細川亜衣の、旅と料理

数カ月たったいまも忘れることができない、韓国の味。

細川亜衣の、旅と料理

この冬、久しぶりに訪れた韓国で、強く印象に残った料理がいくつかあります。その一つが、干した山菜を炊き込んだごはんでした。決して派手さはなく、どちらかといえば地味な料理です。

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ソウルの市場で売られているさまざまな種類の干し野菜。

テジョンという、ソウルから新幹線で1時間ほど南下した町で、私はこの料理に出会いました。テジョンには、私の熊本の料理教室に通って下さっている生徒さんが暮らしています。彼女は日本生まれの日本育ちですが、韓国の方とご結婚して30年、地元の方に料理を教えるほどの料理好きで、韓国と日本間の距離もいとわず、はるばる私のもとに足繁く通っていただいているのは、本当にありがたいことです。

そんな彼女が、お隣の国、韓国の食にまつわる旅にいざなってくださいました。韓国には何度か行ったことがありましたが、知る人もいなく、ハングルも解さない私にとっては、近いようでどうしても奥の奥までは入れない国でした。食べ物もおいしいけれど、それがどういう成り立ちなのかがわからない。知りたいことはたくさんあっても、糸口が見つからない。それが、急に親戚ができたような気持ちで、久しぶりの韓国へ旅立つことになりました。ソウルに1泊し、翌朝新幹線に乗ってテジョンで降りると、駅のホームで両手を広げて笑顔で迎えて下さいます。旅先で知っている人の顔を見つけた時の安堵感は、世界中、どこに行っても同じです。

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まだ暗いうちから活気のある市場。

駅に着くやいなや、寸暇を惜しまず、その足で市場へ出かけました。生の野菜や干し野菜、魚介に肉、干した魚や海藻、ごま油やえごま油や唐辛子、塩、漬物、みそなど、見ているだけで体中が韓国料理に染まってゆくような、食材の渦に巻き込まれます。ソウルの市場と比べると、どこかのどかで、地方都市ならではの寛ぎを感じます。

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ソウルの市場に並ぶ、青々とした唐辛子。

そして、待ちに待った昼ご飯は、「亜衣先生がテジョンにいらしたら、絶対に食べて欲しい」と言われていた、”えごまのすいとん”を食べに行きました。(このすいとんは、衝撃的なおいしさでしたので、また改めて別の記事に書こうと思います)さらには、餅菓子屋さん、漢方茶の店、ホットック屋台、花梨のお茶屋さん、マート(韓国では大きなスーパーマーケットのことをマートと呼ぶそうです。)などなど、ありとあらゆる食にまつわる場所に案内していただきました。

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白濁したえごまのスープに入った、えごまのすいとん。

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韓国で食べてみたかった、大豆もやしの炊き込みごはんとの出合い。

盛りだくさんの1日も終盤に差し掛かり、そろそろ夕飯の時間です。実は、いくつかの案をご提案いただいていたのですが、かねてから韓国で食べてみたかったものがあり、思い切ってお願いをしてみました。「大豆もやしの炊き込みごはんが食べられるお店をご存知ありませんか?」大豆もやしを米と一緒に炊き込み、辛いたれをかけてからよく混ぜて食べるごはんは、私が学生の頃から今まで、ボロボロになってもなお愛用している韓国料理の本にレシピが載っています。一度だけ、新大久保の韓国料理店で献立に見つけ、食べてみたことがあるのですが、その後もいつか、本場・韓国で食べてみたいという思いを温め続けてきました。

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大豆もやしのゆで汁は、スープとして飲む。 

「大豆もやしのごはん……、普段食べに行くところにはないけれど、どこか探してみますね」そうおっしゃって、韓国人のご主人が見つけて下さったのが、ある一軒の食堂でした。車を降り、その店を目指すと、はす向かいの現代的な食堂が割とお客さんで混み合っているというのに、肝心な店の前はしん、と静まり返っています。外壁には習字紙が貼られ、扉を開けて店に入ってみると、中の壁にも習字紙が張り巡らされています。外装にも内装にも、何らかのこだわりは感じられましたが……、しかし、肝心のお客さんは誰もいません。たった一つだけ、人の気配だけがかすかに残る食卓に、先客が残していったであろう使い終わった皿やバナナの皮が無造作に置いてあるのが見えます。オモニが大急ぎで片付ける様子を見て見ないふりをしながら、「しまった、ここは失敗だったかな」と、わざわざ選んでいただいてひどい話ですが、そう思わずにはいられませんでした。でも、せっかく連れてきて下さったお店です。心を持ち直して、案内された席に座ります。

壁には簡単な献立らしきものが貼られており、4種類の選択肢があることだけがわかりました。翻訳していただくと、お目当の”大豆もやしのごはん”の他に、”きのこのごはん”、“チナムルのごはん”そして、”コンドゥレのごはん”があります。「チナムル?コンドゥレ??」私は、韓国語の発音を聞き取るのも精一杯なら、意味も全くわからず、ちんぷんかんぷんです。でも、ちょうど4人でしたので、全部頼んでみましょう、ということになり、4種類のごはんを注文しました。

私の席からはちょうど厨房の中が見渡せるようになっており、オモニが真っ先に向かったのは小さなおかずが種類別に入った冷蔵ケースです。それぞれの容器のふたを開けると、様々なナムルやキムチが入っています。こちらのお店では10種類ほどのおかずが運ばれてきました。主菜やごはんとは別に、野菜のあえものや漬物、のり、魚介類のおかずなどが小皿に盛られて出てくるのは、韓国では大抵どこのお店も同じですが、それぞれのお店にそれぞれの味があり、野菜の和え物や漬物の類をこよなく愛する私にとっては、とてもうれしい習慣です。早速、おかずに箸をつけてみますが、うん、どれもなかなかおいしいではありませんか。これはもしかしたら、期待できるかもしれない。身勝手な私の気持ちが高ぶります。

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店ごとに味が異なる自家製キムチ。

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それにしても肝心なごはんはどこから出てくるのだろう、と思いながら、横目で厨房を眺めてみると、さくさく、シュッシュッという音が聞こえてきます。見ると、オモニの手には太い大根が握られており、それを大きな野菜削りで瞬く間に削っているのが見えます。大根のごはんは頼んでいないけれど、何に使うのだろう?そう思っているうちに、ガス台にのせた大きな圧力鍋の中に、洗った米を入れるのが見えました。あとは、出てきた時の楽しみにしておこう。そう思った私は、ここで厨房を覗き見するのをやめました。ただ、わかったのは、鍋が4つあり、それら全てをガス台にのせたということ。つまり、どのごはんもこれから1種類ずつ炊くというわけです。

てっきり、すでに炊き上がったご飯が器に盛られて出てくるものと思い込んでいた私は、いい意味で面食らいました。そして、目の前の野菜料理をつまみながら待つこと15分ほど。目の前に運ばれてきたのは大きな鉢に盛られた、艶々、熱々のごはんでした。大豆もやしのごはん以外には、主な具材とともに大根が炊き込まれています。ああ、ここに大根が入るんだ。食べてみて、その意味がすぐに理解できました。きのこや山菜の持つ、独特の強い風味が、太く削られた甘い大根と合間って、よりその存在感を増しています。 

一通り料理を出し終わったオモニは、おもむろに食卓にあるステンレスのふたつき容器をぱかり、と開けて、これをかけて、よく、よく混ぜて食べてね。とスッカラで薬念(ねぎやにんにく、唐辛子、しょうゆ、ごま、ごま油などを混ぜた辛くて赤いたれ)をすくってごはんにのせてくれようとします。

『ちょっと待ってください!』韓国の方には怒られてしまいそうですが、実は私はしっかり混ぜられた料理が好きではありません。納豆もしょうゆをかけるだけで、一切混ぜませんし、ビビンバも、混ぜずにそれぞれの食材や味が際立ったままを口に運ぶのが好きなのです。そう、よく混ざっていた方がおいしいと思うのは、イタリアのパスタくらいでしょうか。「たれも後でかけます、でも、まずは、このまま食べさせてください!」そう懇願した私に、オモニは怒るでもなく微笑み、あら、じゃあ、ご自由にという感じで厨房の奥へ戻って行きました。

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それからの私の興奮と言ったら、数カ月経った今も忘れることができません。念願の豆もやしのごはんは、日本で食べた時の何倍もおいしかったのはもちろんですが、秀逸は、干した葉っぱを炊き込んだごはんでした。チナムルはシラヤマギク、コンドゥレは朝鮮あざみを干したもの。どちらも日本名は何となく聞いたことがあっても、今までそれらを意識して食べた記憶が私にはありません。早速調べてみると、どちらも可憐な花が咲く野草であることがわかりました。でも、その花の姿のイメージとは違い、どちらもしみじみとしたおいしさと、野のものだけが持つ、深い香りに満ちています。

「おいしい!!!」食べながら、私は何度も何度も声に出して叫びました。そして、このお店に少しでも疑いの気持ちを持ったことを、心から反省しました。一緒に食卓をともにした友人も、ふだんは小食ですが、気がつけば大盛りのごはんをきちんと一人前平らげていました。そして、やおら厨房から出てきたオモニがぽん、と私たちの食卓の真ん中に置いたのは、もやしが姿のまま米に絡まってパリパリ、こんがりと焼けた、豆もやしのおこげでした。豆にも軸にも張りのある、豆もやしでなければ、こんなに見事なおこげはできそうにありません。歓声を上げる私たちに、続いて運んできてくれたのは、赤い油がたっぷりと絡まった春雨と豆腐の炒め物です。私たちが興奮の渦に巻き込まれている間に、気がつかないうちに、お客さんが1組、奥の座敷に座っていました。そして、彼らの前には大皿に盛られた同じ料理が運ばれてゆきます。どうやら、喜々として食べる私たちに気を良くしたオモニが、密かにおすそ分けをしてくれたようです。

小さなお皿にこんもりと盛られた炒め物は、私たちの胃袋にあっという間に収まりました。すると、同席していた韓国人のご主人が、間髪入れずにおこげを炒め物の皿に残った汁の中に入れ、スッカラでこれでもか、これでもか、と混ぜてゆきます。この上なくパリパリに焼けたおこげともやしは、いくら混ぜてもへたることがないのです。こうなったら、私も混ぜたくないとは言っていられません。唐辛子や香味野菜の旨みが滲み出た赤い油の中で、艶々に輝くおこげと豆もやしはその日の夕飯を締めくくるにふさわしい存在感でした。

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焦げ付いたおこげにあたたかい出汁を注ぐ食べ方も。

そして、私は、渾然一体をよしとする韓国の料理のおいしさが、その時初めてわかったような気がしたのです。とはいえ、韓国の味や人を知るには、私の旅は短すぎました。でも、何度訪れてもずっと未知のままだったお隣の国の扉が、ほんのわずかですが開いた夜であったことには違いありません。

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キムチ、チジミ、色々な食べ方で食卓に並ぶ白菜。

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その後も、私の韓国熱は冷めることなく続いています。幸い、その後ひと月余りでまた韓国へ旅することができ、二つの旅を通して食材、作り方、食べ方、味、香り、本当にいろいろなことを短い旅の間に教えてもらいました。あくまでも、自己流ではありますが、もはや韓国の料理は少しずつ我が家の味になりつつあります。そして、またいつだって韓国を旅してみたいという思いが私の中に湧き上がってとどまることがありません。

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歩いても歩いても、興味が尽きることはない。

2019年5月7日     細川亜衣

本サイト上とフィガロジャポン本誌にて連載中の「細川亜衣の旅と料理。」2019年6月号(4月20日発売)では細川さんが韓国の旅で着想を得た「イチゴと五味子のデザート」のレシピ、7月号(5月20日発売)には、「干し野菜ごはん」のレシピを掲載。

photos:YAYOI ARIMOTO

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