パリの一軒家風アパルトマンを彩る、母から学んだ美意識。
Interiors 2021.08.28
PARIS
マリオン・グロー/陶工
「日常生活の美意識。これは、いまは亡き母から子ども時代に学びました。ナイフ一本にも配慮の行き届いた美しい食卓作り、厳選した質の高い品々で作り上げるインテリアなど、日々の暮らしに対するこだわりを持っていた彼女から受け継いだものは、とても大きいわ」
マリオンはこう懐かしむ。14歳の頃、家具選びも含め自由に自室の内装を手がけることを母親から許された。そして、自分はとても快適と全身で幸福感を得られる空間を作り上げた。それはいまも変わっていない。
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お気に入りの籐の椅子が長閑な田園の雰囲気を醸し出すパリ市内とは思えない中庭で、子ども3人と夫妻が団欒の時間を過ごす。緑に恵まれ、雨の日も子どもたちは下着姿で駆け回るなど、自然との共生を堪能する。
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「私は家をきれいに飾ろうとは意識していないの。“美しくない美意識”というと奇妙に聞こえるけれど、見た目の問題ではないということ。古いものを好むのは、まさに時間の経過への礼賛から。さらに大切にしているのは、アルチザナルに向ける視線ね。私だけの理屈にすぎないけれど、ものの価値を決めるのは価格ではなく、いかに、そしてなぜそれが作られたかということです。たとえば愛用のベッドカバーは、エコレスポンシブルでアルチザナルなブランドのもの。その創業者が提案したいのは流行の品ではなく、自身の生き方、考え方を込めたプロダクトなんです」
これは、マリオンとうつわの関係にも通じる。自然から生まれる素材を用い、まっとうに作られたもの。価値観を分かち合える作り手から生まれるもの。それらを目にし、それらに囲まれて暮らすことで、日々、心地よさが得られるのだ。そのこだわりは、食卓に並べる野菜にまで。筋の通った、シンプルで豊かな時間が流れるマリオンの暮らし。
「毎朝、目覚めるとパジャマのまま素足で板張りのテラスに出るの。そして、深呼吸。夢のようでしょ」
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職人が手編みするカゴを機能的かつ美しい品と賞賛する。
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夫婦水入らずの食事でも、それがたとえデリバリーの品でも、お皿に料理を移し替え、テーブルに花を飾る。これだけで幸福な気持ちに。
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陶、籐、布、木、枯花など、マリオンの好みの素材が作り上げるインテリア。そんな中で意外に思えるのが リビングルームのミラーボール。これは結婚式の時にDJから贈られた装飾で、夫妻はどこに暮らそうとこれを持って引っ越す。その左右には、結婚式でふたりの頭を飾った花冠が。
Fabrics
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いまマリオンの心をときめかせている布は、 ソニア・バベコフが創業したDoran Sou(ドラン・スー)の綿のベッドカバー。そしてリビングのソファに掛けている格子の古い布だ。これはハイクというモロッコの遊牧民たちの必需品で、地面に敷いたりもする暮らしの道具。そこに彼女は美しさを見いだすのだ。
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19世紀のパリのアパルトマンによく見られた陶製のストーブと、古く黒ずんだ水銀の鏡が寝室の一角を占める。
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Vegetables
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9区のエピスリー、Humphris(ハンフリス)のストイックな季節へのこだわりに共感し、信頼している。たとえばトマトが食べたくても、店に並ぶ6月下旬までレストランでも食べないという徹底ぶりだ。シンプルで美しい皿に、この店の滋味豊かな季節の野菜。それだけでも子どもたちに学びがあると語る。
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Flowers
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過ぎゆく時間の礼賛。枯れることを受け入れた花の放つポエジーや優美さは満開のバラ以上、とマリオンは讃える。その存在は、絵画の中で描かれる髑髏(どくろ)にも結びつくとも。新鮮な花をボトックスで固めたようなドライフラワーと一線を画すべく、“しおれた花”と彼女は呼び、家や庭のあちこちに飾っている。
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*「フィガロジャポン」2021年9月号より抜粋
photography: Julie Ansiau editing: Mariko Omura