ecojin 五十嵐カノア、サーフィンが楽しめる美しい海を次世代へ残すために。
Lifestyle 2024.12.24
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2021年の東京オリンピックで銀メダルを獲得するなど、世界最高峰の舞台で活躍を続けるプロサーファーの五十嵐カノアさん。世界中の海で競技を行いながら、海洋保全活動にも積極的に取り組んでいます。幼い頃から常に海が身近にあったというカノアさんに、海への想いや、その美しさを守ることの大切さについてお聞きします。
海は自分の家のようなかけがえのない存在。
幼い頃から「きれいにしたい」と思っていた。
3歳からサーフィンを始め、毎日のように海に出かけていたというカノアさん。海に浮いているごみは幼少期から気になっていて、自ずと「きれいにしたい」という気持ちが芽生えてきたと話します。
「海は自分の家のようなもの。心が穏やかになる場所なので、なくてはならない存在です。家族と休暇を過ごす時、友達とサーフィンする時、ひとりになりたい時など、常に海に行っていました。砂浜でのごみ拾いは、物心がついた頃から始めたんです。家の床にごみが落ちていたら、みなさんも拾いますよね。自分にとっては海も同じなんです」
海洋ごみや気候変動による海水温の上昇など、海を取り巻く環境問題への危機感は年々高まっています。世界各国の海を見てきたカノアさんも、あらゆる場所でその現状を目にしてきました。なかでも気になったのは、サンゴ礁の白化現象だといいます。サンゴは、植物プランクトンの一種である小さな褐虫藻(かっちゅうそう)を体内に共生させることで美しい色合いや栄養を得ています。しかし海の環境の変化によるストレスによって褐虫藻がサンゴから離れると、サンゴの白い骨格が透けて見えてしまいます。白化した状態が長く続くと壊滅してしまうため、早急な対策が必要となります。サンゴ礁は「命のゆりかご」ともいわれ、水質をきれいにしたり、波による砂浜の浸食を防いだりするなど、海の生態系で重要な役割を果たす、なくてはならない存在です。
「インドネシアやタヒチで、自然な色だったサンゴがたった1年の間に真っ白に変わり果てていて、『このままではいけない』という想いに駆られました。ほかにも、海水温の上昇を肌で感じたり、波による砂浜の浸食でビーチが狭くなっているのを目の当たりにしたりと、世界各地で海の変化を感じていました」
このような危機的状況がわかっていても、ひとりでできることには限界があると感じていたとき、資生堂が海洋保全活動の一環として立ち上げた「SHISEIDO BLUE PROJECT」のアンバサダーに就任。2019年から、より本格的な保全活動に取り組むことが可能になりました。
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多くのことを学べる海洋保全活動。
自分の使命は広くメッセージを発信すること。
2023年には、ポルトガルでコンブの養殖活動に参加。サーフ系インフルエンサーや地元の子どもたちなど50名以上の参加者とともに、海の汚れのもととなる窒素やリンなどを吸着して海を浄化するというコンブの重要性・必要性を有識者から学び、実際に苗を海に放ちました。
また、2024年にタヒチで行ったサンゴの再生プロジェクトでは、自ら海に潜り、専用ブラシでサンゴの表面を磨きました。
「サンゴに悪影響のあるバクテリアの見分け方を教えてもらい、それを取り除く作業を行ったのですが、その際に生態を知ることができてとても勉強になりました。ただ、このプロジェクトを通して海の現状を詳しく知り、大きなショックを受けたことも事実です。タヒチには毎年訪れているので、今後も美しい海を守るために積極的に関わっていきたいと思っています」
どのプロジェクトでも知らないことを学べるのはプラスになり、そのことで自分の使命が明確になってくると言います。
「サンゴの白化現象、海洋ごみ、砂浜の浸食など、国や場所によって問題は異なるので、どんな解決方法があるのか、自分にできることは何なのかを常に考えています。とても難しい作業ですが、大変だとは思いません。いろいろな知識が得られて興味深いです」
カノアさんは「SHISEIDO BLUE PROJECT」だけではなく、国連が手掛ける環境保全のプロモーションビデオや、ディオールの海洋保護をテーマにしたビデオにも出演。さまざまなアプローチで警鐘を鳴らしています。
「資生堂やディオールはグローバルな企業なので製品を手にする人も多く、それと同時に環境保全に対するメッセージを受け取ってもらえている気がします。好きなブランドが環境活動に力を入れていると知れば、みんなも『海を守りたい』という気持ちになってくれると思いますし、いろいろな企業が同じ目標を持って繋がれば、より大きな力になるはず。自分もメッセンジャーとして多くの人に発信し、もっと勉強して、今後も活動を続けていきたいと思っています」
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なかでも力を入れているのはビーチクリーン。
海のごみの種類や量は国によりさまざま。
次の世代に美しい海を残したいという想いを抱き続けているカノアさんは、ビーチクリーン活動にも力を入れています。砂浜のごみを拾いながら、子どもたちとコミュニケーションをとることも忘れません。
「ビーチクリーンでは、なぜこのごみは海に良くないのかを分かりやすく説明したり、他愛のないおしゃべりをしたりして楽しんでいます。子どもたちは、サーフィンの話や普段の生活のことなど目を輝かせて聞いてくるので、自分も深く考えて良い答えを返そうと努力しています。参加した子どもたちには、次に海に行った時も『ごみを拾おう』と、思ってもらえるとうれしいですね」
日本をはじめ、アメリカやヨーロッパなど世界各国で40回以上、ビーチクリーンのイベントに参加したというカノアさん。どこに行っても少なからずごみはあり、その種類は国や場所によって違いがあると話します。
「日本はペットボトルやそのキャップ、インドネシアはプラスチックのパック、カリフォルニアは子どものおもちゃなどが多い印象です。ただ、各地でよく見るのはマイクロプラスチックと呼ばれるごみ。魚の口に入ってしまうくらい小さいので、とても危ない。実は大きいごみよりも気をつけなければいけないんです」
マイクロプラスチックとは、5mm未満の小さなプラスチック片のこと。海岸に漂着した大きなプラスチックごみも、波や砂による風化や、強い紫外線による劣化・微細化によってマイクロプラスチックになってしまいます。
カノアさんは、自分にできることは何でも取り入れようと、普段の生活の中でプラスチックごみを出さない工夫をしています。
「カリフォルニアの家ではペットボトルを使わず、水などは大きなガラスのボトルに注いで使うようにしています。絶対に使わないと厳しく制限しているわけではありませんが、家ではそれが当たり前になっている。友だちが家に遊びにきた時にそれを見て『自分もやってみよう』と、一歩踏み出してくれるといいな、という思いもあります」
私たち一人ひとりの小さな行動が、やがて大きな力になると言います。
「日本は、もしかしたらプラスチック製品に対して、もっと強く意識しないといけないのかもしれません。ペットボトルを減らすとか、マイボトルを持って出掛けるとか、小さなことでも一人ひとりが実行することで、良い方向に向かっていくと思います」
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海を楽しむこと、守ることを子どもたちに伝えて
世界中の海に活動を広めていきたい。
カノアさんは幼い頃、トップサーファーの言葉に大きな影響を受けた経験があるそう。当時自分がしてもらったことを、次の世代に伝えていくのも大切だと話します。
「憧れのトップサーファーたちからは、技術だけでなく、海との向き合い方においても学んだことはたくさんあって、いまでも彼らの言葉の一つひとつが心に刻まれています。ですから、自分も次の世代に向けてポジティブな言葉を残したい。特に海を守ることについては、いまの子どもたちはニューノーマルとしてスタートしてほしいですし、自然も人も守れるような優しい人間になってほしいと願っています」
今後は、いままでやってきた環境活動を広く世界に展開していくこと、さらに、新たな活動への挑戦も視野に入れています。
「タヒチで行ったサンゴ礁の再生プロジェクトは、インドネシアやオーストラリアでも有効だと思うので、必要としている国や地域に広めて、世界の海をサポートしたいと思っています。これからももっと勉強して、いままでにないような海洋保全の方法を模索していきたいです」
サーフィンで世界を巡りながら、少しでも環境活動に取り組んでいきたいと語るカノアさん。最後に、どのような人が"エコジン(エコ人)"と考えているのか聞いてみました。
「自ら行動することはもちろん大切ですが、子どもたちや周囲の人に海の現状を知ってもらい、いまできることを伝えるのは、もっと大事なのかもしれません。たとえば、自分がビーチクリーンの意義を子どもたちに伝えて、子どもたちがさらに学校の友だちを巻き込めば、より大きなアクションになる。そうやって、多くの人たちに『一緒にやろう』と声を掛け、周囲を巻き込んでいける人がエコジンだと思います」
1997年、アメリカ・カリフォルニア州生まれ。木下グループ所属。3歳でサーフィンを始めると、すぐに才能が開花。2012年にUSAチャンピオンシップU-18にて、史上最年少の14歳で優勝。2021年に開催された東京オリンピックでは銀メダルを獲得し、その翌年には「ISA World Surfing Games」を制して世界チャンピオンに輝いた。海洋保全活動にも力を入れており、2019年、スポンサーである資生堂が推進する海洋保全活動「SHISEIDO BLUE PROJECT」のアンバサダーに就任。2024年1月に行われた 『Lexus WSL Awards』では、地球の海洋を保護するために大きな影響力と努力を示したサーファーとして、インパクト賞を受賞した。
【関連リンク(環境省サイト)】
海洋環境保全
プラスチックを含む海洋ごみ(漂流・漂着・海底ごみ)対策
サンゴ礁保全の取り組み
国際サンゴ礁年2018
環境省発信のエコ・マガジン「ecojin(エコジン)」。環境のことを考える人がひとりでも多くなることを目指し、脱炭素、気候変動、リサイクル・省資源、食品ロス、自然環境、生物多様性、復興などをテーマにしたコンテンツや、エコジン(エコ人)へのインタビュー記事を掲載している。
photography: Tomoaki Makino text: Etsuko Nakano