江戸の食文化と料理、再発見。#05 甘酒を夏に飲む理由。
Gourmet 2020.08.26
現代日本の食文化の基本が形作られたといわれるのが江戸時代。季節ごとの食材や行事と結びついた江戸の食文化や料理について知れば、食事の時間がもっと楽しく、幸せなひとときになる。連載「今宵もグルマンド」をはじめ、多くのグルメ記事を執筆するフードライターの森脇慶子が、奥深い江戸の食の世界をナビゲート。今回は、冬のイメージが強いけれど、実は夏の季語である甘酒について。
甘酒が生まれたのは古墳時代!?
ひと頃、女性の間でブームを呼んだ甘酒。
甘酒スタンドなどもオープンし、ここ数年、甘酒のバリエーションはぐっと増えてきた。ハイエンドなドリンクとして脚光を浴びたのも、甘酒の持つ美容や健康への高い効果が評価されてのことだろう。
1846年創業の甘酒の老舗、天野屋の「冷やし甘酒」¥495
だが、甘酒の歴史を紐解けば、そのルーツは思いのほか古く、いまを遡ること1300年前。『日本書記』(720年)に、それらしき飲み物の記載が見られる。木花咲耶姫が造ったとされる天甜酒(あまのたむざけ)がそれで、これが甘酒の起源ともいわれ、一夜酒(ひとよざけ)、あるいは醴酒(れいしゅ)とも呼ばれていたそうだ。となれば、すでに奈良時代から飲まれてきたというわけで、どうやら、当初は神様に捧げる飲み物的な要素が強かったようだ。
“甘酒”の名で呼ばれるようになるのは、どうも戦国時代も末期になってからのことらしい。そして、江戸時代初期、1697年(元禄10年)に刊行された『本朝食鑑』でその名を見ることができる。医師であった人見必大(ひとみひつだい)が、当時の日本の万物について著した本で、甘酒はその中で浅漬けや百本漬けなどとともに、“香の物”の項目に記されているそうだ。
また、江戸時代の百科事典ともいわれている『和漢三才図会』(1712年)には「祭酒に多く醴(こしき)を用いる。毎六月朔日、天子へ醴酒を献づる」とあり、神事では甘酒が夏の飲み物だったことがうかがえる。ちなみに旧暦6月1日は、現代でいえば7月初旬〜中旬あたり。そして醴酒とは甘酒のことだ。
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栄養価の高い、夏の必需品。
江戸時代ともなれば、甘酒は神事だけでなく、庶民の夏の飲み物としても愛飲されるようになっていたようだ。その証拠に、甘酒は夏の季語にもなっている。そうは言っても、江戸時代も当初は冬の飲み物だったようで、それが夏の飲み物へと変わっていくのは、明和(1764〜72年)頃のことらしい。医師の小川顕道(おがわあきみち)が著した随筆『塵塚談』(1814年)には“甘酒は冬のものだと思っていたら、最近は四季を通じて売られるようになった”といった意味のことが記されている。
また、明和年間以降の風俗誌を記した『明和誌』にも同様の記事があり、次第に甘酒が夏の飲み物へと変わっていく様子がわかる。
蛇足ながら、鰻も本来夏の食べ物でなかったものが夏場でも売れるようになってきたとの言及があり、甘酒と鰻が同時期に夏の食べ物となっていったのは興味深い。そして江戸時代後期、1853年成立の『守貞漫稿』には「夏月に専ら売り巡る者は醴(あまざけ)売りなり。京阪は専ら夏夜のみこれを売り、一碗を六文(現在の貨幣価値で120〜180円)とした。江戸は四時にこれを売り、一碗を八文(160〜240円)とした」とあり、江戸では四季を通して売られていたものの、夏に甘酒をよく売り歩いていたのは、酷暑となる大阪や京都だったようだ。
現代でも熱中症で亡くなる方は毎年後を絶たないが、江戸時代も暑さで体力が消耗する盛夏は、1年のうちで最も死亡率が高かったらしい。医療事情もいまのように整っていなかった当時、栄養価の高い甘酒はまさに夏の必需品だったのだろう。庶民がいつでも手軽に飲めるようにと、幕府も価格が高騰しないように価格統制をしていたという。いまでも“飲む点滴”といわれる甘酒の効用を、昔の人もよく知っていたわけだ。天秤棒を担いで「甘い甘い甘酒〜」と売り歩く行商の様子は、ちょっとした夏の風物詩だったのかもしれない。
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自然に育まれた、自家製糀が味の決め手。
天野屋(御茶ノ水)
江戸総鎮守として崇敬された神田明神の参道脇に店を構えたのは1846年(弘化3年)。あの黒船来航の7年ほど前のこと。それから170年余、明治維新や関東大震災、そして太平洋戦争など、いくつもの時代の波を乗り越え、いまもなお昔のままの伝統的な製法で当時と変わらぬ甘酒を造り続けているのが、ここ「天野屋」だ。
名物の「明神甘酒」は、店の地下6mの位置に広がる天然のトンネルを利用した土室(むろ)の中で造る、自家製の糀が味の決め手。その自然が育んだ自家製の糀と米だけで造られた完全無添加の甘酒は、さらりと飲み口も軽やか。べたついた甘みはいっさいなく、すっきりと喉を潤してくれる。
かき氷に甘酒のシロップをかけた、夏季限定の「氷甘酒」¥550。大正時代から提供しているという。
「雑菌から糀の菌を守るため、土室には私と息子しか入れません。(糀は)時間をかけてゆっくり発酵させています」とは、6代目の天野博光さん。こまめな温度管理や発酵の調整が、ナチュラルで優しい甘みを生み出している。
かつては旧中山道を行き交う旅人の喉と疲れを癒やしていたという「明神甘酒」。パワースポットとして知られる神田明神の参拝もかねて立ち寄ってみては? 夏には氷甘酒もおすすめだ。
神田明神の参道脇に佇む、趣のある店構え。「明神甘酒」や「芝崎納豆」などを扱う売店も併設。
Amanoya
東京都千代田区外神田2-18-15
tel:03-3251-7911
営)10時〜16時
休)土、日、祝 ※ほか不定休あり。12月2週目〜3月末の日曜は営業。
www.amanoya.jp
*オンラインショップもあり。
https://amanoya.info
※この記事に記載している価格は、標準税率10%の税込価格です。
photos : KAYOKO UEDA, texte : KEIKO MORIWAKI