の鎖国解禁である。200年以上閉ざされていた日本が世界に開かれ、その文化はとりわけ19世紀後半のヨーロッパの芸術界を魅了し、絵画、音楽、小説、装飾、造園設計に大きな影響を与えた。第二帝政期(1852~1870年)に贅沢産業が開花したこともあり、ヴァン クリーフ&アーペルがパリにブティックを開いた1906年というのはジャポニズムがフランスの芸術表現のひとつとしてすでに定着していた時代である。

会場奥の大きなガラスケースに展示にされているジュエリーは、日本とメゾンのサヴォワールフェールの出合いを象徴するクリサンセマム クリップ。日本の国花である菊がルビーとダイヤモンドで見事に大輪の花として表現されている。制作されたのは1933年のミステリーセット誕生から4年後で、当初ミステリーセットが用いられたジュエリーはフラットだったのが、このクリップが証言するようにたった4年で立体的に仕上げられるようになった職人技の前進が見られる。このクリップではバゲットカットのダイヤモンドがミステリーセットで施されたルビーの花弁を内側から照らすようデザインされた。まるでリアルな菊のよう。サイズが大ぶりなので通常は2本のところ、このクリップは3本の針で留める。

 240226_vca03_47433_Mystery_Set_Chrysanthemum_clip_1937_1.jpg

ルビーの立体的なミステリーセットが素晴らしいクリサンセマム クリップ (1937年)。プラチナ、イエローゴールド、ミステリーセット ルビー、ダイヤモンド/ヴァン クリーフ&アーペル コレクション

---fadeinpager---

展示ジュエリーにおける日本との関わりはさまざまである。その昔日本の男性が腰に下げていた小物入れの印籠にインスパイアされた日本風ヴァニティケース、ドラゴンや土偶など日本の図像をモチーフにしたクリップ......2008年のハイジュエリーコレクション「レ ジャルダン」には日本庭園をイメージして御神籤を枝に結びつけたような「オミクジ ネックレス」や、オレンジサファイアで表現された提灯が揺れる「ヒノキ ネックレス」がクリエイトされた。日本の自然もまたインスピレーション源となるのだ。1973年の日本進出時のラピスラズリにイエローゴールドで''勾玉''を描いたセットも展示されている。1958年に制作された「日本刀ブレスレット」。これはダイヤモンドをあしらったゴールドの撚り紐風のモチーフが刀の鍔にインスパイアされたものだということは、日本人には一目瞭然なのだが、メゾン内では最近わかったというエピソードがある。

240226vca04.jpg

インスピレーション源は印籠。日本の生活芸術の再解釈が見られるヴァニティケース。左:漆を模したエナメルの黒とダイヤモンドの白は当時流行りのアールデコ調。日本風ヴァニティケース(1923年)プラチナ、イエローゴールド、ブラックエナメル、ダイヤモンド。 右:日本風ヴァニティケース (1924年)イエローゴールド、ジェイド、エナメル、ダイヤモンド/ともにヴァン クリーフ&アーペル コレクション

240226_vca05.jpg

2008年に発表されたハイジュエリーコレクション「レ ジャルダン」より。鉱物が重要な位置を占める日本庭園は本作のデザインに通じるものがある。左:「ヒノキ ネックレス」。ブリリアントカットと18世紀のローズカットによるダイヤモンドが輝く枝に、コーラルで結んだイエローサファイアの提灯が下がるネックレス。ホワイトゴールド、オレンジサファイア、カルセドニー、コーラル、ダイヤモンド、レ ジャルダン コレクション、レ ジャルダン エクストリーム オリエント 右:「オミクジ ネックレス」ホワイトゴールド、ピンクサファイア、ツァボライトガーネット、ダイヤモンド、レ ジャルダン コレクション、レ ジャルダン エクストリーム オリエント/ともにヴァン クリーフ&アーペル コレクション

240226_vca06.jpg

島国特有の日本の図像にインスパイアされたクリップ。左:「ドラゴン クリップ」(1969年)イエローゴールド、エメラルド、ダイヤモンド  右:土偶がモチーフの「モリタ クリップ」(1971年)イエローゴールド、クリソプレーズ、ラピスラズリ/ともにヴァン クリーフ&アーペル コレクション

240226_vca07.jpg

日本の自然や室内装飾も大きなインスピレーション源に。左:雪と竹のモチーフが描かれた櫛(1991年)。下部を外して上部をクリップとして使用できる。イエローゴールド、ホワイトゴールド、木、ダイヤモンド。 右:スクリーン ブレスレット(1945年)。日本の屏風の構造と装飾された屏風紙を思わるゴールドの長方形のプレートを連結したブレスレット。ブルーサファイアのレリーフ、ゴールドの彫り模様はどちらも勿忘草。イエローゴールド、サファイア、ダイヤモンド/ともにヴァン クリーフ&アーペル コレクション

ガラスのドームの中で飛翔するように展示されている4匹の「パピヨン ラケ」のクリップは菊蒔絵、桜、花菖蒲。蝶の羽に描かれた繊細な仕事に目を奪われる。2004年からヴァン クリーフ&アーペルは輪島を拠点とする漆芸家の箱瀬淳一氏に蝶の羽のデザインと制作を依頼していて、昨年も新たな「パピヨン ラケ」が日本で先行販売されたところだ。漆塗りに蒔絵や螺鈿を取り入れて独自の漆表現を求める彼の姿勢と、伝統と歴史を革新的に表現するヴァン クリーフ&アーペルの意欲が呼応するコラボレーション。創業の1906年から蝶をジュエリーのモチーフとしているメゾンと日本の伝統工芸の出合いがここにある。

あいにくなことに1月1日に起きた能登半島地震により、氏の工房も大きな被害を受けてしまった。それに対して、ヴァン クリーフ&アーペル プレジデント兼CEOの二コラ・ボスは、「サヴォワールフェールの保護に取り組むメゾンとして、私たちは箱瀬氏を全面的に支援します」と語っている。

240226_vca08_2.jpg

2014年以来、漆芸家の箱瀬淳一が羽をデザインし、モチーフを描くパピヨン クリップ。左:「パピヨン クリップ 桜」(2012年)ホワイトゴールド、マザーオブパール、ラッカー、ダイヤモンド 。右・「パピヨン クリップ 花菖蒲 」(2023年)イエローゴールド、マザーオブパール、ラッカー、ダイヤモンド/ともにヴァン クリーフ&アーペル コレクション

さて会場の壁に設けられたガラスケースで展示されているのは、ジュエリーではなくふたつの「プレシャス ボックス」と友禅の帯。友禅の作家として活躍する森口邦彦氏とヴァン クリーフ&アーペルの両者が、匠の技を守り、次の世代にいかに発展、継承させていくかを一緒に模索しようという意志で結ばれたことから生まれたプロジェクトが、この「プレシャス ボックス」なのだ。氏は1960年代にフランス政府給費留学生としてパリのボザール校で学び、それと同時にグラフィックデザインや当時の芸術潮流であったオプティカルアートも習得している。友禅という日本の伝統工芸に、氏が持つ現代的感覚を生かした幾何学モチーフをもたらす。展示されている氏がデザインしたプレシャス ボックスの制作にあたっては、ヴァン クリーフ&アーペルの複数分野の職人たちが参加した。箱の立体構造を構築する技、幾何学的デザインをモザイクで仕上げる技、モザイクをはめ込むための緻密な枠組みを造形する技......ジュエリー制作で彼らが駆使する技が制作に生かされ、森口氏が描いた通りの作品に仕上げられた。なお、内側には友禅の伝統に則って染められた布地が使われている。

240226_vca09.jpg

左・プレシャス ボックス「玄」 (2023年)ホワイトゴールド、ホワイト マザーオブパール、友禅、パームウッド、ブラックエボニー、アルミニウム、ゴートレザー 。右・プレシャス ボックス「紅白」(2023年)ローズゴールド、レッドジャスパー、ホワイトクォーツァイト、ホワイトマザーオブパール、ホワイトアゲート、友禅、アマランスウッド、アルミニウム、ゴートレザー/ともにヴァン クリーフ&アーペル コレクション © Van Cleef & Arpels - 2023 - Antoine Delage de Luget

---fadeinpager---

レコールが開催する漆工芸のワークショップ。

2012年にヴァン クリーフ&アーペルの支援を得て設立された、「レコール ジュエリーと宝飾芸術の学校」は、宝飾品やその歴史に関心のある人にとってはワンダーランド。漆工芸のワークショップも開催されている。これは職人さながら白衣を着ることからスタートする4時間のコースだ。プロが使うものと同じ道具が用意された作業台に座り、複数色から選んだ蝶のフォルムにモチーフを描き、それに彩色、蒔絵、螺鈿を施す......という職人技を、講師の丁寧な指導に沿って行う。この三種の技法をモチーフのどの部分にそれぞれ用いるのが良いかなどもアドバイスされる。モチーフはいくつかの見本も用意されているけれど、自分だけのオリジナルデッサンで楽しむのが完成時の満足はより大きいだろう。パリあるいは、いつか日本で機会があればチャレンジしてみては? それまで観賞するだけだった漆工芸へより一歩近づくことができる。ちなみにパリでは「フレンチ・ジュエリーから日本の漆へ」のワークショップが3月12日と4月17日に予定されている。両日とも英語の回とフランス語の回があり、料金は200ユーロ。

240226_vca10.jpg

漆工芸のワークショップ。教室には漆にまつわる書物や道具が展示されている(写真左)。各生徒のテーブルにはプロが使うものと同じ道具が(写真右)。ワークショップの予約など、詳細はwww.lecolevancleefarpels.com photos Mariko Omura

240226_vca11.jpg

デッサンを描き、それをベースとなる蝶に写す。

240226_vca12_2.jpg

どの部分に蒔絵、彩色、螺鈿を施すかを最初に決めてから、それぞれ作業する。蒔絵は粉筒、螺鈿はピンセット、彩色は筆で。

『ヴァン クリーフ&アーペルと日本:芸術的な出会い』展
会期:開催中 ~6月15日
住所:ヴァン クリーフ&アーペルブティックヘリテージ ギャラリー
20, place Vendôme 75001 Paris
開:11時~19時
www.lecolevancleefarpels.com

●問い合わせ先
ヴァン クリーフ&アーペル ル デスク
0120-10-1906
www.vancleefarpels.com

editing: Mariko Omura

Share:
  • Twitter
  • Facebook
  • Pinterest

Business with Attitude
Figaromarche
あの人のウォッチ&ジュエリーの物語
パリシティガイド
フィガロワインクラブ
BRAND SPECIAL
Ranking
Find More Stories