大分の食・うつわ「FOOD NIPPON 2015」と、
緒方慎一郎さんの本『HIGASHIYA』

デザインの取材を重ねるほどに、クラフトや食のプロジェクトの取材が増えてきました。食もうつわも、日常の道具も家具も、私たちの生活と切りはなせない。そう思い、各地での取材を楽しんでいるところです。

デザインや創造という視点で「食」を取材することで、忘れかけていた視点に気づかされ、はっとさせられることもしばしば......。最近の取材先のひとつが大分でした。世界が注目する大分の竹芸(ちくげい)を取材し、優秀な若手作家たちの活躍に感激していた私です。また大分といえば「フィガロジャポン」7月号でも紹介されていた大分県立美術館の開館や「別府現代芸術フェスティバル2015 混浴温泉世界」も話題になっていますね!

こうしたこともあって、いつも以上に気になっていた「FOOD NIPPON 2015」。和菓子の店「HIGASHIYA」、中目黒の「HIGASHI-YAMA TOKYO」を率いる緒方慎一郎さん(SIMPLICITY代表、クリエイティブディレクター)が始めたプロジェクト「FOOD NIPPON」で今年とりあげられているのが、大分なのです。

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2013年にスタートした「FOOD NIPPON」。緒方さんは空間からグラフィックまで幅広くデザインを手がけています。最近ではホテル、アンダーズ 東京の空間デザインも。

「"FOOD"を知ることは"風土"をひも解くこと」。その考えで「日本各地に代々受け継がれてきた食文化を掘り下げ、先人の知恵や工夫に学びながら日本の豊さに出逢う場を紡いできた」FOOD NIPPONは、2013年の長崎県にはじまり、岩手県、香川県、北海道と開催されてきました。このデザイン・ジャーナルでは香川県の開催時に紹介したことがあります。

プロジェクトを始めた背景について、緒方さんはこう述べています。「若い頃、憧れの対象は海の向こうにあった。ひとつでも多く、一秒でも長く、それを見たくてさまざまな国を渡り歩いた。けれどある時から、本当に憧れるべきものは海の向こうではなく、一番身近なところにあるのではないかと思い始めた。自分の生まれ育った国の文化を学び、慈しみ、誇りを持つことこそ必要ではないかと」

そして今回、「豊の国」と称される大分の食材を活かした料理を大分のうつわで味わえる機会に。大分といえばしいたけも有名ですね(大分県立美術館のミュージアムショップでも販売されていた大分のおみやげシリーズ「Oita Made」でも、しいたけがありました!)。

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「FOOD NIPPON 2015」春の特別ディナーコース。Photo: Courtesy of SIMPLICITY(今回の写真すべて)

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「FOOD NIPPON 2015」夏の特別ディナーコース。

「FOOD NIPPON 2015」では季節によってテーマが設けられており、春は「発酵」、夏は「伝承」でした。これから登場する秋の料理では「持続可能」がテーマだそう。

そう聞いて頭に浮かぶのが大分の北東部、国東半島の宇佐地域が、国際連合食糧農業機関(FAO)による「世界農業遺産」に認定されていること。この地域にとって十分ではない水をなんとか得る工夫を凝らしながら水田農業を続け、クヌギを活用した原木しいたけの栽培にも力が注がれてきました。食のしくみを工夫してきた大分ならではの食材を活かしたメニューが登場します。

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ゆず(上)、臼杵市野津町の野菜。

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田染荘(たしぶのしょう)の景観。クヌギ林を管理することで得る水源で水田農業が営まれ、多様な生態系が育まれています。

あわせて今回も注目したいのが、うつわをはじめとする大分の手仕事です。緒方さんとスタッフの皆さんが大分に足を運び、窯元や職人さんとのやりとりで準備されたFOOD NIPPONのためのうつわが料理に用いられているほか、FOOD NIPPONが開催されている5カ所での展示、販売もされています。

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FOOD NIPPONの料理に用いられているほか、展示・販売されているものは次の方々の作となります。小鹿田焼 坂元浩二窯(陶器)、阿南維也(磁器)、森上 智/竹の工房 仁(竹工芸)、森脇けい子(竹工芸)、中臣 一(竹工芸)、中村さとみ(竹工芸)、君山和高・広瀬慶子/basknode(木竹工)、後藤文生/grow(木工)。

一子相伝で技が守り続けられている小鹿田(おんた)焼の窯元による皿や、日本一の真竹(まだけ)の産地であることを背景に、150以上という多様な編み方を誇る大分の竹工芸......。地元で手に入る素材を活かしてつくられてきた食のための品々も、風土、文化を知る大切なもの。

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上から順に、小鹿田焼 坂元浩二窯、阿南維也さん、森上智さん、森脇けい子さんの作。

今回、さらにもうひとつご紹介したいのが、先日発行となった本、『HIGASHIYA』です。緒方さんが2003年に中目黒に開店した和菓子の店「HIGASHIYA」をご存じの読者も多いかと思いますが、その経緯や和菓子に込めた想いを緒方さん自ら記した初めての本になります。

四季の移ろい、自然の変化を楽しむ心の豊かさから生まれた和菓子。「由縁」や「ひと口」など8つのことばととともに紹介される「果子(かし)」の考え、「包」「茶」「店」......。店のデザインについても、「影向(ようごう)」「仕度」「頃合(ころあい)」など、大切にされた視点とともに紹介されている興味深い一冊です。

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『HIGASHIYA』著者:緒方慎一郎、構成・寄稿:松岡正剛、発行:青幻舎。¥3,900(税別)。
趣向が凝らされた美しい装丁にも注目を。菓子の包みを手にしたときの、あるいはその包みを開けるときの何ともいえない幸せな気持を思い起こしながらこの本を手にし、読み進みました。
詳細は http://higashiya-shop.com/fs/simplicity/c/book/


巻頭の文章を抜粋しておきましょう。ここでは和菓子についての文章となっていますが、はばひろく食、ものごとにも同じく感じられる日本の心。その表現からこの一冊は始まります。

生きとしいけるものすべてのなかに命がある。
種を蒔き、しんぼう強く四つの季節を過ごして実りを待つ。
天を仰ぎ、地を耕し、雨を恵みにあらぶる神を祈りで鎮める。
繰り返す営みの果てに、手をあわせ、命をいただく。
端々しい豊かな大地のなかで育まれた、小さな宇宙を和菓子と呼ぶ。
ひと粒の菓子のなかに、命の喜びと、
はかない美しさをあらわしてきた私たちの国。
うれしいときも、悲しいときも、
わかちあうためにつくられた、幸せのかたち。

日本の文化、自然観と日々の暮らし、お料理、和菓子、受け継がれてきたものと現在、さらにはこれからを考えるうえでも大切なものが凝縮されたFOOD NIPPONというプロジェクトと一冊の本。日本の生活の豊かさ、奥の深さ、美の本質......。たくさんのことを私たちに教えてくれます。


○ HIGAHI-YAMA Tokyo(中目黒)http://higashiyama-tokyo.jp
特別ランチコース ¥4,000、特別ディナーコース ¥8,200(税込、ドリンク料金別)
夏の開催は終了しています。
秋の開催は8月31日〜9月12日、冬の開催は11月30日〜12月12日

○ HIGASHIYA GINZA(銀座)http://www.higashiya.com/shop/ginza

以下の店舗でもFOOD NIPPON特別メニューの提供やうつわの展示販売が行われています。
上記2店舗をあわせ、詳細はFOOD NIPPONのHPをご確認ください。
FOOD NIPPON 2015 http://higashiyama-tokyo.jp/foodnippon2015/

○ 坐来 大分(銀座) http://www.zarai.jp *8月10日まで特別メニュー
○ アニス(初台) http://restaurant-anis.jp
○ 由布院温泉「山荘 無量塔」 http://www.sansou-murata.com

Noriko Kawakami
ジャーナリスト

デザイン誌「AXIS」編集部を経て独立。デザイン、アートを中心に取材、執筆を行うほか、デザイン展覧会の企画、キュレーションも手がける。21_21 DESIGN SIGHTアソシエイトディレクターとして同館の展覧会企画も。

http://norikokawakami.jp
instagram: @noriko_kawakami

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