うつわディクショナリー#57 森の再生につながるうつわを。木工家・須田二郎さん

木の生命力を感じさせるシンプルさが魅力のうつわ

須田二郎さんの作るうつわは簡素だ。その分、それぞれの木が持つ年輪や肌触りが鮮明に感じられてその木が育ってきた年月や環境についてふつふつと興味がわいてくる。手にとった時、そんな風に感じられたなら須田さんはきっと喜んでくれるだろう。なぜなら、彼は、日本の森林の未来を考えて木工家になった人だからだ。
 
 
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—須田さんは、木こりとして森に関わった経験から、木のうつわを作るようになったとか。
須田:森林組合の手伝いで木こりをした時に、手入れが行き届かず荒れ果てた雑木林を見たり、宅地を作るために大量の木が伐採される現実を目の当たりにしました。日本に石油が普及する前は、雑木林から木を切ってきて薪にし、落ち葉は堆肥にして生活にいかしていたでしょう? 普通に生活していれば、定期的に林から適量の木が伐採されて手入れされ、荒れることはなかったんです。だけど、この数十年は、宅地開発がどんどん進んで林全体を伐採してしまうようになった。一銭にもならないような木が大量に出るようになったんです。そういう木を譲り受けると同時に、ウッドターニングという技法を独学で習得して仕事を始めました。
 
—日本の木をいかすために、作り手になったのですね。
須田:伐採された木は、大抵、燃料用のチップになりますが、それでは二束三文です。もうすこし価値の出るものに作り変え資金になれば、雑木林を手入れして残せるのではないか、森を再生しようという人も増えるかもしれないと思ってうつわを作り始めました。木をいかしたいというのが動機だから、作家という意識はあまりないですね。
 
—ウッドターニングとは、どういったものですか?
須田:木工旋盤という機械に木の塊を固定し、回転する木に刃物を当てて削りかたちづくる技法です。その機械がちょうど90年代後半に日本に入ってきました。僕はすぐにその機械を購入し、付属のDVDを参考に見よう見まねで作ったのが、サラダボウルです。旋盤の機械は、技術のある木工家や職人の努力で年々改良が進められて、誰もが安全に使えるように進化し続けています。現代の木工家は、その恩恵を受けていると思いますね。
 
—須田さんは、日本で初めて、生木のサラダボウルを作ったそうですね。
須田:海外では、80年代からリチャード・ラファンという作家が注目を集めていて、彼が出版したウッドターニングの入門書もよく参考にしましたが、日本では、木のうつわを作る人はあまりいませんでしたね。仕上げにサラダ油を塗り無垢の木の風合いを残すようにしたのも僕です。ボウルは、森や林から切り出したばかりの生木を削って作ります。生木は水分を多く含んでいますが、その後、2週間ほど乾かすと、水分が抜けるにつれ自然と歪んでいく。その歪みが一つ一つ違う形や表情を作り出すんです。
 
—生木の状態からと聞いて、目の前のボウルを見ながら森林にそびえる大木を連想しました。
須田:時には森や林に入って自分で切り出します。僕が使うのは、いわゆる雑木なので木の種類は選びません。ナラ、サクラ、カエデなどが多いですが、手元に届いた木の太さや状態を見て作れるものを作る。だから、ボウルも平皿も、基本的には一点もの。できたなりの形と大きさです。それがいいといって買ってくださる方がいて、これまで続けることができました。
 
— 一点ものなのに小皿なら2000円前後、ボウルは1万円前後とリーズナブルな値段。それもたくさんの方が手に取る理由のひとつだと思います。
須田:森の再生に役立つことをしたいので、まずは使ってもらうことが第一。頑張らなくても買ってもらえる値段に抑えるために、短期間でたくさん作れるような高い技術を習得しました。数を作るなかで身についた技術から生まれる形が、結局、一番美しいのではないかと思うことがありますよ。
 
—とはいえ、ボウルは、本当に伸びやかで綺麗なフォルムをしているし、カトラリーはオリジナルなデザイン。細長のケーキサーバーや穴の空いたヘラなど調理関係の道具にも形に特徴がありますね。
須田:カトラリーは、うつわを作った残りの木や家具の端材から、適した木目を選んで作ります。適材適所を探すには時間も手間もかかりますが、できるだけ余すところなく木を使いたいという気持ちが強いんです。僕が活動してきた時代は、スタイリストや料理家さんたちが、雑誌などでライフスタイルを提案しはじめた時代と重なります。デザインは、そうした女性たちやギャラリーの方にたくさんアドバイスをもらってきました。「ひとつひとつ用途が違うのだから、何のために使うのか考えて作らないといけないのよ」なんてよく言われてね。自然をいかしつつ、手にとってもらえるデザインを考えるのも必要なこと。あの言葉は、いまでも役にたっていますよ。
 
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*2019年9月16日(月)まで、うつわshizenにて「須田二郎 木のしごと展」を開催中です。
 
今日のうつわ用語【リチャード・ラファン】
1970年代からウッドターニング(木工旋盤)による作品を作り始め、現在はアメリカで活動する木工家。ウッドボウル、プレート、スプーンなど生活のものを作る。1985年出版の入門書は多くの木工家の参考書となった。70代の現在も現役で活動する。1943年生まれ。
【PROFILE】
須田二郎/JIRO SUDA
工房:東京都八王子市
素材:木(サクラ、ナラ、カエデ、クルミなど)、漆
経歴:大学卒業後、世界各地を放浪。帰国後、農業や林業に関わったのち、雑木林の再生のため2000年ごろから木のうつわを作り始める。1957年新潟県長岡市生まれ。

うつわshizen
東京都渋谷区神宮前2-21-17
Tel. 03-3746-1334
営業時間:12時〜19時
定休日:火曜日
http://utsuwa-shizen.com
✳商品の在庫状況は事前に問い合わせを

『須田二郎 木のうつわ展』開催中
会期:2019年9/11(水)〜9/16(月)

photos:TORU KOMETANI realisation:SAIKO ENA

うつわライター/編集者

フィガロ編集部を経て独立。子育てをきっかけに家族の食卓に欠かせないうつわにはまり、作り手を取材する日々。うつわを中心に工芸、インテリア、雑貨など暮らし関連の記事を執筆。著書に『うつわディクショナリー』(CCCメディアハウス)。Instagram:@enasaiko

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