口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる意外な「食べ物」とは。
Lifestyle 2025.05.23
<ポリエチレンなどプラスチックの微粒子が食物連鎖を経て、人間の脳に蓄積している?>
プラスチックの微粒子が、人間の脳に蓄積されている。しかもその量は、この8年間で1.5倍に増えている──。そんな衝撃的な研究結果を、米ニューメキシコ大学の研究チームが発表した。
「プラスチックごみの問題を、極めて身近なものにする研究結果だ」と、同大学のマシュー・カンペン教授は語る。「『私の脳にはプラスチックがたまってるみたいなんだけど、全然気にならない』などと言う人は見たことがない」
マイクロプラスチックと呼ばれるプラスチックの微粒子(直径5ミリ以下の粒)は、今や地球上のあらゆる環境に存在しており、食べ物を介して私たちの体に入り込んでいるという。
その存在はこれまでにも腎臓や肝臓、胎盤、精巣などさまざまな臓器に確認されてきたが、ニューメキシコ大学の研究チームは今回、とりわけ脳における残留濃度が高いと指摘している。
その蓄積ペースは、世界におけるプラスチックごみの増加と比例しているという。
研究チームは、ニューメキシコ大学法医学調査室(OMI)が法医解剖などで集めた脳組織(より具体的には、抽象的思考から運動機能まで幅広い能力をつかさどる前頭葉)のサンプルを調べた。
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OMIでは、法医解剖などで採取した組織を7年間保管することが義務付けられている。従って研究当時の最も古いサンプルは2016年のものだった。そこで研究チームは、16年のサンプルと24年の最新サンプルを比較することにした。
まず、サンプルの脳組織を溶かして遠心分離機にかけ、プラスチック微粒子を分離した上で、質量分析計で組成を調べた。その結果見つかったプラスチックは12種類。最も多かったのは、ペットボトルなどに使われるポリエチレンだった。
マイクロプラスチックは、ニューロンを包み込んで絶縁体の役割を果たす鞘(髄鞘)の脂肪細胞に集まる傾向があった。脳のマイクロプラスチック濃度が他の臓器よりも高いのは、そのせいかもしれないと、研究チームは指摘する。
透過型電子顕微鏡で、マイクロプラスチックの濃度が最も高い組織を調べてみると、直径わずか200ナノメートル(0.2マイクロメートル)と極小の鋭利なプラスチック片が集まったクラスターが見つかったという。
200ナノメートルということは、ウイルスと同じくらいの大きさだ。だからこのレベルのマイクロプラスチックは、中枢神経系を毒素から守る血液脳関門も擦り抜けることができる。
ただし今回の研究では、マイクロプラスチックが脳に達するまでのルートは明らかになっていない。
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早産リスクとの関連も
マイクロプラスチックの蓄積が脳にどのような影響を与えるかも、ニューメキシコ大学の研究では明らかにされていない。
基本的にプラスチックは生物学的に不活性と考えられており、心臓のペースメーカーなどの埋め込み型医療機器に使われてきた。
だが1月に発表された別の研究では、胎盤におけるマイクロプラスチックの蓄積と早産リスクの間に関連性があることが指摘されている。微粒子レベルになると、健康に影響を与えるようになるのかもしれない。
「マイクロプラスチックは毛細血管の血流を妨げているのではないかと私たちは考えている」と、カンペンは語る。
「そして軸索(ニューロンが他の細胞に信号を送るための突起)の接続を妨げるのかもしれない。あるいは、認知症に関係するタンパク質の凝集を引き起こすのかもしれない。そのあたりはまだ、私たちにも分からない」
ニューメキシコ大学の研究チームによると、認知症と診断された人の脳組織には、そうでない人の10倍のマイクロプラスチックが蓄積していたという。
ただ、認知症患者のサンプルは12個と少なかったため、マイクロプラスチックが認知症の症状を引き起こすのか、それとも認知症がプラスチックの蓄積を加速させるのかは、今回の研究では分からなかったという。
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専門家の間では賛否両論
人体に残留するマイクロプラスチックのほとんどは、食品とりわけ肉を介して入ってくると、カンペンは指摘する。実際、今回の研究では、一般の店舗で購入した肉に高濃度のマイクロプラスチックが発見されたという。
「プラスチックごみに汚染された水で畑を耕せば、その土壌や作物にプラスチックが蓄積するのは当然だろう」と、カンペンは言う。「その作物を家畜に与え、さらに家畜のふん尿を肥料として使用すれば、生物蓄積のループが生まれる」
マイクロプラスチックによる環境汚染は拡大する一方だと、専門家は警告する。たとえ今すぐプラスチックの生産がストップして、さまざまな商品に使われなくなっても、現時点でプラスチック(とプラスチックごみ)が膨大に存在して、微粒子に分解されていくからだ。
ただ、今回のニューメキシコ大学の研究結果については、専門家の間で賛否両論が巻き起こっている。
「環境中のプラスチック微粒子の増加と健康への影響が懸念事項であるのは間違いない」と、英ヘリオット・ワット大学のセオドア・ヘンリー教授(環境毒性学)は言う。
「臓器におけるプラスチック微粒子の蓄積を評価するのは難しいが、この論文はその問題をある程度克服している点で注目に値する」
これに対して、ロイヤルメルボルン工科大学(オーストラリア)のオリバー・ジョーンズ教授(化学)は、研究手法の問題点を指摘する。
「16年の脳組織サンプルを28個、24年の24個を調べたにすぎない。計52個のサンプルでは、ニューメキシコ州のトレンドを語ったり、ましてや世界の人の脳にマイクロプラスチックが蓄積されていると結論付けるには不十分だ」
ジョーンズは「全体として興味深い研究ではある」と認めつつ、「サンプルが少ないことと、分析手法に問題があることには留意が必要だ」とクギを刺した。
【参考文献】
Nihart, A. J., Garcia, M. A., El Hayek, E., Liu, R., Olewine, M., Kingston, J. D., Castillo, E. F., Gullapalli, R. R., Howard, T., Bleske, B., Scott, J., Gonzalez-Estrella, J., Gross, J. M., Spilde, M., Adolphi, N. L., Gallego, D. F., Jarrell, H. S., Dvorscak, G., Zuluaga-Ruiz, M. E., Campen, M. J. (2025). Bioaccumulation of microplastics in decedent human brains. Nature Medicine.
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text:イアン・ランドル(Newsweek科学担当)