性科学で紐解く、恋と性欲と女の身体。

Lifestyle 2023.01.02

なくても生きていける恋愛とセックス。なのに、人生に大きく関わり、囚われる。 その時、私たちの脳や身体では何が起きているのか?  フランスの医師ふたりに、性科学を通してその複雑なメカニズムについて聞いた。

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Q「恋に落ちた」時、脳と身体にはどんなことが起きているのですか?

PB (Philippe Brenot、以下PB) 性欲は精神神経生物学的なメカニズムによるものですが、相手に惹かれる条件は心理的な面です。それは文化的な原型や内的イメージ、つまり昔から刻み込まれてきた要素が呼応することであり、それによって、ふたりの人間の間に「フラッシュ」が起きます。この時、神経ホルモンが活性化する。惹かれるという現象では、オキシトシンが相手のポジティブな面を強化し、ネガティブな印象を消すことで関係を可能にします。

BA(Bérangère Arnal、以下BA) 恋に「落ちる」という言葉が使われるのは、出会いの予測不能な側面のためでしょうか? いつ、どこで、どんなふうに、誰に、なぜ、人は恋に落ちるのか?  恋愛感情は謎だらけですが、「恋に落ちる」とすぐに、身体と脳には複雑な化学反応が引き起こされます。心臓が高鳴り、鼓動は速く、強くなる。呼吸は短く、感情が高ぶり、普段と違う汗が出てきて、女性はクリトリスが膨らむ。そして、すべての神経中枢とコミュニケートする大脳皮質、神経システムとホルモンの制御下で情報交換を行う視床下部、性的興奮と快楽、オーガズムの中枢を擁する大脳辺縁系(別名“ 感情の脳 ”)といった脳の複数の部位でさまざまなことが起こります。性的欲望は下腹部ではなく、脳の中で起きているのです。

チョコレートに含まれる分子で、抗うつ作用で知られるフェネ チルアミン(PEA)は、脳内麻薬であり、一目惚れホルモンと呼ばれています。これは脳を刺激し、ある種ドラッグのような多幸感や恍惚感、そしてハイパーアクティビティを引き起こします。さらに神経伝達物質であるド ーパミンの合成を活性化します。ドーパミンは肉体的にも精神的にも、いくつかのレベルで作用しますが、これが感情と喉の渇き、食欲、性欲の機能を司る大脳辺縁系と繋がっているのです。欲望のメッセン ジャーであるドーパミンは、恍惚感を与える効果があります。恋をすると食べることも飲むこも、眠ることさえ忘れてしまうのはそのためです。ただし、注意点がひとつ。ドーパミンの量が多すぎると、相手に完璧に依存してしまう恐れがあります。ドラッグのように相手に中毒になってしまう、というわけです。

また、愛着や優しさのホルモンと呼ばれるオキシトシンは、時間が経っても薄れずに持続する恋愛感情に寄与していると考えられています。ほかにも、視床下部から分泌されるゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)、テストステロン、β-エンドルフィンなどの化学物質が、急激な恋愛感情が起きた時に脳内で生成されます。β-エンドルフィンの分泌は至福の状態を引き起こし、世界観が変わって、人生がバラ色になります。一方でストレスホルモンであるコルチゾールの分泌は低下します。

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Q 恋愛感情なしのセックスは身体に悪い?

BA いまの若い世代の女性には、恋愛感情抜きの性的関係を、ジムやヨガのようなエクササイのひとつとして捉えている人もいます。恋愛感情のない、愛のないセックスだけの関係が身体にネガティブな結果を及ぼすことはありません。身体は物理的な刺激に反応し、次のセックスまでの間、快楽をもたらすでしょう。

Q 「恋をするときれいになる」といわれるのはなぜですか?

BA 確かに恋をすると女性は美しくなります。単におしゃれをして、相手に求められよう、気に入られようとするだけではなく、相手の視線の中に見える自分への欲望が栄養となって輝かせるのです。恋愛感情が芽生えた時に脳内から放出された化学物質によって、人生がバラ色に見えます。そして数週間、文字どおり「盲目」となり、現実の世界が見えなくなります。

恋に落ちることは、知らないうちに準備が整ったふたりが、知らず知らずのうちに互いに「クリック」して出会った結果。ただ、相手が自分と同じように感じていない一方通行の状態でこうした恋愛状態を過ごすほど辛いことはありません。

Q 恋愛当初の情熱的な状態が長続きしないのはなぜですか?

BA 信じ難いことですが、恋をするとドーパミンが優位になるため精神的な安定をもたらすセロトニンが減少し、思考力が低下して相手の欠点が見えなくなります。が、これは数カ月と続かないのです! そのために、関係が変化し、別れることもあるわけです。そのうえ、脳は欲望と快楽のホルモンに慣れてしまいます。ゆえに恍惚と情熱の時期は2年から6年ほどしか続きません。幸いなことに、この後に「愛着」がやってきて、愛が続けば愛着も強まっていきます。 

愛は、情熱的な恋愛状態が弱まり、それぞれが自分を相手によく見せようとする必要がなくなり、相手のよさと欠点を受け入れる時に、いわば意識的に構築されるものです。理想化から現実の段階になり、論理的には、一生続く愛の関係のための強固な基盤を築くわけです。もちろん一生続かない場合もありますが......。

Q セックスすると身体にいいことはありますか?  逆にしないと身体に悪影響がありますか?

BA 愛のあるセックスが身体に与えるよい反応はたくさんあります。免疫力の向上、体内の炎症の軽減。運動と同じように心肺機能を向上させます。またストレス軽減、抗不安、降圧作用、鎮痛作用、認知能力の向上。乳がん、男性では前立腺がんの罹患リスクを減少させるともいわれます。しかし性欲は、食欲、喉の渇き、睡眠や呼吸と違って、生きることに必要なものではありません。セックスをしなくても、また、パートナーがいないことで性欲が満たされなくても、女性の身体に悪影響を及ぼすことはありません。

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Q 性欲が湧くメカニズムとは?

BA  性欲は脳の嗅脳と大脳辺縁系で生まれます。感情、ホルモン、幻想、そして文化的、教育的な要素や、社会的、宗教的な禁忌事項などが性欲を誘発します。一方で性欲を妨害したり遮断するあらゆる要因ともなります。

Q 性欲とは一体何ですか?

PB  カップルの間で、性欲は必ずしも同じ意味とは限りません。それがカップル間の誤解に繋がることもある。欲望には、“欲しいもの” と “必要なもの” のふたつの意味がありますが、性欲に必要は存在しません。1カ月、あるいは1年、一生の間でさえ、セックスをしなくても生理学的なレベルでは何も起こらないのです! セクシュアリティの問題が語られるようになったのは、1960年代の性の解放以降。そして性的な不満が語られるようになったのは70年代以降です。それ以前は不妊についての不満しか表面化しませんでした。今日、若い世代はこうした定義とは無縁です。彼らは、経験を分かち合うという感覚を持っていて、“欲しい” と言うけれども、この言葉には性的な意味合いが含まれているとは限りません。

Q 男性と女性の性欲に違いはありますか?

BA 男性には身体の外に性器が出ているので、早い年齢から感情と官能的な接触やイメージとそれに続く勃起とを結びつけることができます。少女にとって、脳と性の関係はそれほどわかりやすくありません。「内部のペニス」であるクリトリスは同じように反応しますが、身体の内側に存在するため下腹部の感覚が隠されてしまい、脳まで伝わるとは限りません。これは後々、脳が性欲を「認識する」ことに繋がるだけに重要な点です。

男性の下腹部に性的な情動を生むには、女性の裸の肩が見えたり、Tシャツの下に乳首が感じられたり、セクシーな妄想、性的な連想などで十分。即時的で動物的です。日常から生じる刺激に関連した自発的な性欲が男性の75%にあるのに対し、女性では15%にすぎません。女性の性欲は男性のそれとはずいぶん違います。もっと複雑なのです。

ティーンエイジャーではロマンティシズムが重要な要素になりますが、セクシュアリティが進むと、自分の価値を認めてくれる、求められていると感じることが必要になります。セクシュアリティと感情を分けて考えることが難しい人もいます。女性にとって、セックスしたいと思うには恋愛感情が必要な場合が多い。そして、女性は誘惑されることも必要としています。女性の 84%が「性欲が高まるのはパートナーから求められていると感じる時」と言います。 

一方で、「衝動や男性の力強さを感じたい」「2時間もの前戯やキャンドルを灯したロマンティックな夜は必要ない」と言う女性もいます。こうした女性たちは必ずしもカップルではなく、時に愛がなくても、ただ人の温もりや、しがらみなく快楽を得るためのセックスをしたいという深い欲望を感じることがあると言います。

ホルモンの値で見ると、半数以上の女性は、生理中に性欲のピークを迎えます。それはテストステロンのわずかな上昇(と妊娠の危険が少ないという心理的な理由)によるものです。また、排卵時もエストロゲンが高レベルに達することから性欲はピークを迎えます。 

しかし、女性の場合、いつも性欲があるわけではありません。女性の3人に1人は「自発的性欲」を感じたことがないと言います。セックスをしたいと思ったことがなく、行為が始まって初めて性欲が呼び起こされる。「食べ始めると食欲が出てくる」タイプの彼女たちにとって、前戯は二重の意味で重要です。性科学医のエミリー・ナゴスキーが始めた研究で、「反応的性欲」と呼ばれるこのケースは女性の30%に見られますが、男性では5%にすぎません。もし、あなたの性欲が反応的なものだとしても、それは女性たちの大多数に見られるものですから心配する必要はなく、標準だということです。反応的性欲は、ホルモンの状態、感情的な失望 、これまでの性体験、教育など、それぞれが生きてきた歴史の結果です。そして社会における女性とその性的な位置づけとが関わる、より広い歴史の一部でもあります。

反応的性欲と自発的性欲。女性たちの半数はこの二極の間に位置しています。満ち足りていたり、性欲がなかったり......状況によって揺れ動く。また、まったく性欲がない女性も5%存在するといわれます。

PB 性欲は男女で意味合いが違います。男性たちは性欲をよくわかっていない。男性は勃起に対する反射に支配されています。性欲を感じる前にすでに勃起していることも多い。女性哲学者のルース・イリガレイは「女性はあちこちに性器があり、さまざまな部分で快感を得る」と言っていま す。男性は、本質的にペニスだけ。男女はまったく別のセクシュアリティを持っているのです。

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Q 出産後、夫に性欲を感じなくなる女性が多いのはなぜですか? 

BA それは、産後のホルモンの乱れによるもの。 母乳を与えていると子宮が収縮し、プロラクチン(乳汁分泌ホルモン)も多く、妊娠、出産、寝不足で疲れています。身体も出産前とは違います。回復には数カ月かかり、体重増加、妊娠線、腹部のたる、会陰切開で外陰部が傷つくなどのダメージを受けている人もいます。ですから、愛するパートナーからでさえ「求められている」と感じることが難しくなり、パートナーの欲望にこたえられなくなります。 

Q セックスが苦痛。それにはどんな影響がありますか?

BA セックスを苦痛に感じる原因はさまざま。膣炎や更年期の粘膜の乾燥による痛みなどは簡単に治療できます。また、子宮内膜症 (この病気は更年期で消滅する)のような病気が原因の場合も、ホルモン治療や抗炎症剤で改善可能な場合があります。ほかには難産後や骨盤の手術後など。挿入が苦痛なのは膣痙攣が起きているせいかもしれません。膣への侵入を阻止するために、会陰の筋肉が反射的に無意識に収縮します。この状態は心の問題にも結びついており、セックスセラピストによる治療が必要で、時間がかかることもあります。 

問題は、女性側が望まないのにセックスが課されたり強要された場合、そして、それが繰り返されたり、ほかの暴力(心理的、肉体的に)を伴ったりすること。鬱、不安、不眠、拒食症や過食症、アルコール依存、自殺未遂といったリスクが高まります。影響はすべてに及びます。 

Q セックスレスの夫婦にどのようなアドバイスをしますか? 

PB 性欲は対象によって機能し、活性化するには3つの要素が必要だと思います。第1に恋愛環境。性愛に関する問題を抱えているカップルと面談する時、「出会いの頃を思い出し、出会った場所に行ってみましょう」などと提案します。愛情、セクシュアル、 エロティックな瞬間をリードするのは女性でなくてはいけません。

第2に必要な要素は、落ち着き。これは人間のセックスの第一条件で、ストレスや危険がない場合しかセックスに集中することはできません。子どものいる夫婦によくすすめるのは、子どもたちに知られずに、ふたりだけで旅に出かけること。セックスは背徳の中で行うもの。16歳なら家をそっと抜け出す。人生も半ばになれば、セックスの邪魔になる子どもたちに何も言わずに出かけることで違反行為を犯す。年を経るに従い、互いに相手のすべてを知ってしまい、魔法にかかったような気持ちは失われてしまいます。その魔法がなければ愛は消えてしまうのに。人間のセックスはこっそり行うものであって、動物のように公の場所で行うものではありません。 

第3に、夜は服を脱いで裸になること。素肌の触れ合いは、ストレスを和らげ、絆を生むオキシトシンを目覚めさせて、性欲を生みます。身体が相手の手に届きやすいことが大事です。要するに一緒に暮らすアールドゥヴィーヴルは、相手を欲すること、そして相手の性欲を尊重することです。 

Q 性欲が減少するのはなぜ?

BA 性欲が乱れることを、「性欲障害」と呼びますが、性欲は軽度、中度、あるいは目に見えて低下することもあります。エロティックな要素を持つ夢の有無、幻想の有無によって性欲は多かれ少なかれ消滅することもあります。もうセックスしたいと思いたくない、と言う女性さえいます。女性の性欲の乱れは、ホルモン、感情、人間関係、社会、文化、といったさまざまな問題に関係しています。そして、男性よりも、カップルの関係の質に左右されることが多い。カップルでも虐待する男性に対して欲望を抱くのは難しい、不可能でさえあります。また、馴れ合いや性的不満足は性欲を殺してしまいます。たとえば早漏気味の夫を持つ妻の性欲について、何が言えるでしょう? 欲求不満の繰り返しの中で性欲を維持することは難しいものです。

P B 性欲が変化するのは普通のことですから、罪悪感を抱く必要はありません。男性は朝になると自動的に勃起するのと同じように、性欲は常に一定だと考えていますが、男性たちのセクシュアリティと違い、女性の性欲は条件に左右される。特に、恋愛環境に影響を受けます。 

Q 性欲は年齢でどう変化しますか?

BA 男性も女性も、40代から性欲が減少する傾向があります。恋愛状態へのハードルが高くなり、女性の場合、潤いやオーガズム時の収縮が減少します。多くのカップルの間で、時とともに性交の回数は減りますが、女性の性生活には年齢の限界はありません。ですから一部で考えられているように、更年期で終わり、ということはないのです。

男性では、勃起の自発性、持続性、オーガズムが弱くなる。射精後に再び勃起できない時間は年齢とともに長くなります。

年齢を重ねるとホルモン量が減少することで男女ともに性欲とセックスに影響はありますが、高齢者、超高齢者の、ことにカップルにおけるセクシュアリティは存在し、可能であり、尊重されなければなりません。 

ベランジェール・アルナル
Bérangère Arnal
産婦人科医、パリ第13 大学医学部薬学部植物療法学元教授。女性の心身の健康をサポートする協会Aux Seins des Femmes会長。植物療法士の森田敦子がキュレートする「ウームラボ」(https://womblabo.com)で、女性と「性」の付き合い方について連載中。

フィリップ・ブルノ
Philippe Brenot
精神科医、カップルセラピスト、パリ大学セクロジー教育担当ディレクター。『Pourquoi c’est si compliqué l’amour?(なぜ愛はこんなに複雑なのか)』(Les Arènes刊)ほか著書多数。

*「フィガロジャポン」2022年3月号より抜粋

text: Marie-Noëlle Demay (Madame Figaro) Masae Takata (Paris Office) illustration:sv_sunny

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