江戸の食文化と料理、再発見。#09 美食家たちを魅了し続ける冬の味覚、河豚。

Gourmet 2021.01.23

現代日本の食文化の基本が形作られたといわれるのが江戸時代。季節ごとの食材や行事と結びついた江戸の食文化や料理について知れば、食事の時間がもっと楽しく、幸せなひとときになる。連載「今宵もグルマンド」をはじめ、多くのグルメ記事を執筆するフードライターの森脇慶子が、奥深い江戸の食の世界をナビゲート。今回のテーマは「河豚(フグ)」。毒に当たるかもしれないと知りながらも食べてしまうほど江戸っ子たちを惹きつけた、河豚の魅力とは?


江戸時代には、河豚を食べることが禁止されていた。

冬の美味の王様格といえば、やはり河豚。
あの北大路魯山人をして「ふぐの美味さというものは、実に断然たるものだと私はいい切る。これを他に比せんとしても、これに優る何物をも発見しえないからだ」とまで言わしめた河豚。その美味を好んだのは、江戸庶民も同じだったようだ。

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「赤坂 鴨川」(後述)のコースより、ふぐさし。厚めに切られた河豚の刺し身に、3種類の皮がうず高く盛り付けられる。ポン酢と小ネギ、もみじおろしを添えて。

しかし、江戸時代、河豚を食べることは法で禁止されていた。なぜか? ご存知のとおり、猛毒を持っていたからだ。縄文時代の貝塚からも河豚の骨が多く見つかっているように、日本人は、河豚を4000年余りも食べてきた。が、それが公的に禁止されたのは16世紀。かの天下人、豊臣秀吉が朝鮮出兵を試みた文禄・慶長の役(1592〜98年)の頃のことだ。

大陸に渡るため山口県下関まで赴き駐屯した武士たちは、当時から下関名物だった河豚を食べ、その多勢が中毒死したのである。ちなみに、河豚の毒が主に肝臓と卵巣にあるとはっきり解明されるのは昭和に入ってから。それ以前は、河豚のどの部分に毒があるのかわからず、内臓も食べてしまっていたのだろう。そこで怒り心頭に発したのが、当の豊臣秀吉。敵と戦う前に河豚に当たって死ぬとはけしからん!というわけで河豚食禁止の令を発布したというのが定説となっている。

この禁止令は、そのまま江戸幕府へと引き継がれるのだが、とりわけ厳しく取り締まられたのは、武士たち。長州藩などは、家禄没収、お家断絶とかなりシビアな処罰がくだされた。とはいえ、庶民の間ではこっそりと食べられていたようで、三代目歌川豊国が描いた浮世絵のひとつには、座敷で河豚を捌く魚屋が描かれている。

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河豚を避けた松尾芭蕉と、河豚を愛した小林一茶。

「あら何ともなきや きのふは過ぎて ふくと汁」
「河豚汁や 鯛もあるのに 無分別」と詠んだのは松尾芭蕉。
武家の出だった芭蕉が河豚食に対してやや批判的だったのに対し、河豚を絶賛していたのは小林一茶。50歳にして初めて河豚を食べた一茶は、そのうまさに魅了され、こんな一句を残している。
「五十にて 河豚の味を 知る夜かな」
また、「河豚食はぬ 奴には見せな 不二の山」の一句では、こんなおいしいものを怖がって食べない奴に富士山を見る資格はない、そう皮肉っている。が、命がけの美味だったことは事実で、ちょっとした度胸試し的に食べる独身男性も多かったようだ。

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同じく「赤坂 鴨川」のコースより。ふぐちりの河豚のカットは驚くほど豪快! 身のみならずカマや唇、アラなどすべてから旨味を引き出していただく。

さて、当時の河豚の食べ方だが、芭蕉の句にもあるように汁にして食すことが一般的だったようだ。そのふくと汁の作り方が17世紀発刊の料理実用本『料理物語』に記されている。それによると、味噌汁のようなものだったらしい。捌いた河豚は濁酒に漬け、味噌汁の中に入れ、毒消しの意図もあったのだろう、ニンニクとナスを吸い口に入れている。ちなみに、当時、江戸っ子がよく食べていたのは、トラフグならぬショウサイフグだったようだ。

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極上の食感と味わい、天然河豚の魅力をコースで堪能。

赤坂 鴨川(赤坂)

東京でも、現在のように河豚をちり鍋にして食べるようになったのは、関東大震災以降のことだとか。関西割烹の影響を受けてのことらしい。

創業は1968(昭和43)年。赤坂の地で半世紀あまりそののれんを守り続けてきた河豚料理の名店「赤坂 鴨川」。初代の大菅正孝さんは、古きよき時代の向島で一流料亭の花板を務めていたそうだから、おそらくは、当時トレンドだったであろう(上方からきた)河豚料理を覚えた料理人としては、先駆けだったのではないだろうか。

初代亡き後、店を切り盛りしてきたのは、女将を務める娘さんの大菅孝子さん。自らも河豚の調理師免許を取り、店で捌いて提供している。河豚専門店の中でも、“みがき”と呼ばれるすでに捌いた状態の河豚を仕入れる店も多い中、女将さんは、あくまでも捌く前の丸の状態で仕入れることに重きを置いている。なぜなら「最近では、天然化した養殖ふぐや奇形もときどき見られる」と女将さん。また、丸で仕入れるほうが良質の河豚をより安価に仕入れられるからだ。少しでも手頃な価格でお客様に上質の河豚を提供したいとの思いがそこには込められている。

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「赤坂 鴨川」のコースは、前菜盛り合わせ、ふぐさし、ふぐちり、雑炊のいちばんシンプルな構成で¥22,000〜。近々、ランチも営業予定で、夜と同じコースを楽しめる。河豚のコースは4月末までいただける。5月以降は、河豚会席として提供予定。

もちろん、扱う河豚は天然物のみ。下関や大分で揚がる3年ものの虎河豚を中心に豊洲を通して仕入れている。重さにして3kg前後が、女将がこだわるサイズだ。通常よりもやや厚めに切ったふぐさしは、捌いてから2〜3日寝かせて熟成させ、旨味を引き出してから提供。わずかに飴色がかったそれは、シコッと引きのある食感の中、噛み締めるほどに淡く、それでいて味蕾をジワリと覆うような河豚ならではの旨味が静かに後を引く。

中央にうず高く盛り付けてあるのは河豚皮で、ゼラチン質豊富な河豚の中でも、最もコラーゲンの多い部分だ。ちなみに、河豚の皮には3種類あり、いちばん外側の黒い部分が鮫皮。真ん中が“遠江(とおとうみ)”と呼ばれる透明〜半透明の皮で、3つ目が身皮。河豚の身が少し付いている部分だ。各々、食感が少しずつ異なるゆえ、食べ比べてみるのも一興だろう。

とはいえ、天然の河豚なればこその真骨頂は、やはり鍋にある。一切れ一切れのカットも豪快な「赤坂 鴨川」のふぐちりなら、その感動もひとしお。身はもとより、カマや唇、アラなど河豚のすべてをじっくり煮込むほどに引き出される旨味は、淡白でありながらも力強く、ねっとりと官能的な食感は、ゼラチン質のなせる技にほかならない。そう、河豚は低カロリーで高タンパク。しかも、美容に最適なマリンコラーゲンも豊富という、まさに美しくありたい女性には願ってもない美味といえそうだ。

そして、最後に忘れてならないのは、締めの雑炊。河豚でお腹がいっぱいになっても、これだけは忘れずに。河豚のエキスが存分に滲み出た出汁は旨味の塊。それをご飯一粒一粒に染み込ませた雑炊は、コースの掉尾(ちょうび)を飾るのにふさわしい。

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個室4室を備える。現在、テイクアウトも実施中だ。

赤坂 鴨川
Akasaka Kamogawa

東京都港区赤坂 3-9-15 第二クワムラビル 1F
tel:03-3583-3835
営)12時~14時、17時~20時
休)日、祝
www.kamogawa.cc
※新型コロナウイルス感染拡大防止のため、営業時間変更の可能性がございます。詳細はお問い合わせください。

江戸の食文化と料理、再発見。記事一覧

photos : KAYOKO UEDA, texte : KEIKO MORIWAKI

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