散策が楽しくなる湘南ミニガイド【#01】 こだわりいっぱい、湘南エリアの隠れ家パン屋さん3選。

Travel 2019.07.06

湘南エリアは、おいしいベーカリーの激戦区。粉や材料を吟味して、安全でカラダにいいパンを目指す職人が多い。滋味深く、後を引くおいしさのパンには、こだわりの製法はもちろんのこと、それぞれの職人の愛が込められている。ベーカリーに併設されたカフェエリアの空気もまた、のんびりとした湘南らしさ。焼きたてのパンと、コーヒー、お茶、それからビール。ついつい時間を忘れて、長居してしまいそう。

老舗の蔵元が作る、ビール酵母仕込みのほのかに甘いパン。

モキチ ベーカー&スイーツ|茅ヶ崎

創業1872年(明治5年)。湘南に残されたただひとつの蔵元である熊澤酒造は、茅ヶ崎市民の誇りのような存在。海からは離れているけれど、かつての茅ヶ崎を彷彿とさせる緑あふれる静かなエリアに、その酒蔵はある。6代目の熊澤茂吉さんの代になり、酒造所は新しい姿へと生まれ変わっている。広い敷地に、ベーカリー、和食、トラットリア、ギャラリー&ショップ、そしてカフェを構える美食と集いの場所だ。

190701-k01.jpg緑のトンネルを抜けた先に、古さとモダンさが同居するわくわくする空間が広がっている。

3年ほど前に建物の大きなリニューアルが行われ、築450年という立派な梁の古民家を移築したトラットリアの手前には、大正時代の蔵を使ったシックなベーカリーがお目見え。元はビール工場の片隅にあった小さな工房で、ビールの製造工程で沈殿物として出る栄養豊富なビール酵母を捨てずに活かせないかと、パン作りを始めたのがきっかけ。酒造りの副産物は、種生地だけでなく、水の代わりにビールを使ったり酒かすや麹までもが活かされて、自然の優しい甘味をパンを生み出した。酵母の添加を少なくして長時間発酵させることで生まれる粉の風味と相まって、日本人の口に合う繊細な甘味がなんとも後を引き、何もつけずにパクパクと頬張れるおいしさだ。

190701-k02.jpg左:蔵を改築した、広い空間。奥の工房から香ばしい香りが漂ってくる。右:水の代わりに湘南ビールを使用した「パン・ア・ラ・ビエール」¥300、酒かすを練り込んだ「酒かすロールパン」¥60、牛乳をたっぷり使用したコクのある「ミルクパン」¥130

併設されているカフェも、築250年という東北の古民家を移築したもの。ベーカリーのパンが食べられるほか、当初、地元の養豚家をサポートしたいという思いから始めた自家製ソーセージ造りも、この場所で続けられている。焼きたてパンとソーセージ、それにビールという組み合わせは、何とも至福の時間だ。

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自家製ソーセージやハム、ベーコンが一度に味わえる「モキチ ヴルスト盛り合わせ」のプレートセット¥1280、湘南ビール ピルスナー¥590(グラス)。

寒造りの日本酒の酒蔵から、通年作れるビールが生まれ、さらにその酵母からパン生地が生まれた。そして、造り立てのおいしい酒とパンを引き立ててくれるレストランやカフェが誕生し、連日多くの人が足を運ぶスポットに。先代の時代には、自然と人が集い飲み食いをする場所だったという蔵元が、いま本来の姿として息を吹き返し、賑わいを見せている。

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和の空間に、モダンなインテリアが映える落ち着いた「モキチ ヴルスト カフェ」。

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ビール工場にいまも残るサイン。

Mokichi Baker & Sweets
神奈川県茅ヶ崎市香川7-10-7
tel : 0467-52-6144
営)ベーカリー 10時〜17時30分(売り切れ次第終了)
    カフェ(Mokichi Wurst Cafe) 9時30分〜17時
休)第三火曜(8月と12月は休まず営業)
www.kumazawa.jp

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デンマーク仕込みの想いを継いで、暮らしに寄り添うパンを。

ブーランジェリー・ヤマシタ|二宮

西湘らしい静かな海から、菜の花畑で有名な吾妻山の麓を目指して少し内陸へ。細い路地の一角に、木造の家屋をリノベートしたパン屋がある。手作りの木の看板にも、外に並んだアンティークチェアにも、木々が影を落とし心地よい空気に包まれている。青いガラスの引き戸をそっと明けてみると、宝物を見つけた気分。頭の高さまで焼きたてのパンがずらり、パン好きでなくとも胸が高鳴る空間だ。

190701-y01.jpg大磯からさらに西へ向かった場所、二宮の静かな路地に「ブーランジェリー・ヤマシタ」はある。こちらは、ベーカリーの入り口。

バゲットなどのテーブルパンの種類が豊富で、他にオリーブが丸ごと入ったパンや、コーヒーと一緒に味わいたいシナモンロールやペストリーも並ぶ。小麦粉、塩、水、酵母のみというシンプルな材料で作られ、そのほか使われている材料はすべて手書きで表示されている。生地にニンジンを練り込んだり、砂糖ではなくハチミツや三温糖で甘みをつけたり、安心して食べられるものをという、作り手の気遣いが伝わってくる。

190701-y02.jpg左:毎日30種類ほどのパンが棚いっぱいに並ぶ。右:定番のバゲット¥270

大学時代にデンマークに留学していたというオーナーの山下雄作さんは、帰国後、語学力を活かして北欧家具メーカーに勤務。多くの美しい家具に触れるにつれ、自分自身が何かの職人でないことに疑問を持つようになったという。家でパンを頬張る小さな我が子を見て、毎日食べるもので心も暮らしも豊かにできたらという想いで、心機一転パン職人の道へ。自分自身に3年というタイムリミットを設けた、崖っぷちの勝負だったという。

190701-y03.jpgオレンジピールが利いた「シナモンロール」¥270はいちばん人気。チョコレート味の「ショコラ・シナモンロール」¥270、オリーブがまるごと入った「パン・ド・オリーブ」¥230、ニンジンを練り込みかぼちゃの種を乗せた「キャロット・エ・シトロイエ」¥200、自家製の粒あんを使った「抹茶あんぱん」¥200

8年前、吾妻山を埋め尽くす菜の花畑の景色に魅せられて、家族で二宮へ移住。その時出合った古民家を改築し、念願のパン屋をオープンさせた。自らの心のベースを大切にしたいと、オープン当初に作り上げたのが、デンマークの親友が育てた無農薬リンゴからおこした酵母菌。いまも絶やさずに継がれているリンゴの酵母菌は、山下さんが作るすべてのパンに使われている。田舎の旧道に表れた小さなパン屋には次第にファンがつき、いまでは遠方からここを目指してわざわざやってくる客も少なくない。

190701-y04.jpg左:パン屋の奥には、“食卓”と呼ばれるイートインコーナーがある。右:「フレンチトースト」1枚¥400 食器は吾妻山の菜の花をイメージした色で、湘南の作家が制作。コーヒー¥400は大磯の「ビーンズマート オイコス」の豆を使用。

もうひとつの扉を空けると、「ブーランジェリー・ヤマシタの食卓」と名付けられたイートインスペースがある。ここでは、季節のサンドウィッチやバーガー、スープなどが食べられる。北欧の古い家具をセンスよく配した店内には、山下さんがセレクトした写真集や書籍、絵本がたくさん並べられ、そこここに山下さんの審美眼が伺える。黄色の器も木のトレイも、湘南の作家が制作したオリジナルだ。この店がキッカケで繋がったクリエイターやアーティストが、この場所で個展を開いたり演奏会をしたりと、コミュニケーションの輪が広がりつつあることが嬉しいとオーナー夫妻は語る。カフェでなく、あえて食卓という名前に込めた「食べることの大切さと小さな幸せ」が、この空間にきちんおさまっている。

190701-y05.jpg“良いもの”を追求するオーナーの山下雄作さん。

Boulangerie Yamashita
神奈川県中郡二宮町二宮1330
tel : 0463-71-0720
営)10時〜17時
休)木、金
www.boulangerieyamashita.com

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惚れ込んだ異国の地で作る、情熱のこもった奇跡のパン。

リーズ・ブレッド|大磯

静かな佇まいの大磯駅からほど近い場所。車では入れない細い路地裏に、週末の朝になると行列ができる噂のパン屋がある。古民家を改築した工房の中では、Tシャツにデニム姿の華奢な女性がひとり、汗を拭き拭き大きな窯を覗き込み、忙しく動き回っている。女性の名はリー・ウツミさん。ニューヨーク生まれのアメリカ人である彼女が、大磯の小さな古民家でこうして毎朝パンを焼くようになるまで、それはまるで人生の旅。

190701-l01.jpg左:この奥にパン屋があるとは想像しえない、細い路地裏の一角に「リーズ・ブレッド」はある。右:黙々とパンを焼くリーさん。木箱に書かれた赤い文字が、可愛らしい。

父親の仕事の都合で幼少期を葉山で過ごしたリーさんは、その後、家族でサウスカロライナに引っ越すが、大学時代に日本語を学びに再び来日。その後、何度もアメリカと日本を行き来しているうち、日本人と結婚し93年には夫の実家がある茅ヶ崎に移住した。東京で洋菓子作りを学んだり、パン屋でアルバイトをしたり、さらにサンフランシスコでも料理学校に通い、気づくとパンのおいしさに夢中になっていたという。日本に戻ってからは、自宅のキッチンでひとりパンを焼く日々。毎日パンを焼くアメリカ人の噂は近所中に広まって、当時は自宅近くのカフェや雑貨店の軒先、朝市で販売をするようになったという。

190701-l02.jpg左:古い柱をカウンターにして、奥に厨房が広がる。右:ガラス越しにならぶパンは、どれもフォトジェニック。

念願の店舗を構えたのは、3年前。以来、毎朝3時には仕込みを開始する毎日。休みの日は、自宅の石臼で粉を挽き、新しい食材探しに出かけている。最近は、野菜作りにもはまっていて、自分で収穫したマイヤーズレモンで作ったレモンカードで、ユダヤのお祝いパン「バブカ」を作った。ベーカリーのある古民家内には「茶屋町」という紅茶にこだわったカフェスタンドも入り、パンとドリンクを持って、2階の畳の部屋でゆっくりすることもできる。

190701-l03.jpg左:リーさんが収穫したレモンをつかった「マイヤーズレモンのバブカ」¥441。アイスティ「マーガレッツホープ」¥600 左:「茶屋町」は、紅茶スタンドのようなカフェ。常時7種ほどの紅茶があり、ミルクティやカフェラテもおいしい。

パン作りへのこだわりと研究心は、材料選びにも表れていて、お店に並ぶ20種ほどのパンは、そのほとんどに異なる粉が使われている。国産も産地を分けたり、海外のオーガニックを用いたり、それぞれがまったく違う味わいを見せてくれる。歯ごたえのある「スペルト小麦」、ふわふわでほのかに甘い「ブリオッシュ」、小麦を使わない「グルテンフリー・ブレッド」は、70%をオーガニックの素材を使用し、噛むほどに味わい深い。

190701-l04.jpg上から時計回りに「野菜のクロックムッシュ」¥399、「ブリオッシュ」¥147、「バナナブレッド」¥273、「オレンジマフィン」¥137、「カルダモン」¥194、「イチジクとアニスシード」¥294、「ポテトローズマリー」¥294、「バブカ」¥441

リーさんが目指すパンは、毎日食べても飽きないもの。おいしくて、安全で、健康的なもの。湘南には好きと思えるものがいっぱいある、と語るリーさんの夢は、それらを少しずつお店に並べること。サンドイッチも作ってみたいし、パンに合うマーマレードも並べたい。その夢を実現するべく、体力作りをしなくちゃ!と笑う。

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Lee’s Bread
神奈川県中郡大磯町大磯1156-10
tel : 0463-74-6499
営)10時〜18時(木、金)、9時〜16時(土、日)
休)月〜水

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photos : MAYUKO EBINA, réalisation : MIKI SUKA

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