江戸の食文化と料理、再発見。#06 ノスタルジックな秋の味覚、秋刀魚の匂いに誘われて。

Gourmet 2020.09.27

現代日本の食文化の基本が形作られたといわれるのが江戸時代。季節ごとの食材や行事と結びついた江戸の食文化や料理について知れば、食事の時間がもっと楽しく、幸せなひとときになる。連載「今宵もグルマンド」をはじめ、多くのグルメ記事を執筆するフードライターの森脇慶子が、奥深い江戸の食の世界をナビゲート。今回のテーマは「秋刀魚(さんま)」。日本人が愛してやまない秋刀魚が、もとは食用と見なされていなかった理由とは?


江戸っ子の好みに合わない“猫またぎの魚”だったけれど……。

「さんま、さんま さんま苦いか塩つぱいか」とは、詩人佐藤春夫の「秋刀魚の歌」の一節。この詩にも描かれているように、秋刀魚は日本人にとって、どこか郷愁を感じさせる秋の味覚。庶民の味として親しまれてきた。だが、ここ数年の不漁続きで値段が年々高騰。今年7月の初競りでは、北海道の市場でなんと1キロ約40,000円で取り引きされたとか。鮮魚店での売り価格は一尾約6,000円。鯛も顔負けの、すっかり高級な魚になってしまった秋刀魚だが、どうやら昔は食用とは見なされていなかったらしい。江戸時代になってようやく人の口に入るようになったわけだが、それでも鰯と並ぶ下魚扱い。猫またぎの魚だった。

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秋刀魚漁の様子。北海道・根室にて。

それが証拠に、江戸時代の料理本にその名を見かけることはほとんどない。当時の料理本の多くが料理人向けに書かれていたことを思えば、それも道理。元禄年間(1688年〜1704年)に刊行された『本朝食鑑』に、かろうじてさんまの最初の記載がある。“乃宇羅幾(ノウラギ)魚”の名で記されているものの、内容は次の通り。「形は鯖のようで(中略)脂をとって燈脂を作る」。つまりは食用ではなく、灯油を得るための魚として扱われていたというわけだ。この秋刀魚が食べ物として初めて書物に紹介されたのは、当時の百科事典ともいえる『和漢三才図会』(1712年/正徳2年)。この本では「伊賀大和の土民が好んでこれを食べるが、魚中の下品」とあり、やはり下賤な食べ物と目されていたようだ。

鰹にしても、脂ののった戻り鰹には目もくれなかった江戸っ子のこと、どうやら脂ののった魚はあまり好みではなかったようだ。冷蔵保存がままならなかったこの時代、脂の強い魚は傷みやすく臭みも出やすかったことも嫌われた要因のひとつだったと思われる。

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江戸中期には、そのおいしさで人々を魅了。

だが、秋刀魚は次第にそのおいしさで庶民の舌を密かに魅了していったようだ。古典落語「目黒のさんま」では、鷹狩りに出た殿様が、その途中、村人が焼く脂が滴る秋刀魚を食べて大感激するくだりがある。このことからも、下魚ながら、秋刀魚が実はおいしい魚だったことが少しずつ広まっていった様子がうかがえる。

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銀色の輝きとその形から「秋刀魚」と表記されるようになったという一説も。

事実、江戸中期の安永年間(1772年〜1781年)になると、徐々に光が当たりはじめる。一説によれば、ある魚屋が年号の安永をもじって?「安くて長きはさんまなり」と、平賀源内ばりのキャッチコピーを壁に貼ったところ、大当たりしたのだとか。安永年間といえば、池波正太郎の小説『剣客商売』の舞台となった時代。あの食道楽な主人公、秋山小兵衛や、時の老中田沼意次も果たして食べたのだろうか?

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秋刀魚の塩焼きが、割烹の料理に昇華。

車力門 おの澤(荒木町)

「秋刀魚の魅力は、青魚特有の脂のうまさ、そして肝の苦味とのコントラスト。季節を感じさせるところも好きですね」。炭火にかざした秋刀魚から目を離すことなくそう語るのは、今年5月に荒木町にオープンしたばかりの和食店「車力門 おの澤」店主、小野澤誠さん。炭火焼きとそばが看板料理というこの店のスペシャリテが、修業先(「銀座 矢部」)譲りの「秋刀魚の塩焼き」。というのも、この一品、並の秋刀魚の塩焼きではないからだ。

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紀州備長炭で丁寧に焼き上げられていく。

ジュウジュウと脂を滴らせる焼きたての秋刀魚を口にすれば、想定外の食感に思わず目を見張るはず。そう、骨がまったくないのだ。骨がないぶん、食べやすいだけでなく、パリッと軽やかな歯触りの皮とふんわりエアリーな身とが口中で一体となって広がるおいしさは格別だ。聞けば「秋刀魚は開いて肝と脂を取り外し、中骨と腹骨を丁寧に取り除きます。その後、先の肝と脂を戻して串うちしています」と小野澤さん。家庭のおかずの定番である秋刀魚の塩焼きが、立派な割烹の料理に昇華された逸品といえる。これなら、お殿様にも献上できそうだ。

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「秋刀魚の塩焼き」は¥14,300のおまかせコースの一品。

車力門 おの澤
Sharikimon Onozawa

東京都新宿区荒木町6-39
tel:03-6457-8550
営)18時〜21時最終入店
休)日、祝

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photos : YU NAKANIWA, texte : KEIKO MORIWAKI

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