小さな村から世界へ。ピアジェのアトリエに息づく、職人魂とは。
Watches 2026.01.22
国際的なウォッチメゾン&ジュエラーとして知られるピアジェ。そのものづくりはいまも創業の地に根付いている。ラ・コート・オ・フェとジュネーブ郊外に点在するアトリエでは、職人たちが魂を込めてひとつの作品を仕上げているそう。その華やかな完成品の裏側にある、ピアジェの制作現場を覗いていく。
PIAGET
小さな村から世界へ、ピアジェが守る職人魂。
スイスは高級時計づくりの世界的な中心地。16世紀半ばにフランスでの宗教的な弾圧を逃れ、時計師や金銀細工職人たちが移住してきて、ジュネーブを新天地として根付いたのだという。やがて時計師たちはジュラ山脈のふもとの谷あいに移り住み、その一帯は「時計の谷」と呼ばれるようになっていった。
ビアジェの誕生は1874年。ジュラ山脈の山間部にある長閑な村、ラ・コート・オ・フェの農場のかたすみに、若き時計師ジョルジュ=エドワール・ピアジェがささやかな工房を構えたのがメゾンの始まりだ。
現在では国際的なウォッチメゾン&ジュエラーへと飛躍したピアジェだが、いまもラ・コート・オ・フェには時計のムーブメントを専門に組み立てる工房が佇む。ジュネーブ郊外には広大な本社兼ファクトリーがあり、そこでは時計を装飾する職人やジュエリー職人、宝石学の専門家たちが働いている。ピアジェは1960年代から1970年代にかけて、ボリューム豊かなハイジュエリーウォッチのワードトレンドを牽引したメゾン。だからここでしかできない特別な職人技も継承されている。
そのひとつデコ パレス(パレス装飾)は、ゴールドにファブリックを思わせる細やかなテクスチャーを手作業でひと筋、ひと筋刻みつける技。かつてジャクリーン・ケネディ・オナシスが愛用したピアジェのブレスレットウォッチにも、この装飾があしらわれていた。アーカイブにはゴールドの彫刻パターンが100種類以上残されており、職人たちは現在もそれらを学んで細かなテクスチャーを再現しているという。
また、近年注目されているカラフルなオーナメンタルストーンのあしらいもお手のもの。オーナメンタルストーンとはターコイズやラピスラズリ、タイガーアイなどの宝石のことで、これらを非常に薄く研磨して時計の文字盤にするという、華やかで贅沢なスタイルをピアジェは得意としてきた。
こうした精密加工のためにファクトリー内には大型の機械がいくつも導入されているけれど、どんなにそれらを駆使したとしても、最後にジュエリーやウォッチに煌めきを与えるのは人の手。経験を積んだ職人たちの手の技なのだ。
さらにピアジェは希少な伝統工芸の技を保護し、未来に伝えるために、多彩なアーティストたちともコラボレーション。スイスエナメルの第一人者、アニタ・ポルシェと手を組んで、美術品のような時計も仕立てている。また、フェザーを使ったアートでメートルダール(フランスでの人間国宝)の称号を持つネリー・ソニエは天然の羽でバラをかたどった艶やかなジュエリーを制作。モチーフとなったのは「イヴ・ピアジェ」というバラの花。ピアジェ家の4代目当主はバラの愛好家として知られ、彼の名をとったピンク色の品種が実在するのだ。
そのイヴ・ピアジェは、彼の大切な職人たちをアーティストと呼んでいたという。トップクラスのハイブランドでありながら、いまも家族のような温かさを残していることが、このメゾンにほかにはない魅力を加えているのだろう。
*「フィガロジャポン」2026年1月号より抜粋
text: Keiko Homma editing: Mami Aiko




