江戸の食文化と料理、再発見。#12 華やかな宴席にふさわしい、春を祝う鯛めし。

Gourmet 2021.04.28

現代日本の食文化の基本が形作られたといわれるのが江戸時代。季節ごとの食材や行事と結びついた江戸の食文化や料理について知れば、食事の時間がもっと楽しく、幸せなひとときになる。連載「今宵もグルマンド」をはじめ、多くのグルメ記事を執筆するフードライターの森脇慶子が、奥深い江戸の食の世界をナビゲート。最終回となる今回のテーマは「鯛めし」。現代でもお祝い事に欠かせない鯛は、どのようにしてその座を射止めたのだろうか?

iStock-1135685417 (1).jpg

「海老で鯛を釣る」「腐っても鯛」など、昔から高級食材として珍重される魚の王様だ。photo:istock

文/森脇慶子

“人は武士 柱は檜の木 魚は鯛”。江戸後期の俳文集「鶉衣」に記されたこの一句からもわかるように、鯛は江戸時代も、現代と同じく祝いの膳に欠かせぬおめでたい魚だったようだ。

だが、鯛が魚のキングとして君臨するようになったのは江戸時代、武士の社会になってからのことらしい。それまで、魚のトップに君臨していたのは鯉。鎌倉時代の名著「徒然草」でも、鯉は天皇の御前で捌かれる高尚な魚だと、かの兼好法師も記している。当時、正月に執り行われていた四条式包丁式で、天皇や上級貴族らを前にして捌かれる魚は、鯛ではなく鯉だったからだ。

---fadeinpager---

武士から町人へ広まった、祝いの魚。

それが、戦国時代を経て武士社会が定着してくるに従い、鯛がもてはやされるようになるのである。天然真鯛の硬く堂々とした面構えや鎧のような鱗など、その勇壮な姿形が武士に好まれたのだろう。また、目の前に江戸湾を臨む江戸の町は、海のない内陸部の京都と違い新鮮な真鯛が手に入りやすかったことも、江戸っ子らに人気を博した一因かもしれない。とにかく、鯛が江戸時代の魚のスーパースターとしてもてはやされていたのは間違いない。

その証拠に、慶長9年、3代将軍・徳川家光生誕の祝いの席には200匹、12代将軍徳川家慶の将軍就任の祝いの膳には500匹もの尾頭付きの鯛が用意されたとの記録が残っているほど。とはいえ、現代のように養殖技術もなかった当時のこと、一度に大量の鯛を用意するのは、並大抵なことではなかったはず……と思っていたら、なんと、この時代、すでに「活鯛屋敷」と呼ばれる役所があったという。場所は江戸橋広小路の一角。現在の日本橋郵便局の辺りで、当時は魚河岸に隣接。日本橋本小田原町に住む大和屋助五郎なる人物により設置されたそうで、この「活鯛屋敷」には、その名の通り、鯛を生きたまま置いておくための大きな生簀が置かれていたらしい。江戸湾から海水を引き、駿州の各浦々から取り寄せた鯛を常備し、贈答品やお祝い品等々、大量受注に応えていたという。当初は、公儀御用達だったものの、やがて町人達にも普及されるようになったようだ。

天明5年(1785年)、この鯛の人気を物語る料理本が刊行される。「鯛百珍料理秘密箱」がそれで、この時代、「豆腐百珍」を皮切りにブームとなった、いわゆる“百珍もの”のひとつ。著者は器土堂主人とあり、上巻46、下巻56の合わせて102種類もの鯛料理が紹介されている。その中には、刺身状にスライスした鯛を、クチナシの汁に浸して黄色に色付けして炙った“山吹鯛”や葛で繋いだ豆腐をお腹に詰めて揚げた“鯛の丸揚げ煮”など、当時としては斬新な調理法も多く見られ、話題を呼んだのだろう。いまでいうなら、さしずめひと昔前の分子ガストロノミー的なインパクトがあったのかもしれない。

さて、その102種のうちの一つに“鯛めし”がある。下巻に記されているレシピを見ると、現在のスタイルとは微妙に異なっていておもしろい。まず、鯛は、3枚におろして茹でて乾かし、鯛を茹でた煮汁で米を炊くというのだ。米が吹いてきたところで、先の茹でた鯛をほぐして乗せて蒸らし、出来上がったら茶碗に盛り、汁をかけて供するとあり、汁かけ飯スタイルになっている。これはこれで旨そうだ。この時代、飢饉に備えての備蓄米が用意されていたが、そうした古米を美味しく食べるには、汁かけスタイルが理にかなっていたのだろう。折しも「鯛百珍」が刊行されたのは“天明の大飢饉”の真っ只中。備蓄米とて底をついていたかもしれない。

---fadeinpager---

鯛一尾を炊き込んだ、豪華な鯛めし。

1.jpg

夜のコース¥10,000~から、締めの「鯛めし」。鯛一尾を土鍋で炊き込む、6人前のダイナミックな逸品。

「鯛百珍」では汁かけスタイルだった鯛めしも、現代では、炊き込むタイプが主流。頭やカマといった鯛のアラの部分をコンパクトに炊き込むケースをよく見かけるが、「やはり鯛めしは丸ごと一尾を炊き込まないと、ご飯に充分鯛の旨味が生かされませんね」のひと言は、魚介を得意とする割烹「一新」店主の関新三郞さん。和食一筋50余年、赤坂の老舗「津山」では、板長まで務めていた経歴を持つ手練れである。代々木上原商店街に店を構えて30有余年、正統派の和食を真っ当な値段で頂ける数少ない一軒だ。

2.jpg

炊き上げた鯛は、店主の関さんが一度すべてほぐし、骨をていねいに外してからご飯に混ぜ込む。

そして、オープン以来の知る人ぞ知る人気メニューが、ご覧の鯛めし。豪快にも丸ごと一尾を炊き込んだその勇姿は、修業先の「津山」譲りだそうで、鯛はもちろん天然もの。三重や愛媛で捕れたものが多いそうで、今回は三重県尾鷲産。この鯛を、ひと晩、塩をして寝かせる手間が最大のポイント。これで余分な水分が抜けて身がしまり、同時に臭みも取れるというわけだ。サイズにして1kgの鯛がベストだとか。古希を迎えた現在も、毎朝、豊洲まで足を運び、仕入れている。米は、塩と酒に薄口醤油を少々。鰹だしは使わず、昆布出汁のみで炊き上げる。それも鯛の持ち味を殺さぬため。鰹だしでは、鰹の風味が強すぎて繊細な鯛の味を殺してしまいかねないからだ。鯛は一度香ばしく焼いてから、炊き上がった米に入れ共に蒸らすのが一新流。炊き上がりに三つ葉をたっぷり散らせば、見事完成だ。4合半の米に鯛一尾が横たわるさまは実に壮観。食べる際には、ご主人がきれいに鯛をほぐし、三つ葉も一緒にご飯と混ぜて提供してくれる。

米一粒一粒に鯛の滋味がじんわり染み渡ったご飯は、噛み締めるほどに品の良い旨みが舌に広がる。冷めても美味しい逸品だ。

3.jpg

滋味あふれる味わいが口いっぱいに広がる。冷めても旨い鯛めしは、重箱に詰めて外でいただくのもいいだろう。

4.jpg

代々木上原の駅から5分。この地で30年、ご主人と女将さんのふたりで切り盛りしてきた。河豚やすっぽん料理など、魚介の和食はお手の物。

 

一新
Issin
東京都渋谷区元代々木町10-3 第二高宏ビル 1F
tel:03-3467-8933
営)12時~14時(月~金)、18時30分~22時(月~土) 
休)日 ※ほか不定休あり
※新型コロナウイルス感染拡大防止のため、営業時間変更の可能性がございます。詳細はお問い合わせください。

江戸の食文化と料理、再発見。記事一覧

photos : KAYOKO UEDA, texte : KEIKO MORIWAKI

Share:
  • Twitter
  • Facebook
  • Pinterest

Recommended

BRAND SPECIAL

Ranking

Find More Stories