タペストリーの伝統を訪ねて、 オービュッソンヘ。
Lifestyle 2023.07.07
クルーズ川のほとりにあるオービュッソンの町。
フランス中部の小さな町、オービュッソンにある国際タペストリー・センターで6月16日、宮崎駿の映画『ハウルの動く城』のワンシーンを織り上げた巨大作品がお披露目された。「Tombée du Métier(織機から下ろす)」と呼ばれる作品完成を祝うイベントを機会に、中世の昔からタペストリー制作を伝統とする町を訪ねた。
オービュッソンの国際タペストリー・センターでお披露目されたタペストリー「ハウルの恐れ」。
国際タペストリー・センターの大きなアトリエに、ゲストが列を作る。3人のリシエ(タペストリー職人)が1年がかりで織り上げた「ハウルの恐れ」は、幅5.60メートル、高さ3メートルの大型タペストリーだ。完成し、織り機に巻き取られた作品の経糸が、ゲストによって次々とハサミでカットされ、織機から切り離された。
ゲストが織機と完成品を繋ぐ経糸を少しずつカットしていく。
センターの大ホールに運び込まれたタペストリーが全貌を現すと、会場を埋めるゲストから大きな拍手が起こった。夥しいオブジェが天井から下がり、壁を埋めるハウルの寝室。装飾のディテールが生き生きと主張しあう作品は、それが織物であることを忘れさせてしまう。200色の糸を元に、2000ものニュアンスを実現した作品は、近づいてみると、陰影のある繊細な色使いに驚くばかりだ。
手織で仕上げられたとは思えない、タペストリーのニュアンスとディテールの表現に注目。photo: presse
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オービュッソンの町には、10以上の独立したタペストリー職人の工房がある。アトリエでは、城から注文された細長いタペストリーや、アートギャラリーのための作品が織られている。古城の壁を飾る大型タペストリーの古典的な印象を一新するような、現代アートをベースにした小型作品がアート愛好家から発注されることが多いのだという。
元となるアート作品や原画は、カルトニエ(原画から織機用の型紙を制作する職人)の手でまず実物大に拡大される。細部が捕捉され、色が指定されると、織り手は、数百色の色に染め分けられた糸から各ディテールに合わせて色と素材を選ぶ。時には1本ずつ違う色の糸を数本合わせて微妙なニュアンスを出し、シルクからモヘアまでの素材の違いで光の反射や水の流れを表現する。それがリシエと呼ばれる織り職人たちのセンスとクリエイティビティの見せどころ。見本をアーティストに提示してGOサインが出たら、実物大のカルトン(図案)に従って、作品を織っていく。タペストリーは“4本の手の仕事”と呼ばれるそうで、元となるアートの作者とリシエ、ふたり合わせて4本の手となる、その力あってこそのアートだからだという。
さまざまな色の糸が巻かれたフルートと呼ばれる細長い糸巻きで、横糸を通していく。リシエに見えるのは、常にタペストリーの裏面。photo: presse
「ハウルの恐れ」は、アトリエ・ギヨーの3人の職人が1年がかりで織り上げたもの。photo: presse
色違いの糸を合わせたフルート。柔らかな色のニュアンスがここから生まれる。photo: presse
アトリエの棚には、色とりどりの糸が用意されていた。photo: presse
オービュッソンは、中世の昔からタペストリーのサヴォワールフェールを培ってきた町だ。染色、織物工房、カルトニエ、修復師、タペストリーにまつわる幾つもの業種の職人がいまもその伝統を受け継いでいる。
“オービュッソンのタペストリー”は、この地方で織り上げられた作品にだけ許されるIGP(地理的表示保護)を持ち、2009年にはユネスコの無形文化遺産にも登録されている。
国際タペストリー・センターは、タペストリーの伝統とノウハウを守り、発展させるための牽引車。若い職人を育て、中世から現代作家までの作品を展示し、さらにはタペストリーを21世紀とともに革新するべく、現代アートのギャラリーやクリエイターとのコラボレーションプロジェクトを行っている。
トールキンのプロジェクトより、「ザ・トロール」
ことに、本来タペストリーが担っていた「連作で物語を語る」役割を踏襲するタンチュールと呼ばれるシリーズ作品を甦らせるプロジェクトが、フランス内外で注目を集めている。
第一弾は、『指輪物語』で知られるJ.R.R.トールキンの原画を織り上げた「オービュッソン、トールキンを織る」プロジェクトだった。
そして続いてのタンチュール企画が、スタジオ・ジブリとのコラボレーションによる「宮崎駿の想像世界」。始動は2019年、この日完成を祝った「ハウルの恐れ」は4作目となる。
奇しくも4作目の完成を祝った翌週、「宮崎駿の創造世界」シリーズ第1作である「もののけ姫」のタペストリーが、パリに初登場した。ケ・ブランリー・ジャック・シラク美術館のエントランスホールで始まった展示は、8月27日まで続く。
www.cite-tapisserie.fr
Musée du quai Branly-Jacques Chirac
www.quaibranly.fr
text: Masae Takata