パリを舞台にした映画に目がない人に、3つの話題。
Paris 2017.10.17
今年の夏前、『ミッション・インポッシブル6』の撮影がオペラ大通りをはじめ、パリの複数箇所で大々的に敢行された。いつもどこかで映画の撮影が行われているパリ。赤白の交通遮断テープが通路を塞ぎ、クルーのための食事の場所を示す張り紙が機材車周辺になされているので、たとえ現場が見えなくても、界隈で撮影中であることがわかる。いつの時代でも、パリは絵になる街だ。
1. 日本でも公開中の『静かなふたり』
パリ市内で撮影され、日本でも10月14日に公開が始まった素敵な映画を紹介しよう。エリーズ・ジラールの『静かなふたり』だ。原題は『Droles d’oiseaux』といって、ちょっと風変わりな人を指すときに使う表現である。地方からパリに出てきた若い女性マヴィと、彼女が仕事を得る古書店「緑の麦畑」のオーナーで70歳近いジョルジュとの物語。確かに、ふたりとも変人とカテゴライズされても不思議のないタイプかもしれない。書店があるのはカルチェ・ラタンのモンターニュ・サント・ジュヌヴィエーヴ通りで、マヴィが歩くその界隈や5区の河岸といった、日常のパリが登場する。
『静かなふたり』のフランス公開時のポスター。ブーキニストが並ぶセーヌ河岸、モーリスの広告塔……誰の目にもパリとわかる要素が背景に収められている。
映画が撮影された書店「緑の麦畑」は、名前は異なるが、5区のモンターニュ・サント・ジュヌヴィエーヴ通りに実在する。緑色の外観が目印だ。
ジラール監督は、前作『ベルヴィル・トーキョー』でもパリ市内でロケを行っている。この不思議なタイトルは、自分が父になる、という事実を受け入れられない映画評論家が、妊娠中のガールフレンドには東京の映画祭に行くといったものの、実はベルヴィルにいた、ということからだ。この作品でも、パリの庶民的な街が撮影されていた。
『静かなふたり』では、空から落ちてきたり、自爆死したり、というかもめたちが主人公を驚かす。都会のパリとかもめというのは結びつけ難いかもしれないけれど、セーヌ河が流れるパリである。この映画を見てからパリを歩くと、夕方には空を群れ飛ぶかもめたちの姿や鳴き声に気がつくだろう。
主人公マヴィを演じる女優ロリータ・シャマは、イザベル・ユペールの娘。
音楽は『ベルヴィル・トーキョー』に続き、再びベルトラン・ブルガラに任された。デザイナーのヴァネッサ・シワードのご主人といったほうが、日本ではわかりやすいだろうか。彼は前作でも、昔の映画を見ているような錯覚を起こさせる古ぼけた音の音楽を使い、ところどころ、ヌーヴェル・ヴァーグの映画を見ているような感じだった。この『静かなふたり』でも同様で、少しジャズっぽい、そして音の割れた音楽が映画に程よい古色と奇妙な味わいをつけている。
シンプル&エレガントなマヴィの装いにも注目を。ロリータと監督の私服、アニエスベーが使われているそうだ。
ヒロインのマヴィを演じるのはロリータ・シャマ。今のところは知名度が低いのでどうしてもイザベル・ユペールの娘という紹介がついてしまうけれど、力のある女優なのでママの名前を持ち出す必要がなくなるのも遠くないはず。この映画を見た後でパリに行くと、地方からパリにきたマヴィの視線と気持ちに思いを馳せながら彼女のようにセーヌ河岸や5区を歩きたくなるだろう。
80年代、『海辺のポーリーヌ』『満月の夜』などエリック・ロメールの作品はフランスよりも日本での人気が圧倒的に高かった。エリーズ・ジラールの繊細で、詩的に静かに進行する作品も、フランスより日本でのほうがすんなりと受け入れられるのかもしれない。
パリに出てきたマヴィが居候するのはヴィルジニー・ルドワイヤン演じるアーティストの家だ。彼女はロリータ・シャマとはすでにブノワ・ジャコ監督の『マリー・アントワネットに別れをつげて』(2012)でも共演している。
監督・脚本/エリーズ・ジラール
出演/ロリータ・シャマ、ジャン・ソレル、ヴィルジニー・ルドワイヤン、パスカル・セルボ
©KinoEletron - Reborn ProducCon - Mikino – 2016
新宿武蔵野館ほか全国公開中。
http://mermaidfilms.co.jp/shizukanafutari/
≫ 『アメリ』をはじめ、モンマルトルが舞台になった映画が一堂に!
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2. モンマルトルを舞台に撮影された映画を集めた展覧会。
モンマルトル博物館では、来年1月14日まで『Montmartre Décore de Cinéma(映画の舞台、モンマルトル)』と題した展覧会を開催している。映画の歴史が始まって以来、サクレ・クール寺院、長い階段と黒い鉄の手すり、バルベス、ピガール、ムーラン・ルージュ、名もないような細道……パリ18区のモンマルトルで撮影されたフランス映画、外国映画は数知れず。フランス人監督のマルセル・カルネも魅了すれば、アメリカの監督ジョン・ヒューストンもウディ・アレンも魅了するのがモンマルトルなのだ。
地下鉄駅構内に貼られた展覧会のポスターは、『パリのアメリカ人』と『アメリ』だ。
1860年にパリがいまのように20区まで広がるまでは、モンマルトルはパリの市街だった。オスマン男爵が実施したパリ大改造の結果、家賃が上がって市内に住めなくなった貧しいアーティストたちが新しいパリの一部である18区まで北上してきたので、モンマルトル=アーティストの村という結果に。そんな彼らが夜毎通ったのがラパン・アジルなどのキャバレー。画家を主人公にした映画に、モンマルトルのアトリエ、そしてキャバレーがそれゆえに不可欠となるのだ。贅沢に無縁な庶民的な地区ゆえに、若い恋人たちの物語にも似合えば、ダークな世界の物語の背景にもぴったり。


長い階段や、キャバレーはいかにもモンマルトル! で、映画の舞台としていつの時代にも活躍。


ウディ・アレンの『ミッドナイト・イン・パリ』のストーリーボードや、昔懐かしいポスターまで展示要素は幅広い。


かつてシュザンヌ・ヴァラドンとモーリス・ユトリロが暮らした家も、モンマルトル博物館の一部。展覧会場、昔風の壁紙の魅力もなかなかだ。エルンスト・ルヴィッチ監督の映画『Die Flamme(Montmartre)』(1922年)のセットデザインは、監督の手による水彩。映画ファンを喜ばせるようなこんな珍しい展示も。
モンマルトルを舞台にした映画で記憶に残っているのは、ジーン・ケリーが歌い踊る『パリのアメリカ人』だろうか、それともトリュフォー監督の『大人は判ってくれない』だろうか、それとも『アメリ』? 展覧会場では、ウディ・アレン、ジュリアン・デュヴィヴィエ、バズ・ラーマン監督たちの映画の抜粋が見られるのはもちろん。シナリオ、ポスター、ストーリーボードなども展示。とりわけモンマルトルで撮影された映画として世界的に一番有名であろう『アメリ』(2001年)については、「アメリー・プーランの部屋」と名付けた広いスペースを割いて要素様々に紹介している。
フランソワ・トリュフォー監督のアントワーヌ・ドワネルの冒険の第5作目にあたる『逃げ去る恋』(1979年)の抜粋を会場で楽しもう。主演はもちろん、『大人は判ってくれない』のジャン=ピエール・レオだ。
シャルロット・ゲンズブール主演のミシェル・ゴンドリー監督による『恋愛睡眠のすすめ』(2006年)が撮影されたのは、モンマルトルのアパルトマン。




『アメリ』の部屋へようこそ!
見学を終え、博物館の外に出ると……映画の世界が待っている! モンマルトルの坂道を歩くのも、映画のヒロインになったつもりなら苦ではないだろう。


モンマルトル博物館はジャルダン・ルノワールという素敵な庭を隠している。展覧会の合間や後に、小さなカフェや緑のテラス席で一服を。
会期:~2018年1月14日
Musée de Montmartre
12, rue Cortot
75018 Paris
開館:10:00~18:00
入場料:11ユーロ(オーディオガイド付き)
無休
http://museedemontmartre.fr/
≫ キャロ&ジュネの怪しげな世界へようこそ!
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3.キャロとジュネ監督の展覧会。どこか怪しい世界へ。
少しばかり洋裁をたしなむパリジェンヌたちや、デザイナー志望の若者たちが布探しに行くマルシェ・サン・ピエール。生地のデパートのようなドレフュスの建物のすぐ近く、オール・サン・ピエールで来年7月31日まで開催されている『キャロ/ ジュネ』展を紹介しよう。ジュネとは『アメリ』をつくったジャン=ピエール・ジュネ監督のこと。キャロとは彼と共同で複数の映画を制作しているマルク・キャロのことで、共同制作の映画としては、『デリカテッセン』『ロスト・チルドレン』あたりが日本でも有名だろうか。


マルク・キャロ(©Made in Caro)とジャン=ピエール・ジュネ(©Nicolas-Auproux)
子供の夢であるはずのメリーゴーランドも、ふたりの手にかかるとなにやら怪しい匂い。展覧会場はコーナー変われど、どこも雰囲気はこんな感じだ。


ふたりが共同制作した『デリカテッセン』(1991年)。このポスター(©Made in Caro)を見ると、屋根の上で奏でられるチェロとのこぎりの音楽が聞こえてこない? Peinture Clown©Made in caro, coll.Dominique Pinon
この展覧会はふたりが関わった映画について、モンマルトル博物館以上にジャンル豊かな要素を集め、彼らの作品で味わう独特な世界で会場を満たしている。会場の壁が黒でまとめられているので、不気味で怪しい雰囲気も倍増! 『ロスト・チルドレン』ではコスチュームや科学者の脳のクローンを生かしていた水槽だったり、ジュネ監督の『ロング・エンゲージメント』(2004年)はヒロインがフィアンセを見つけ出すまでの工程を実際に描き出した地図や、撮影現場の写真など、展示内容はとても豊富だ。ジュネ監督の『エイリアン4』のコーナーに入ると……ここは実際に行って見てのお楽しみだ。


『ロスト・チルドレン』のためのジャン=ポール・ゴルチエによる衣装。illustrateur:Fabien Esnard-Lascombe, coll.Jean Pierre Jeunet


ジャン=ピエール・ジュネの『ロング・エンゲージメント』(2004年)のコーナー。


エイリアンや水に浮かぶ脳……。映画ファンの来場者たちを興奮させるキャロ&ジュネ・ワールド。
奥まった小さな部屋に、未完に終わったプロジェクトを集めているのが面白い。例えば、『レヴェナント:蘇えりし者』と同時にパイロット版はアメリカン・ソサエティ・オブ・シネマとグラファーズの賞をとったものの、仏米英国のインターネット投票の結果、制作が実現されなかったという『カサノヴァ』(2016)や、予算不足ゆえに見送りとなった『110 degres en desous de zéro』(1985)、ジュネが用意をしていたが、最終的にはアン・リー監督によって映画化された『ライフ・オブ・パイ』……。この展覧会に来なければ、まとまって目にすることができない貴重な素材ばかりだ。
マルク・キャロの実現しなかった作品『110 en dessous de zéro』©Made in Caro, coll.Marc Caro
ヴェニスやヴェルサイユ宮殿などで50分のパイロット版は制作されたものの、ジャン=ピエール・ジュネの実現しなかった作品『カサノヴァ』。illustration : Lilith Bekmezian
さて、ここでもモンマルトル博物館の展覧会と同じく、ハイライトは会場のあるモンマルトルで撮影された『アメリ』。バスルームでみつけた宝物の小箱、ニノの証明写真のコレクションなど、映画に登場した膨大な量のオブジェをひとつひとつ眺めていると、オドレイ・トトゥ演じるアメリの声が聞こえてくるよう。公開されたのは2001年。ずいぶんと以前のことだが、この映画を見た人はこの展覧会で簡単にあの世界に戻ることができるはず。


『アメリ』といったら、世界を旅したこの小人の人形! というアメリ・ファンもいるのでは?


メイクのナタリー・ティシエによるポラロイドとストーリーボード。Coll.Nathalie Tissier, dessins: Luc Desportes


オール・サン・ピエールはバルタール・スタイルの鉄骨建築の建物。『キャロ/ジュネ』展はカフェのある地上階で開催されている。
会期:~2018年7月31日
Halle Saint Pierre
2, rue Ronsard 75018
開館:11:00(日12:00)〜18:00(土19:00)
入場料:9ユーロ
無休
http://www.hallesaintpierre.org/
réalisation:MARIKO OMURA