2020年以降、若者のメンタルヘルスは憂慮すべき状態に。

Lifestyle 2021.12.31

この夏、アメリカ代表の体操選手シモーネ・バイルズが、東京オリンピックで精神的な不調を告白した。この出来事が雄弁に物語るように、いま、特にコロナ禍で深刻な影響を受けている18~30歳の若者たちは、精神的苦痛を抱えていることを公にし、心の健康を取り戻す権利を主張しはじめている。フランスの「マダム・フィガロ」のレポートをお届けする。

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18~30歳の若者たちは、精神的苦痛を抱えていることを公にし、心の健康を取り戻す権利を主張し始めている。photo: Getty Images

史上最多メダル獲得数を誇る体操選手の24歳のシモーネ・バイルズは、東京から金メダルをごっそり持ち帰ってくると言われていた。ところがその逆で、精神的に競技に参加できる状態にないと説明し、彼女はほとんどの試合を棄権。世界中が彼女の身体に注目する中、彼女は自分の精神状態を優先し、オリンピック委員会は選手に過度の重圧を負わせる現行システムの弊害を目の前に突きつけられた。

その数カ月前には、世界ランキング2位の23歳の日本人テニス選手の大坂なおみが、選手の義務となっている試合後の記者会見に出席したくないという理由で、全仏オープンを棄権。大坂は自ら事情を説明し、近年うつや社交不安障害に苦しんできたことを世界中に向けて告白。その際にアスリートのためにそろそろ規約を見直してもいいのではないかと意見を述べた。

世界中から大坂やバイルズの勇気をたたえる声が上がった。努力や自己超克を一身に体現するアスリートたちが自分の弱さを認める。その行為には力がある。そして、「メンタルヘルス」という言葉に象徴される現象がそれだけ大きなうねりとなっていることを示唆している。

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「どう線引きをするのですか?」メンタルヘルスについて記事で取り上げると話すと、若手の心理学研究者はすぐにそう問い返した。答えるのは簡単ではない。この言葉が登場してまだ日は浅い。かつては、一方に単に健康と呼ばれる状態があり、他方に精神疾患や精神障害があり、両者の間には何もなかった。あるいは、人生には浮き沈みがつきものだからと、歯を食いしばって耐えるしかなかった。なぜならカウンセリングを受けるのは「頭がおかしい人だけ」だったからだ。

「私たちは歴史的な瞬間を生きている」と、メンタルヘルスについての情報提供を行う公的機関「Psycom」のディレクターを務める心理学者のオード・カリアは言う。「数年前から、メンタルヘルスは、病を抱える人だけでなく、私たち一人ひとりに関わる問題で、人生とともにメンタルの状態は変化し、ケアすることが大切という意識が浸透し始めています」

パンデミックで私たちはそのことを否応なく学んだ。コロナ禍でまず最初にダメージを受けたのは若者たちの精神だった。不安やうつ、摂食障害の訴えや、自殺未遂者数の増加がほかのどの年代よりも若者の間でとくに顕著だった。人とのコミュニケーションの機会が減り、将来の見通しも立たず、大学の講義もオンラインのみ。経済難から食料配布センターに並ばざるを得ない。こうした状況で多くの若者たちが追い詰められた。学校や大学、あるいは仕事に戻ることもストレスの種になった。急遽また、友達をつくったり、筆記試験の方法論を身につけなければならなくなったのだ……。

もちろんウイルスはまだ蔓延している。この1年半、若者たちは苦しみ続けている。誰もがそれを目の当たりにしてきた。ここにきて、耐えきれなくなった彼らが自らの窮状を声高に訴えはじめた。「2020年に20歳であることはつらいことです」。フランス大統領でさえ演説の際にそう認めている。

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切迫感

つらいのは支援が不足しているためでもある。精神科の病院は人手不足で、常に予約が埋まっている状態だ。アメリカでは学生1500人につき1人の心理カウンセラーがいるのに対し、フランスは学生3万人に1人。去る2月、パンデミック宣言から1年経ち、政府は学生向けに「心理カウンセリングチケット」の支給を開始し、数カ月後には3~17歳の児童を対象に10回分のカウンセリング費用を公的医療保険が負担することを決めた。2021年初頭に予定され、何度となく延期されてきたメンタルヘルス会議も11月末にようやく開催された。

この間にも、医師や精神科医、臨床心理士らは、精神的な不調を抱えた何千人もの子どもたちが必要なケアにアクセスできるよう、大規模な計画の策定を求めている。最もコロナの重篤化が危惧される弱者を守るために、子どもたちはさんざん犠牲になってきたのだから、ケアの権利がある、と。

「感染拡大の責任を転嫁され、行動の自由も奪われて、多くの若者が憤りを覚えていました」と、パリのコシャン病院「青少年の家」施設長を務める小児精神科医のマリー=ローズ・モロは指摘する。『若者たちの幸福と健康のために』(1)の共著者でもあるモロはこう続ける。「この世代の立場は微妙。彼らの役割を困難にしたり、不安をあおるような論調も見られます」

若い世代はすでに大きな不安を抱えている。彼らの親の世代が同じ年齢だった頃と比べても、いまの若者たちの不安は相当に大きい。フレデリック・ダビとストゥワール・ショーの共著書『亀裂』(2)によると、1999年には若者の83%がこの時代に生きていることを幸運と感じると回答していたが、2021年は47%にまで低下しているという。今現在18~30歳の若者は上の世代に比べて幸福度も社会の現状に対する満足度も低く、気候危機や社会的格差や差別に直面しながら、つねに不安と怒りを抱えて生きている。

「こうした問題は20年前にも存在していたが、いま、より早い答えが求められている。現代の若者たちはそれだけ切迫感を抱えて生きているということであり、それが彼らと上の世代を分けるポイントです」とショーは分析する。「しかしこれは原動力でもある。フランスの若者たちは楽観的で、回復力があり、世界のために行動することに非常に積極的。無気力な犠牲者という評価とはかけ離れている」

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沈黙を余儀なくされる世代

しかし世間には、いまの若い世代は泣き虫の大群と見る声も多い。「メンタルヘルスという言葉にはもう耐えられない」と、パリに住む40代の大企業管理職の女性はいら立ちを隠さない。「ちょっとしたことですぐに傷つく世代」と、さらに10歳年長の別の証言者はため息をつく。こうした辛らつな言葉を前に、彼らは口をつぐむしかない。

2020年12月にQareの委託でYouGovが実施した調査によると、18~24歳の若い世代でカウンセリングを受けたことのある人の数は上の世代のほぼ2倍。また、10人のうち3人がカウンセリングに通っていることを誰にも話していないと回答した。偏見の目で見られるのが怖いというのが主な理由だ。フランスの全年齢で見ると、自分のメンタルヘルスについて家族に話していない人は10人に9人近くに上る。

「若者たちは、お互いにセラピストを紹介し合ったり、情報交換を行なっている」と、前述のモロは話す。「ただ大人は彼らの話を必ずしも真剣に受け止めていません。男子より女子のほうが人に話したりカウンセリングを受けることに抵抗が少ない。また、裕福な家庭の子どものほうが中流あるいは貧困家庭の子どもに比べて抵抗感が少ない」。したがって、いまの若者たちはまず自分の欠陥を認めるために闘い、その次に自分の生きづらさの正当性を主張し、心の健康を取り戻す権利のために闘わなければならないのだ。「何のために黙って苦しまなければならないのか?」自分の親や教師や上司に対し、この世代の若者たちが投げ掛けている疑問はいたってシンプルだが、背後には無数の別の疑問が控えている。

現在25歳の学生オルガが、この疑問を提起したのは10年前。ロワレ県の高校に入学したときだった。成績優秀で友だちも多かったが、当時の彼女は不安を抱えた不遜な生徒で、授業をサボることもあった。「オーソドックスな教育システムに居心地の悪さを感じていました。両親と話すとすぐに言い合いになった」と彼女は当時を振り返る。

権威的な大人たち、垂直的な知識の伝達、将来のことを考えなさいと急かす声。それらが彼女を不安にさせた。我慢して真っ当な道に戻りなさいと多くの人に説得された。彼らの言うことを聞くかわりに、15歳になったばかりの頃、オルガは両親を説得し、自由と責任をモットーに掲げる実験学校のひとつ、パリ自主管理高校に転入する。「自分に自信が持てるようになり、少しずつ気持ちも落ち着きました。そこでは悩むことが許されていました。過度のプレッシャーをかけられることもなく、将来社会で自分が果たす役割を決めることができました」

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適応するべきは現実のほう……

大学や就職活動でも問題となるメンタルヘルスケアだが、その背後に隠れている数々の課題のひとつは、現実との適応の問題だ。「19世紀の産業主義的なイデオロギーに囚われたままの社会的成功。そのために支払う代価について疑問を感じる人が増えている」と、神経精神科医のボリス・シリュルニクは強調する。「社会的成功には途方もない人的犠牲が伴います。個人の幸せ、家族との生活、愛情によるつながり。若者たちはそういったものをもう犠牲にしたくないと考えているのです。成功はもうノイローゼの副次的利益であってはなりません。1日に18時間、1週間に6日も働くなんて、それはもはやノイローゼ患者です」

「ハフィントン・ポスト」創業者のアリアナ・ハフィントンのようなパイオニアに倣って、若者たちはいま、一人ひとりの欲求が野心とお金と同じように価値を持つ、より健全な新しい道を切り拓いている。適応するべきなのは現実のほうなのであって、その逆ではない。

26歳のアントワーヌもこうした考えから田舎での一人暮らしを選択した。しかも何ひとつあきらめることなく。ベンチャー起業の経営者で、10人の従業員はもともと全員がリモートワークだ。今年の春、彼はパリを後にした。「かなり孤立していました。仕事が忙しくて、付き合いが悪くなったと周囲からいつも責められていました」と彼は語る。

住居兼仕事場の小さなアパルトマンから見えるのは駅と線路。彼はブルターニュの片田舎にある家族の家に単身移住することを決めた。長い間誰も住んでいなかった家はひどい状態だったが、彼はそこで自ら選択した静かな生活を満喫しながら、好きなときに好きなだけ仕事をしている。夜は家のリノベーションをしたり、草の生い茂る敷地に庭を作ったり、英仏海峡に頭から飛び込んでリラックスする。「以前に比べてとてもゆっくりした、落ち着いたリズムで生活していると感じます。よく眠れるようになったし、ストレスもだいぶ減りました」。

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条件付けられた幸福

前述の書籍『亀裂』によると、18~30歳の42%(2007年には31%)が、自由な時間を持つことを人生の成功の鍵のひとつと考えている。彼らにとって人生の成功の鍵の1位は「幸福な家庭」で、「自由な時間」は2位。「友人」、「恋愛」、「キャリア」よりも上位だ。「こうした家好きの若者たちは、1980年代に核家族や家庭へ回帰し、郊外の一戸建て需要の急増やインテリア産業の発展をもたらした若者たちの子どもの世代に当たります」とジャーナリストで『ミレニアル・バーンアウト』(3)や『コクーン文明』(4)の著者であるヴァンサン・コクベールは説明する。「“セルフヘルプ”やメンタルエンジニアリングが登場し、感情のコントロールに役立つとされる新しい手法が次々と生まれる時代でもあります」

こうした手法の活況に一役買っているのが先端技術とSNSだ。若者たちはSNSで精神科学の概念を学び、自らの経験やアドバイスを共有する。インスタグラムだけでも、#mentalhealthや#mentalhealthawarenessといったハッシュタグの投稿数は5000万件を超える。フォロワー数660万人を数える@mytherapistsaysのような、うつや心理カウンセリングの実体験を自嘲ぎみに語って、自分の現状を受け入れようとするメンタルヘルス系アカウントもいくつも存在する。

しかしこうした盛況ぶりの裏には問題もある。若者の心の健康が一大ビジネスチャンスとして注目されたことで、なかば金儲けを目的とした悪徳業者も横行している。そして、他者や自己との関係を構築する際にあらかじめ道しるべをつくる傾向も目立つ。

それは、「有害な」関係を何が何でも避け、自分の周りに“セーフスペース”、つまり善意に満ちた安全な場所を作り上げ、「マイクロアグレッション」から身を守ること。また、睡眠評価シートや「自分の幸福度を図で表示する」アプリなど、各種のインディケーターやプロセスの詳細な指標を活用し、せっせと自分自身を観察する。「安心感は、得れば得るほどよけいに欲しくなります」とコクベールは言う。「自分と似た人たちに囲まれ、不安を掻き立てる暴力的な競争社会と無縁な場所で、のびのびと呼吸できる時間を持ちたいという欲求は害がないと思うかもしれません。しかしこうした閉じこもりが、不眠や不安やうつをさらに悪化させる原因になることもあります。とくに、世界をここまで不愉快なものと見做してしまったら、私たちは何が共有できるでしょう。安全の追求と不信感だけです」

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“文化的不協和音”のリスク

この問題はワクチン反対派や彼らが唱える数々の陰謀論と並んで、これまでになく世間の関心を集めている。しかしこれはより広範囲に及ぶ現象の一端に過ぎない。公の議論の場でも、いまや感情や精神的苦痛は、政治的あるいは哲学的概念と同じように、説得手段として機能している。「黄色いベスト」運動のデモを生んだ、軽んじられているという思い、人種差別やLGBT嫌悪が及ぼす心理的な影響も、配慮しなければならない。

「いまは万人が意見を表明しています。これはとても興味深いことです」とシリュルニクは言う。「しかし、社会のなかで生きることは、禁止を受け入れることにほかなりません。自分の欲求や欲望を何でもかんでも言えばいいわけではない。そんなことをすれば文化的な不協和音に陥ってしまうでしょう。誰もが自分が正しいと思うあまりに意見の不一致に耐えられなくなる。そうなると、真実という幻想を与えてくれるスローガンを鵜呑みにして思考停止してしまう危険があります」

若者たちは自分の身を守るためにスローガンのもとに逃避しているかもしれない。しかし彼らは世界を変えたいだけなのだ。そして、世界を変えるための鍵をくれ、と大人たちに要求しているのだ。

ブリトニー・スピアーズの苦境

11月12日、カリフォルニア州判事はブリトニー・スピアーズの成年後見人制度を終了する決定を下した。13年間にわたって、ブリトニーは財産や私生活(避妊方法の選択まで)に関する自己決定権を奪われていた。時代が変化しつつあることの証だ。2000年代には、ヒステリックで不安定と評されたブリトニーのメンタルヘルスの問題はタブロイド紙に格好の話題を提供してきた。2021年に彼女自身が自らが置かれた不当な境遇を告発し始め、成年後見人制度の終了を要求すると、一般大衆やマスコミや政治家たちは、一転して、彼女のことを擁護すべき犠牲者、救わなければならない女性として見るようになった。
 

 

(1)Marie-Rose Moro、Jean-Louis Brison共著『Pour le bien-être et la santé des jeunes』Odile Jacob出版
(2)Stewart Chau、Frédéric Dabi共著『La Fracture』Les Arènes出版
(3)Vincent Cocquebert著 「Millenial Burn-out」Arkhé Editions出版
(4)Vincent Cocquebert著『La civilisation du cocon』Arkhé Editions出版

text: Safiane Zaiaoune (madame.lefigaro.fr)

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