シチリアワイン、その多彩なる魅力を探る旅。
Gourmet 2023.08.18
ワイン生産量で世界一を誇るイタリア。南北に細長いこの国ではワインの特徴も多岐にわたる。なかでも最近注目されているのがシチリアのワインだ。全20州のうち最大の面積をもつシチリアは生産量もつねにトップだが、日本ではさほど馴染みがないのではないだろうか。この地に魅せられ、シチリアワインを世界に広めたいという情熱を抱いたあるファミリーの物語を追いかけて、南イタリアへと旅立った。
7月初旬のシチリアは、ひと足早いヴァカンス客で賑わい始めていた。島の玄関口、パレルモは"地中海文明の十字路"と呼ばれ、さまざまな民族が覇権を争ってきた場所だ。異文化の歴史が塗り重ねられた旧市街の建造物やアラブの香り漂う迷路のようなマーケット、映画『ゴッド・ファーザー』のロケ地として名高いマッシモ劇場など、街のそこかしこに複雑な歴史の面影が残る。このシチリアで5つのエリアにワイナリーをもつドンナ・フガータ社が今回の旅の目的地だ。
シチリア西部、コンテッサ・エンテリーナのなだらかな斜面に広がるブドウ畑。この地域だけでもアンソニカ、グリッロ、シャルドネ、ネロ・ダヴォラ、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルローなど19品種のブドウを栽培している。photography: Fabio Gambina
パレルモから西へ向けて車を走らせること1時間、乾燥した大地と小高い山並みが続く内陸部に位置するコンテッサ・エンテリーナには、300ヘクタールに及ぶドンナ・フガータ最大のブドウ畑が広がる。灼熱の太陽が照りつける大地には見渡す限りのブドウ畑やオリーブの樹木に加え、サボテンや鮮やかな南国の花々が自生し異国情緒をかき立てる。なだらかな斜面の一角に整然と手入れされた敷地が「ドンナ・フガータ」のワイナリーだ。ブーゲンビリアやジャカランダの花が咲き乱れる中庭で迎えてくれたのが、創設者のガブリエラ・ラッロだった。
ドンナ・フガータの創始者の一人であるガブリエラ・ラッロ。エチケットのデザインの多くは彼女のアイディアによる。ゲストを迎える家のインテリアも全て彼女の手によるもので、デザインセンスも秀逸。photography: Masahiro Ohashi
「40年前、私がフィレンツエからここにやってきた時は何もありませんでした。夫とともに一からブドウ畑をつくったのよ。この家も自分でデザインしてね」と話すガブリエラは、いまは亡き夫とともにつくり上げたブドウ畑を愛おしそうに眺める。彼女の夫のジャコモは、19世紀半ばからシチリアで酒精強化ワインのマルサラ酒を生産していたラッロ家の一族。フィレンツェで英語教師の仕事をしていた彼女は、40歳を過ぎて新天地で事業を始めることを決意した。女性が事業を行うのが珍しかった時代に、ガブリエラはシチリアで高品質なブドウ栽培に着手する。
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「ワールド・ベスト・ヴィンヤード2022」で人気のワイナリー50に選出されたドンナ・フガータ。コンテッサ・エンテリーナではガブリエラが丹精込めて手がけた建物の中で試飲をすることができる。photography: Masahiro Ohashi
冬は温暖で夏は乾燥し、時折シロッコと呼ばれるアフリカからの風が吹き付けるシチリアは、昼夜の寒暖差が大きくブドウの生育に適した土地だ。インツォリア、グリッロ、ジビッボなど古くから多くの土着品種が存在するが、40年前、世界的には知名度は低かった。1983年、夫妻が創業したドンナ・フガータは現在、シチリア西部中央に位置するコンテッサ・エンテリーナ、東南部のヴィットーリア、北東部のエトナ、さらに南下したパンテレリーア島に畑をもつが、特筆すべきはそれぞれの場所に固有の土着品種を再生しながらバラエティ豊かなワインを生み出している点だ。
現CEOのアントニオ・ラッロ。主となる幹からふたつの蔓を水平に伸ばし、低い位置でブドウを成長させることで、均一に熟成したブドウを収穫することができるという。photography: Masahiro Ohashi
「私たちは創業以来、環境に配慮したブドウ栽培を続けています。必要に応じて最小限の生薬を使いますが、化学除草剤はいっさい使用していません。またすべての畑とセラーにおいて二酸化炭素と水の使用量を測定し、地球にやさしい農業を目指しています」と話すのは、ガブリエラの長男で現CEOのアントニオ。活火山であるエトナ山を有するシチリアでは泥質、石灰質、火山質など異なる土壌に合わせた栽培が行われている。そしてドンナ・フガータが所有するブドウ畑の中で最も厳しい環境にあるのが、パンテレリーア島だ。限りなくアフリカに近い島でどのような栽培が行われているのだろうか? それを確かめるため、さらに南へと飛び立った。
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パレルモから国内線でおよそ1時間、小さな空港に降り立つと、黒いゴツゴツとした岩場に覆われた火山島が広がっていた。島には小さな白い花をつけた特産のケッパーやローズマリーが自生し、白いドーム状の屋根で覆われたダムーゾと呼ばれる石造りの家が点在する。周囲は息を呑むような青い海。案内されたのは大海原を望む斜面に広がるブドウ畑だ。広報のエマニュエレはこう説明する。「この島では夏は45度を超えることもあり、一年中、風が吹きつけています。強風からブドウを守るため、コンチャと呼ばれる窪みをつくって低木の状態で植樹するのです」
テラス状になったパンテレリーアのブドウ畑。乾燥した気候、火山灰質の土壌に強風が吹き付ける。この極限の自然に惚れ込んだラッロ夫妻が1989年からブドウづくりを始めた。
雨がほとんど降らないパンテレリーアでは灌漑を行うことができない。そのため剪定しながら小さく育成されたブドウの木は、その根を地中深くへと伸ばし、地下から水分を得るのだ。また根の周りにも穴を掘ることで夜間に湿気を保ち、自給自足のシステムをつくり上げている。傾斜地の畑には機械を入れることができないため、ほとんどの工程が手作業で行われるという。この独創的な農法は現在ユネスコの無形文化財に登録されている。「パンテレリーアでは16の地区でブドウを栽培していますが、海に近い場所で収穫されるブドウは干しブドウに適しており、パッシート(甘口ワイン)に使用されています」とエマニュエルは続ける。
窪みに植えられた小さなブドウの木。6本の枝が放射状に茂るよう、注意深く剪定する。地元の人たちの口伝によって受け継がれている伝統的な栽培方法だ。
パンテレリーアの土着品種、ジビッポはアラビア語で"干し葡萄"の意。北アフリカを起源にもつこのブドウは、火山灰の恵みを吸収しアロマ豊かな辛口ワインを生み出す。
古い歴史を持ちながら、長らく流通することのなかったパンテレリーアのワインが、国内外に広く知られるようになったのは2000年代に入ってから。ジャコモとガブリエラ夫妻の並々ならぬパイオニア精神によって、私たちはこの島で眠っていた個性的なブドウに巡り合うことができるのだ。
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ドンナ・フガータのワインを一躍世に知らしめるきっかけとなったのは、エチケットに描かれた美しいイラストだ。その絵にはワイン誕生のストーリーが込められているのだが、旅の最後にそのコレクションを一堂に集めたミュージアムが併設されたマルサラの本社を訪ねた。ラッロ家が1851年から所有するこの場所にはシチリア各地で造られたワインのセラーがある。弟のアントニオと共同経営を行う姉のジョゼが、料理とともにペアリングしたドンナ・フガータのワインを解説してくれた。
170年の歴史をもつマルサラのセラーには、オーク樽を使ったワインの熟成庫やミュージアム、ショップなどが集結。伝統的な農場の家をモデルに建てられた室内は広々とした空間。このサロンはワインツーリズムや試飲の客をもてなすために使われている。
色鮮やかな衣装をまとった女性の手の先に、果物や花が踊るように描かれているのは、「フローラムンディ」。シチリア唯一のDOCG(原産地呼称保証)ワインで、ヴィットーリア地方を代表するネロ・ダヴォラとフラッパートのブレンドだ。「濃厚でタンニンが強い一般的なシチリアの赤ワインとは異なり、白ワインに近いジューシーで軽い味わいが特徴です。真夏にも楽しめて、ロゼや白に合わせるような魚料理にも合うでしょう」とジョゼ。この日はアランチーニ(ライスコロッケ)やナスのトマト煮込みとともにいただいたが、和食とも相性がいいと感じた。
歴史あるヴィットーリアの地に敬意を表し、伝統的な人形劇プーピ・シチリアーニから着想を得たイラストを採用。カラフルな色使いがテーブルを彩る。
「ミッレ・エ・ウナ・ノッテ」は「タンクレディ」と並ぶドンナ・フガータのシグネチャーワインで、ネロ・ダヴォラをメインに、シラーとプティヴェルドーを少量加えた熟成タイプ。樽で13〜4ヶ月、瓶内で20ヶ月以上熟成させており、黒い果実やバルサミコのような香りにココアやバニラのニュアンスが重なる芳醇な味わいだ。「このワインはドンナ・フガータの創始者である私の父、ジャコモ・ラッロと、かの有名なイタリアワイン『サッシカイア』の技術者であるジャコモ・タキスとのパートナーシップにより生まれました」。柔らかく丸みがあってベルベットのような舌ざわりのこの赤ワインは、シチリアワインのイメージを大きく変えた逸品である。合わせる料理によって香りが複雑に変化するのも楽しい。供された料理は肉厚のマグロを「ミッレ・エ・ウナ・ノッテ」でトロトロに煮込んだ一品。赤身のマグロにワインの芳醇なソースが絡み合う。ワインとの相性は言わずもがなである。
ドンナ・フガータを代表する「タンクレディ」(左)と「ミッレ・エ・ウナ・ノッテ」(右)。ドルチェ&ガッバーナがエチケットを手がけたタンクレディは数々の受賞経歴をもち、日本でも人気。photography: Masahiro Ohashi
最後のデザートともに楽しんだのは、パンテレリーア産のパッシート「ベン リエ」。「ブドウはジビッポ100%で、アプリコットやピーチ、マンゴー、パパイヤ、ハチミツなどの甘い香りが次々に立ち上ります」。グラスを鼻に近づけながらジョゼの説明に耳を傾ける。口に含むとふわっと甘さが広がるが、あとに残ることなくさっぱりとした味わいで、デザートやチーズとの相性は抜群だ。アラビア語で「風の息子」という意味をもつ「ベン リエ」のエチケットは、アフリカから地中海を通って島中を吹き抜ける風を思い起こさせた。
「ベンリエ」のエチケットは、厳しい環境でブドウづくりに従事する人たちへの敬意を表し、背中を曲げて働く人々が描かれている。
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説明を終えたジョゼは、おもむろに席を立ち、歌を披露してくれた。かつて歌手を志していた彼女はイタリアで歌の勉強をし、ニューヨークのブルーノートで歌っていた経験を持つ。その後一時帰国した際にシチリアで現在の夫と恋に落ち、今ではファミリーのワイナリー経営を受け継いでいる。ジョゼの歌うボサノバのメロディーは、歌とワインを心から愛する彼女の人生を紡いでいるようで、ワインの余韻とともにいつまでも心に響き続けた。
弟のアントニオとともにCEOを務めるジョゼ・ラッロ。経営管理と品質システムを監督するとともに、「ドンナ・フガータ・ミュージック&ワインライブ」で音楽とワインを通じたコミュニケーションを提唱。歌手としての顔も持つ。photography: Masahiro Ohashi
最後に「ミッレ・エ・ウナ・ノッテ」のストーリーを説明しておこう。意味は「千夜一夜」。エチケットに描かれているのは19世紀のナポリ王妃、マリア・カロリーナがシチリアに逃げ込んだ際に身を隠したと伝えられるサンタ・マルゲリータ・ディ・ベリーチェ宮殿だ。ガブリエラが夫のジャコモとともに情景をイメージし、星降る夜をモチーフにしたという。そもそもドンナ・フガータは「逃げた女」を意味するのだが、このブランド名も王妃とガブリエラふたりの女性にオマージュを捧げたネーミングだといえよう。シチリアの土地とワインをこよなく愛するファミリーがつくるドンナ・フガータは、夜空に輝く星のようにその魅力を放ち続けている。
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「ロゼ ドンナフガータ×ドルチェ&ガッバーナ」を5名様にプレゼント!
2020年からはシチリア出身のデザイナーブランド「ドルチェ&ガッバーナ」とのコラボ商品も発表。人気のロゼワインはパッケージも華やかでプレゼントにも最適。
【注意事項】
https://clioint.wixsite.com/1991
text: Junko Kubodera